033 専属受付
「次の方どうぞ。」
冒険者ギルドの受付に並んでいた一行だったが、ようやく自分たちの順番がきた。
「換金をお願いします。」
「かしこまりました。冒険者カードの提示をお願いします。」
レイは女性の指示に従い冒険者カードを渡す。
「パーティ【執行者】のリーダー、レイ様ですね……あら?本日がファーストダイブでいらっしゃいましたか。それはそれは……お疲れ様でした。」
「え?ああ……ありがとうございます。」
レイは、女性がなぜ自分たちがファーストダイブだったことを知っているのか疑問に思いつつ礼を返した。
「冒険者カードには、所持者がどのダンジョンにいつ、何回行ったかっていう情報が記録されているんだよ。」
レイの様子をみたニケが、理由を教えてくれた。
「そんなことできるんだ。すごいね。」
「換金対象の素材がございましたらこちらの木箱にお入れください。入りきらないものは申告をお願いいたします。」
女性が指し示す場所には、1辺1m程度の木箱があった。
「はい。」
そう返事をして、レイは大きな素材袋を取り出した。
実はこの大きな素材袋を使うのはニケの案で、中にレイの持っている収納袋を仕込むことで、あたかも素材袋から素材を出しているかのように見せ、収納袋の存在を隠蔽する策なのであった。
ドサドサドサと木箱にダンジョンで得た素材を入れていく。
「…………」
その量に、受付の女性の顔が少し硬くなる。
そして再度冒険者カードの情報を見て、レイに尋ねてきた。
「あの……本日がファーストダイブですよね?」
「はい……そうですけど。」
「……そうですか。」
そう言って受付の女性は、手早く素材の確認をしていく。
その動きには迷いが見られなかった。
それもそのはず、冒険者ギルド本部の受付に座るには、最低でも鑑定スキルのレベルが3以上であることが要求される。
なぜなら、冒険者たちが持ち込む素材をその場で査定しなければならないからだ。
女性は確認しながらメモを取っていたのだが、その手がピタリと止まる。
「これは……ゴブリンキングの魔力核?」
「はい。小鬼ダンジョンのボスの魔力核です。」
「うそでしょ。あの……本当にファーストダイブですよね?」
「そうですけど……何かおかしかったですか?」
再三にわたる確認に疑念を持ったレイは、思い切って女性に尋ねてみた。
「い、いえ!みなさまのご年齢でのファーストダイブで、これほどの素材の持ち込みに加え、Eランク最難関と言われる小鬼ダンジョンの攻略までされるパーティは非常に稀でしたので……」
「そういうことでしたか。」
女性が慌てた様子で話した内容に得心のいったレイ。
「た、たしかに。レイたちのせいでオイラの感覚までおかしくなってたけど……これってすごいことだよ!」
ニケは女性の言葉によって我に返ったのか、自身も参加していたにも関わらず今頃驚きを顕にし始めた。
「……なんか素直に喜べない言い回しだな。」
「これは期待の新人が現れたわね……」
「何か言いました?」
「い、いえ!なんでも!……時にレイ様。専属受付の制度はご存知ですか?」
ボソッと何かを呟いた女性に聞き返すレイだったが、女性は慌てて別の話題への転換を図った。
「いえ、知りませんけど……」
「専属受付とは、その名の通りパーティ専属の受付をつけることができる制度でして、この制度を利用すると、わざわざ列に並ばずとも、各種手続きを即時行うことが可能となります。」
「そんなに便利なら、みんなやりたがるんじゃ……」
「この制度のポイントは、冒険者様が受付を選ぶのではなく、受付が冒険者様を選ぶのです。」
「受付が冒険者を?」
「はい。ここからは内部事情になりますが、1人の受付が選ぶことのできる専属対象は、一生に一度きり。専属の解除は可能ですが、そうなると二度と専属受付になることはできません。」
一度専属になってしまえば、たとえ専属を解除後、別の国や地域の冒険者ギルドに転勤になったとしても二度と専属受付になることはできない。
それは冒険者ギルドが厳しく管理しているため、受付にとって専属になるというのは軽々しく行えるものではなかった。
「はぁ……」
突然の内部事情の説明に気のない返事をするレイ。
それでも、熱量の高い説明はまだまだ続く。
「ここからが重要なポイントで、専属対象とした冒険者様の実績は、そのまま専属受付の実績にも直結します。この実績によって受付の階級が上がるのですが、階級が上がると、現在は制限されている情報の開示請求が可能となるので、冒険者様にとっても受付という存在が有益な情報源となるのです。」
「なるほど……冒険者は時間の節約と情報の獲得ができて、受付はギルド内での地位を向上させることができ、それが引いては冒険者のためにもなると……」
レイは、これまでの話を要約してみせた。
「おっしゃる通りでございます。」
「その専属受付をあなたが……」
今更ながら目の前にいる女性の名前すら知らないことに気づくレイ。
女性はレイの意図を敏感に察知し、自身の名前を告げた。
「申し遅れました。私、マリーと申します。」
「……そのマリーさんが、僕たちの専属受付になってくださるということですか?」
「レイ様がよろしければ是非。」
レイの確認に、即座に答えるマリー。
その目には迷いが感じられなかった。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ファーストダイブで小鬼ダンジョンを攻略……これだけでも理由としては充分かと存じますが、更に付け加えるとするならば……」
「するならば?」
マリーは少し勿体ぶった間をつくりながら続く言葉を告げた。
「女の勘です。」
「勘……ですか。」
まさかの答えに少し呆れの色をみせるレイ。
「ええ。私の直感が囁くんです。レイ様は大物になる、と。」
マリーは大真面目に意味不明なことを言っていた。
「それは光栄です……ニケはどう思う?」
レイは、この中で一番ダンジョン都市に詳しいニケに意見を求めた。
「どうって、絶対受けるべきだよ!こんなチャンス滅多にないんだよっ!?ましてやまだFランクの冒険者に専属受付なんて前代未聞だよ!」
「……みんなもそれでいい?」
「特にデメリットはないようですので、問題ないかと。」
「専属受付なんてすごいです!」
「もう列に並ばなくていい?」
「それはとても助かる」
「みんなオッケーってことだね。それじゃあ、マリーさん。ご期待に沿えるか分かりませんが、よろしくお願いします。」
全員が好意的な意見を返してくれたことを確認し、レイはマリーに専属受付を承諾する意思を示した。
「かしこまりました。冒険者ギルド本部所属、マリー・ホルン。レイ様率いる【執行者】の専属受付として誠心誠意努めさせていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします。」
こうしてレイ率いるパーティ【執行者】は、Fランクパーティでありながら専属受付を獲得するという、前代未聞の偉業を成し遂げたのであった。
「本日専属受付の手続きをいたしますので、明日からの受付は直接私のところにいらっしゃってください。」
「わかりました。」
「遅くなってしまいましたが、査定結果をお伝えいたしますね。本日の査定金額は銀貨28枚でございます。」
そもそもギルドに立ち寄ったのは、換金対象の査定をするため。
マリーがいつの間にか済ませていた査定の結果を提示してくる。
その金額に驚いたのはニケだった。
「銀貨28枚!?」
「どうしたの?」
「Fランクパーティの1日の稼ぎなんて、銀貨5枚がいいところなのに、銀貨28枚なんて凄すぎるよ……」
ダンジョン都市において、ソロのFランク冒険者だと1日の稼ぎは良くて銀貨1枚。
つまり、薬品などを揃えると赤字になるのが当たり前であるにも関わらず、6人構成のFランクパーティで銀貨28枚というのは大きな黒字と言えた。
「魔物を倒したのほとんどニケじゃないか。」
「それはそうだけど……あんなの、レイたちがいなかったら不可能だよ……」
レイの言葉を肯定はするも、いまだ現実感を得られていないニケ。
そこにマリーの声がかかった。
「レイ様。査定金額は直接お渡しいたしますか?冒険者ギルドに預けることも可能ですが……」
「お金を預けられるんですか?」
「これも専属受付の特典の一つでして、専属受付がいらっしゃるような冒険者パーティは、所持するお金も膨大になるため、冒険者ギルドが特別にお金をお預かりしているのです。当然いつでもお金を引き出すことは可能ですが、ダンジョン都市内であれば、ほぼ全てのお店で冒険者カードによる支払いが可能でございます。」
(冒険者ギルドが銀行の役割を果たしてるってことか。)
マリーの説明を聞いて銀行を思い出すレイ。
恐らく、高位冒険者が持つ膨大なお金を預かって、裏で投資のようなことをやって資金繰りしているのだろうと予測を立てる。
「それは便利ですね。では今回の査定分はギルドにお預けします。」
いつでも引き出せるということであれば、お金を所持するリスクを負うべきではないと考え、レイはギルドに預けることを選んだ。
「承知いたしました……余談ではございますが、冒険者様がお預けになった金額の1%が専属受付のボーナスに加算されます。」
そう言うマリーの顔は少し悪い顔をしていた。
「それはそれは……たくさん預けられるように頑張りますね。」
自分に正直なマリーに笑顔で返すレイ。
なんだかマリーとはうまくやっていけそうな気がするのであった。
「恐れ入ります……他に何かご質問はございますか?」
「そうだ。僕たちのパーティは今Fランクだと思うんですけど、これってどうやったらランクアップできますか?」
「それはですね――」
マリーからランクアップの方法を聞いたレイたちは、コウモリの宿木亭に帰り食卓を囲んでいた。
食事はやはり、宿のオーナーであるアンネ自慢のコウモリ料理だ。
「みんなファーストダイブお疲れ様!かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
レイたち以外に客はおらず、店中に乾杯の音が響き渡る。
一頻り飲み食いを楽しんだところで、ニケが今日の出来事について話し始めた。
「それにしても専属受付がつくなんて本当にすごいよ。」
「たしかに、おかげでダンジョンに潜れる時間が増えるからありがたいね。」
「……いや、そこを喜ぶ人はあんまりいないかな。」
レイのズレた考え方に呆れるニケ。
「なんにせよ、我々の目的を考えると、目立つことはそれほど悪いことでもありませんからね。」
「目的?」
ニケは、アルの「目的」という言葉に引っ掛かりを覚えた。
「そうだ!ニケにまだ返事をもらってないんだった!」
話の流れを無視するかのように叫びだすレイ。
しかし、ニケにはレイの言いたいことはすぐに理解できた。
「パーティへの参加のことだよね……」
「うん!ニケさえ良ければだけど……どうかな?」
「……オイラ、もちろんレイたちの仲間になりたいよ……」
「やった!じゃあ――」
戸惑いながらも仲間になりたいと意思表示をするニケに喜ぶレイだったが――
「でも!……その前に言っておかなくちゃいけないことがあるんだ。」
「言っておかなくちゃいけないこと?」
「うん……実は……」
一度言葉を区切り、ニケは覚悟を決めた表情で叫んだ。
「実はオイラ!レイたちを殺そうとしてたんだ!」
「ニケが……僕たちを?」
そんな素振りを全く感じられなかったレイは、ニケの発言に疑問を感じざるを得なかった。
「うん……冒険者登録の時、絡んできた男たちがいただろう?」
「ああ……そんなのもいたね。」
レイたちが冒険者登録の列に並んでいる際に絡んできた、2人組の男たちのことであった。
「レイたちが冒険者登録してる時、あいつらに話を持ちかけられたんだ……」
「僕たちを殺せって?」
「うん。正確にはダンジョンの罠にわざと引っかけて殺せってことだったんだけど……」
レイたちが冒険者登録をしている際、一人ぼっちになったニケに、男たちが話しかけてきていたのだ。
動機は単純に、レイにコケにされたことへのやり返しだろう。
「あー。だから僕たちが戻った時浮かない顔してたのか。」
レイはニケの表情の変化に気づいていたが、何か事情があるのだろうと、深く追求はしなかった。
「もしできないなら、お前の悪評を街中にばら撒くって言われて……オイラ、そんなことされたらもう冒険者として生きていけなくなるって、怖くなっちゃって。」
ただでさえレベルの低い罠士は、軽く見られがちなこのダンジョン都市で悪い噂を流されてしまえば、罠士としての仕事で稼ぐことは難しくなる。
それは、冒険者を夢見てダンジョン都市へきたニケにとってなによりも恐ろしいことであった。
「……そっか。正直言えば、相談はして欲しかったかな。」
「っ!……ごめん。」
レイの冷たいとも取れる返事に、思わず涙がこぼれてしまうニケ。
――故に、続くレイの言葉はニケにとって意外なものであった。
「でも許すよ。」
「えっ!?」
「だって未遂だし、自分の口で伝えてくれたから。」
「……レイ。」
あっけらかんとした態度で自分の罪を許すと言ってくれたレイに対して、ニケの胸は感謝の気持ちで溢れていた。
「とまあ、それが僕の意見なわけだけど……みんなはどうかな?」
レイに振られて、全員がニケに抱いていた印象を語り始めた。
「ニケさんが誠実な方であることは、十分すぎるほど分かっております。レイ様がお許しになるのであれば、私から何も言うことはありません。」
「私も似た境遇だったので、少しはニケさんの気持ちわかります……自分から話してくれたニケさんはすごいですよ!私、ニケさんは信頼できると思います!」
「ニケは良いやつ」
「ニケと一緒に冒険したい」
「……みんな、ありがとう。」
みんなの暖かい言葉に、さらに涙が溢れてくるニケだったが、伝えばければならないことはまだある、と顔を上げた。
「レイ……みんな……」
ニケは言葉を区切り、全員の顔を見渡して告げた。
「オイラを仲間に入れてください!」
こうして、ニケ・リーメルトがパーティ【執行者】の仲間に加わった。
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