13
場所はダンジョン71階。
砂漠エリアの探索を断念して、雪原エリアの探索に取り掛かる。
雪原エリアは、厚着していれば問題ない気候なので、砂漠エリアとは段違いに過ごしやすい環境である。
「こっちから探索すれば良かったな」
そう呟きながら、天音は襲って来るモンスターを退ける。
ここで現れるモンスターは、どれもが白色をしており、雪と同化して目視で見つけるのが困難となっている。
体長三メートルはある巨漢のイエティ。白い毛を生やしたゴキブリのような見た目の雪油虫。結晶のような見た目の氷属性のエレメント。雪の中を駆ける八本足の馬、スノースレイプニル。吹雪を起こす、醜い雪女。などなど、様々なモンスターが襲って来るのだ。
そのどれもが、天音とは相性が良い。
正確には、魔力操作能力が格段に向上した事で、獄炎を魔法剣(笑)無しでも使えるようになり、全てのモンスターを苦もなく倒せるようになっていた。
「獄炎」
黒い炎がモンスター達を焼いていく。
魔力を遮断して、獄炎を鎮火出来るようになっており、これまでのきつい訓練が無駄ではなかったと教えてくれる。
ただ、前にも言ったように素材が採取出来ないので、威力の制御が不可能な獄炎は、いざという時に取っておいた方が良さそうである。
鉈を使った戦闘でも、身体強化の効果が上がっており、この階のモンスターに対しても余裕がある。
イエティの頑強な毛と強靭な肉体を裂いて、鉈はその命を刈り取る。
スノースレイプニルの氷属性魔法を避けると、逃げる姿を追いかけて、その頭部を切り落とす。
エレメントの魔法をリセット魔法で無効化して突き進み、その結晶体を打ち砕く。
雪女は何かを察したのか、天音には近寄って来ない。稀に相手の強さが見えるモンスターがいると聞くが、雪女もそうなのだろう。
多くの戦闘を行い、前までなら魔力量の心配をする所まで消費した。しかし、魔力にはまだまだ余裕があり、もっとペースを上げても良いのではないかと錯覚しそうになる。
「駄目だな、慎重に行かないと」
天音は一人なのだ。
一つの判断ミスで、たった一つの命は無くなってしまう。
慎重に慎重を重ねて行動するくらいが丁度良い。
気を引き締めて、己の気配を消し、最速でモンスターを刈り取った。
◯
「本日の買取金額は9584200円になります。この札を外の窓口にお渡し下さい」
「はい、ありがとうございました」
今回の買取金額は前回よりも低かった。
それでも、最終的に73階まで行けたのだから大成功と言っていいだろう。
百々目に無理を言って、ダンジョン探索の許可を貰って良かった。
間違いなく、強くなっている。
無表情で喜びを隠して、受付のお姉さんから札を受け取る。
「ねえ福斗くん、今度のクリスマスってレナちゃんと過ごすんでしょ」
「……そうですけど、どうして知っているんですか?」
「星奈さんが言ってたわよ、パーティメンバーの前で誘うなんて大胆ね」
「…………」
僕から誘ったんじゃないですよ。そう言うのは簡単だが、榊原に恥をかかせるような気がして黙っておく。
なんだか嫌だなって思ったのだ。ただそれだけだった。
「プランって考えてるの? 私のお勧めはね……」
それから十分ほど、どこを回るのかレクチャーを受けた。後ろに次の探索者が並ぼうとしていたが、こりゃ駄目だと隣のカウンターに移って行った。
終わりを迎えたのは、支部長が注意してくれたおかげで、全ての話を聞いた訳ではない。
「じゃあ、僕行きますね」
「あっ! 後でメッセージ送っとくから!」
お姉さんの言葉を背にギルドから出て行く。
外に出ると、ちらほらと雪が降って来ており、冷たい風が天音の頬を撫でる。
はあと吐き出すと、息が白く流れて行く。
それを視線で追うと、見知った顔がそこにあった。
「古城さん?」
まだ距離はあったが、天音の言葉は届いたらしく、古城は「ん?」とこちらを振り返った。
すると、何故かわたわたし出して、頭を下げて近付いて来た。
「あっ、あの! あの時は危ない所を助けていただき、ありがとうございました!」
直角に腰を曲げて、感謝を伝えて来る古城。
何の事か分からなくて、首を傾げる。
すると、ある出来事を忘れていると思ったらしく、古城は説明してくれた。
「ダンジョンで助けてもらった時の事です! レナちゃんと逸れて、もう会えないかと思っていたら、神坂さんが助けてくれて!……あの、どうして他所を見るんですか?」
「あっ、ああ、僕の事ね。気にしなくて良いよ、偶然居合わせただけだから」
神坂と聞こえて、師匠がいるのかと周囲を探ってしまった。
いよいよ、名前の原型が無くなって来たなと残念に思ってしまう。
「ところで、どうしてここに? 誰かと待ち合わせ?」
「はい、これからレナちゃんとダンジョンに行くんです」
「そっか、なら中で待っていると良いよ。ここは寒いから」
Uターンして古城をギルドの中に誘導する。
ギルドには、仲間を待つスペースが用意されており、そこでは安価で飲み物も提供されていた。
空いている席の椅子を引いて古城を座らせると、飲み物を適当に購入して何本か渡しておく。どうせ、榊原も来るのだから、無駄にはならないだろう。
「あの、こんなに良くしてもらって……」
「気にしなくて良いよ。榊原さんにも連絡しているから、その内こっちに来ると思うから」
「は、はい!」
じゃあ、と言って古城から離れる。
今度こそ換金しに行くのだ。
なのだが、また呼び止められてしまった。
「……天音くん?」
振り返ると、ハッとした古城がこちらを見ており、「ごめんなさい、人違いです」と焦ったように謝っていた。
間違ってない。
謝られると、自分が別の誰かになったような気がして来る。
古城から視線を外して、今度こそ換金して家路に着いた。
◯
最近、変な夢を見る。
夢の中でも魔力操作の練習をしており、ぐるぐると魔力を回して形を変えて行く夢。
魔法として使うのならば、このような使い方はせずに属性に変質させて武器として使う。
だから、この魔力の使い方は本来なら存在しない物のはずなのだが、何故か理解出来てしまい、とても体に馴染む感覚を覚える。
魔力が形を作り、全身を覆う。
その姿は、まるで黒い獣のモンスターのようで、とても邪悪で悍ましい物だった。
ハッとして目を覚ます。
起きると寝汗が酷くて気持ち悪い。
「……シャワー浴びよう」
洗面所に行こうと布団をどかして、起き上がる。
そして頭を掻こうと右手を動かすと、そこには黒い魔力で形作られた何かがあった。
「っ⁉︎」
驚いて魔力を振り払う。
するとそこには、最初から何もなかったかのようにいつもの腕があった。
「なんだったんだ?」
魔力が大きく消費されており、間違いなく何かをやっていたのだろう。だが、それが分からずもやもやする。
そんな思いも一緒に洗い流そうと、シャワーに向かう。だが、その途中でカタカタとタイピングする音が聞こえて来た。
リビングを覗くと、相変わらず百々目がパソコンと睨めっこしており、目には隈を作っていた。
この人は、いつ寝ているのだろうか。
そんな疑問は置いておいて、シャワーを浴びてスッキリする。
これからトレーニングもするので、もう一度浴びないといけないが、気持ちを切り替えるためと思えば問題ない。
トレーニングウェアに着替えて、ランニングに出掛ける。
はっきり言って、このトレーニングにそこまでの意味は無い。強いて言うなら、一日の調子を確かめる確認作業のような物だろうか。別に辞めても良いのだろうが、日課になってしまっているので、辞めたら辞めたで体が疼いて気持ち悪いのだ。
だから、もう諦めている。
トレーニングを始めたきっかけも、時雨に命令されてからだった。
『福斗、お前は軟弱過ぎて、私の特訓にはついて来られない。だから、徹底的に基礎から鍛えてやる』
それからというもの、毎朝必死に走ったのは嫌な思い出である。
今日はいつもとは違うコースを、それなりのペースで走り続ける。決まったコースばかりだと味気ないので、たまに別の道を行ったりしているのだ。
地元でも普段は通らない道が多く、一本道が違うだけで、景色がガラリと変わる。
今は早朝というのもあり、お年寄りが散歩している姿が目立つ。一人だったり、連れ合いがいたり、複数人でと様々だ。
そんな中で、道端でうずくまっている人がいた。
「榊原さん?」
うずくまっている老齢の女性がおり、心配そうに手を翳している榊原がいたのだ。
どうしたのだろうかと、走るスピードを緩めて近付いてみると、榊原が覚えたての回復魔法を使っているのが見えた。
「ありがとうね、楽になったよ」
「ごめんなさい。私の魔法だと、まだこれくらいしか出来ないんです」
「いいよいいよ、心配してくれるだけでも嬉しいよ」
「でも……」
よく見ると、お婆さんは怪我をしているようで、恐らく転倒したのだと思われる。
痛みで動けなくなったお婆さんに、榊原は回復魔法をかけていたのだろう。
最近、少し怖いなぁと思っていたが、心根は優しい子なのだろう。
なんだか嬉しくなって、天音はつい声を掛けてしまった。
「榊原さん、代わろうか?」
「天音くん?」
お婆さんに触れて、回復魔法を使用する。
怪我の具合も目立った擦り傷だけで、骨などに異常はなかった。というより、半分くらいは榊原の魔法で治っていたようである。
「もう大丈夫ですよ」
「あら、本当。ありがとう、二人とも助かったわ」
お婆さんは立ち上がると、お礼を言い歩いて行ってしまった。どうやら、ウォーキングを再開するようである。そこは中止して、帰ってほしかったなと思う。
「天音くん、回復魔法使えるんだ」
「うん、それなりにね。榊原さんもランニング?」
「そうだけど、天音くんもそうみたいね。いつも走ってるの?」
「うん、日課になってるからね」
「ふーん、いつもここ走ってるの?」
「今日はコース変えてみたんだ。そしたら、ばったりと」
「そう、じゃあ私行くから」
「うん」
「……助かったわ、私だけじゃ助けられなかったから」
「いいよ、困った時はお互い様だから」
「真希の事も助けてくれてありがとう。真希が今も笑えているのは、天音くんが助けてくれたからだと思ってる」
「いいよ、他の人達からも言われたし、もう十分」
「そっか、じゃあまた学校で」
「うん、また」
走って去っていく榊原を見送り、天音もランニングを再開する。
この様子を見ていた目玉のゴーレムを見て、もう隠れる気もないんだなと思いながら、走るペースを上げて行った。




