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古城からのアドバイスを受けて、夜に、わずかな時間だが榊原とメッセージのやり取りをするようになった。
その日に何があったとか、何を聞いたりとか、探索で上手く連携が取れなかったり、無茶をしそうになったりと、基本聞き手に徹していた。
正直、天音から話をする内容が無い。
あるとすれば、霧隠に襲われたとか、ギルドで受付のお姉さんがやかましいとかの愚痴しかない。
学校での話題ならあるのだけれど、それは榊原も知っているような内容なので、言っても仕方ないと思っている。
なので、こんな話題を振られても、その意味を理解していなかったりする。
『福斗さんは、どんなチョコが好きですか?』
「ビターなのが好きかな。甘いのも良いけど、たくさんは食べれないや」
『分かりました! ところで、チョコの好きな形とかありますか?』
「サイコロみたいな、小さな四角いのかな。それがどうかしたの?」
『いえ、興味本位です。ハートとかはどうですか?』
「可愛くて良いんじゃないかな」
『ですよね! クッキーとビスケットだったら、どっち派ですか?』
「ビスケット」
本当に、何の質問なんだ?
そう疑問に思いながらも、天音は淡々と回答して行く。
『人の体に付いたチョコって、どう思いますか?』
「拭き取ったらいいんじゃないかな」
『ですよねー』
榊原の残念そうなメッセージに、何か間違ったかなと疑問に思ってしまう。
『二月には、会えますか?』
「分からない。どこで終わりなのかも、あの人の気持ち次第だから」
『そうですよね。すみません、我儘言って』
「僕の方こそごめんね、せっかく弟子入りしてくれたのに、指導してあげられなくて」
ここから、暫く返答が無くなる。
天音は、今日は終わりかな? と思って、そのまま就寝する。
しかし、翌朝スマホには、『弟子だからですか?』と返答があった。
◯
うーん、と天音は朝から頭を悩ませる。
榊原の返信の意味が分からなくて、どうなんだろうと考えているのだ。
会う理由が、弟子だからかと聞かれたら、その通りだと答えるしかない。
榊原からの質問が、恋愛感情によるものだとすると、残念ながらその期待に応えることは出来ない。
そもそも、この国が終わるかも知れないという瀬戸際に立たされているのに、役割があると告げられている己が、その感情に振り回されるのは余りにも危険だからだ。
その感情が原因で、数千万人もの犠牲が出るのなら、天音は躊躇せず感情を放棄する。
「というか、僕に気付いてすらいないよね……」
目の前で、このクラスの女子と会話をしている榊原。
その集団の中には、サクラや古城もおり、とても楽しそうにしている。
それは良いことではあるが、悩んでいる自分が馬鹿らしくなって来て、いっそのこと榊原にだけ伝えておこうかなと考え始めていた。
どうせ、隣のクラスの佐藤にも知られている。それに、一部とはいえ先生も知っている。
ならば、弟子の榊原に明かさない理由も無いだろう。
そうしよう。
そう決心したら、近くのぷっちょがポツリと呟く。
「やめとけ」
「え?」
ふふっと笑いながら、ぷっちょは席を立ち、天音の肩をポンと叩く。
「天音、今告白しようって決心しただろう? どうせ傷付くだけだから、悪いことは言わないから、やめておけ」
「えっと……何の話?」
「誤魔化さなくてもいい、俺には分かる。榊原さんだろ? 好きですって告るんだろう?」
「違うけど」
「強がんなよ。これでも俺は応援してるんだぜ、友達には幸せになって欲しいからさ」
「その顔は、他人の幸せを願ってる物じゃないよね」
ニタニタと楽しそうな笑みを浮かべるぷっちょ。
この顔はきっと、人の不幸を笑いたくて仕方ないのだろう。
「そんなことはないって、ほんとほんと。俺っていい奴だからさ、顔には出さないように気を遣ってんだよ」
自らいい奴と称する奴を初めて見たなと、どうでもいい事を考えてしまった。
そのぷっちょの顔が、突然緊張した物に変わる。
どうしたんだろうかと、ぷっちょの視線の先を辿ると、そこにはサクラが立っていた。
「天音様、少しお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「うん、どうかした?」
「天音様には、意中の方がいらっしゃいますか?」
「……突然どうしたの?」
いきなり何を聞いてくるんだろうと思ったら、女子達がこっちを向いていた。
一体、どういう会話の流れでそうなったのかは知らないが、中々に面倒そうな質問である。
まあ、それでも返答は決まっているので、いないと告げようとする。しかし、脳裏に一人の女性が浮かんでしまい、口籠ってしまった。
「……恐らく、いる」
「まあ! それは素晴らしいですね。どなたですか?」
「ごめん、それは言えないかな……」
そう返答すると、「そうですか」とサクラは残念そうにしていた。というより、みんなが注目している中で名前を出すって、どんな嫌がらせなんだろうかと思った。
「天音様」
「うん?」
「お友達との恋バナって楽しいですね!」
それは、花が咲いたような綺麗で無邪気な笑顔だった。
「……うん、きっともっと楽しくなるよ」
何となく察する。
サクラは能力が発現してから、学校を辞めなければならなかったと言っていた。
だからこそ、友人達と過ごす時間は、サクラにとってとても大切な時間なのだろう。
離れて行くサクラは、とても楽しそうだった。
それとは正反対に、ドス黒い気配を纏ったぷっちょが天音に接近する。
「どうしたのぷっちょ? え、ちょ、や、やめ⁉︎」
無言のぷっちょは、天音の首を絞めに来た。
いきなり何すんだと手を引き剥がそうとするが、思っていた以上の力が込められていた。
余りの殺意の高さに、これがあのぷっちょなのかと戦々恐々とする。
ぷっちょが、これまで以上におかしくなったのは、サクラが来てからだった。
ぷっちょは明らかにサクラが好きだ。
それは、誰がどう見ても分かるレベルではっきりとしている。というか、男女関係なくクラスの大半がサクラが好きだ。
サクラが高校に通うようになって三週間が過ぎており、これまで告白しようとした人は結構存在している。
しかし、告白しようとしただけで、出来たのは同性の女子二人だけだ。
男子は全員ブロックされており、近付くのも困難な状況だ。近付けるのは、サクラが自ら接近した時のみ。
つまり、先程の天音のような状態なのだ。
「なあ、さっき意中の人がいるって言ってたけど、もしかして、サクラちゃん?」
その声は、いつもとは違う、普通の声だった。
それが恐ろしくて、素直に「ちっ違う」と答えてしまう。
「そっか、良かった。俺、天音とは親友でいたいんだよ。だから、俺を裏切らないでね。思わず殺しちゃうかも知れないからさ」
「親友?」
解放された天音は、親友という言葉の意味を考えてみる。
親友とは、心から信頼している友人で、様々な悩みを打ち明けられる間柄なのだと思っていた。
だけど、ぷっちょ曰く、裏切ったら殺されるような関係のようだ。もしくは、死んだ友人を『死ん友』と呼んでいるのだろう。
そんな親友ならいらないかな。
そう素直に思ってしまった天音だった。