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026 侵略

 辺境伯の屋敷では、ハラルトとゲルトが話していた。


「レイたちは今頃何をしてるだろうね?」


「王国騎士団の連中を竦みあがらせているのではないかと。」


「ははは!それは痛快だね!」


 ゲルトの予想に笑い出すハラルト。

 その予想は見事的中しているのであった。


「さて、昨日からベルンハルトたちが大遠征に出ているわけだけど、王国内に不審な動きはあるかな?」


「いえ、監視の目を増員いたしましたが、全くと言って良いほど動きはございません。」


「ふむ、そうか。やはり私の考えすぎだったかな?」


 王や宰相の強引な動きに不信感を持っていたハラルトだったが、ゲルトの報告により自分の思い過ごしだったかと思い始めていた。




 ――そんなハラルトを嘲笑うかのように、事態は動き始める。




ドオオオォォォォォンッッ!!!



 突如、尋常ではないほどの爆音が鳴り響く。


「何事だ!」


「調べて参ります。」



ドンドンドンッ



 平時であれば、辺境伯の部屋の扉を叩く音とは思えないほど乱暴なノックが、調査に向かおうとしていたゲルトの足を止める。


「失礼いたします!」


 返事も聞かずに開かれる扉。

 扉から入ってきたのは兵士だった。


 ハラルトもゲルトも、この兵士の口からは不吉な言葉しか聞けないことを本能で感じとっていた。


 兵士はゼェゼェとした息遣いを無理矢理押さえ込み、口を開いた。




「ガルダ公国が侵略してきました!」




 ――――――――――――――――




 バルカディア王国の南東に位置するガルダ公国。

 王国は王によって統治されているように、公国は貴族によって統治されている。


 特徴としては、王国以上の貴族至上主義。

 公言こそしていないものの、「貴族でない者は人にあらず」というのが公国の貴族の共通認識だ。


 そのため、奴隷に対して人権を認めている王国とは違い、公国における奴隷は人としての尊厳を持ち合わせていないことがほとんどであった。


 まさに今ハラルトの目の前で起こっている惨状は、公国のおぞましさを体現したものであった。


「自爆攻撃なんて……どうかしている」


 公国は、奴隷を使って自爆攻撃を仕掛けてきていた。


 奴隷たちは爆裂魔石を持たされ、口からは涎を垂れ流し、奇声を発しながら突撃してくる。

 何か状態異常の薬か魔法を使われていることは明白だった。


「いや、そもそもなぜあれほど堂々と戦争を仕掛けてきたんだ。宣戦の布告を受け取った覚えなどないぞ……」


 大陸では国家間の戦争を行う際、戦争を仕掛ける大義名分を、相手国に宣言しなければならないという法が定められている。

 この法を破れば、大陸中の国々から武力による制裁を受けることになり、それは事実上ひとつの国家の消滅を意味している。


 だからこそハラルトは、ガルダ公国が自国の旗を堂々と掲げ、侵略行為に及んでいることへの理解ができなかった。


「ハラルト様。まさかこれが、王と宰相の企みだったのでは……」


「……馬鹿な。こんなことをして王国に何のメリットがあるっていうんだ。」


 自国への侵略を許容するほどの利益。

 ハラルトはその正解を導き出すことができないでいた。


 それもそのはず。

 この侵略行為は、王国内で大きな影響力を得たハラルトに、王が脅威を覚え行われたものであり、いわば嫉妬とも言える幼稚な考えが原因なのだ。

 真に国を憂うハラルトのような人間には、到底考えの及ばないものであった。


「兵はどうなっている。」


 ハラルトは、答えを探すことを諦め、ゲルトに兵の状況を尋ねた。


「大遠征に出ていない兵たちの召集は完了しております。」


「よし。すぐに前線に向かわせてくれ。……この狼煙を見たベルンハルトたちが戻ってくるのにどれくらいの時間がかかる……?」


 ハラルトは、ガルダ公国侵略の報を受けてすぐ、国家災害級の緊急事態をあらわす狼煙をあげるよう指示を出していた。

 狼煙は既に、王国中どこにいても見ることができるほど天高くまで上がっていた。


「……最速でも2時間はかかるかと思われます。この時間ですと、既に森の最深部に到達していると思われますので。」


「2時間か……。街の避難誘導はどうなっている?」


「それが、既に8割方住民の避難は終えているようです。」


「……やけに早いね。」


「どうやらギルド長のリチャード様が、独自にAランク冒険者を召集されていたようで、彼らが動いたことで住民も冒険者も素直に避難を始めたようです。」


 辺境伯領においてAランク冒険者たちは、住民にとっても、冒険者にとっても羨望の対象といえる。

 そんな彼らが口を揃えて避難を促すのであれば、相当の危険が迫っているに違いない。

 住民や冒険者たちがスムーズに避難を選択したのは、こうした思考回路が働いたからであった。


「そうか。リチャードも何か感づいていたんだろう。……ともかく、住民の避難が間に合うのなら時間稼ぎに徹することができる。指揮官には、くれぐれも遅滞戦闘を心がけるように伝えてくれ。」


「承知しております。」


 ハラルトとゲルトが今後の方針を定めたその時。

 最悪の報告が耳に飛び込んできた。




「報告っ!!北からヒュース商国の軍が攻めてまいりました!!」




 王国の北東に位置するヒュース商国。

 辺境伯領からは魔物の素材を輸出し、商国からは食料や武器、衣服の輸入をするなど、商業面では持ちつ持たれつの関係を築いていたはずの国。


 そんな国がいきなり、しかもこのタイミングで攻めてくるなど、夢にも思っていなかったハラルトはしばし言葉を失った。


「……………………なんだこれは。何が起こっているというんだ。」


 呆然とするハラルトに、ゲルトが声をかける。


「ハラルト様お逃げください。1国だけならばまだしも、2国同時に攻められては幾ばくの猶予もございません。我々が時間を稼ぎますのでお早く。」


 献身的なゲルトの言葉に我を取り戻すハラルト。


「……ダメだ。私一人逃げてしまっては兵の士気に支障が出る。なんとしてでもベルンハルトたちが戻ってくるまでに持ち堪えるんだ!今集まっている兵をふたつに分けて、一方は北に向かわせてくれ。……ゲルト。君の部隊にも前線に加わって欲しい。」


「っ!!それではハラルト様の身を守る者がおりません!」


「貴重な戦力を、私のお守りに置いてはおけないだろう?……ゲルト。これは命令だ。」


「…………承知いたしました。」


 ハラルトの覚悟を受け取り、ゲルトは断腸の思いで下された命令を飲み込んだ。


「ありがとう。それじゃあ頼んだよ。ゲルト。」


「…………御武運を。」


 言葉を告げた次の瞬間には、ハラルトの視界から消えていたゲルト。

 ハラルトは、近づいている爆発を眺めながら呟く。


「死ねない。こんなところで死ぬわけには……」




――――――――――――――――




 ハラルト・マルクグラーフ・フォン・ウィズモンド辺境伯死亡。



 その発表が大々的に行われたのは、侵略から一夜明けた朝だった。


 レイたちは、狼煙が見えてからすぐに王都を出発し、不眠不休で走り続けるも、辺境伯領に到着したのは出発して6時間後。


 レイたちが到着する頃には戦いは既に終結しており、つい先日まで通っていたハラルトの屋敷は、瓦礫の山と化していた。


 しかし、不思議なことに街への被害は皆無。

 侵略してきた2国は、辺境伯を討ち取るとなぜか進軍を止めた。


 さらに不可解だったのは、そのタイミングで現れた王国の使者を名乗る者。

 使者が2国の代表に停戦交渉を持ちかけると、2国の代表は2つ返事でそれを了承したという。


 他国にも名を轟かせるウィズモンド辺境伯を討ち取ったというのに、あまりにも欲がなさすぎる。

 せめて街の制圧をしなければ、停戦交渉において領土の割譲を強気に進めることなどできないだろう。


 ――という大多数の思惑を大きく外し、王国はあっさりと辺境伯領の一部を手放した。


 今までハラルトの屋敷や兵舎があった土地、そしてあろうことか街までもガルダ公国の領土となってしまった。

 どこでも生きていけるその日暮らしの冒険者とは違い、街に定住していた住民は当然猛反発した。



 ――なんで戦わないんだ!


 ――俺たちはなんのために税を払ってたんだよ!


 ――街ごと明け渡すなんてどうかしてるぞ!



 そんな声が連日連夜王城の城門前で響いていた、

 しかしある日、見せしめとして一人の男が兵に殺され、城門前に首だけの状態で吊るされるようになってから、次第に声は止んで行った。


 残された辺境伯軍は、新しく創設された【王国守護団】に名前を変え、王国所属の軍隊となった。


 王国守護団の団長にはベルンハルトが就任することとなり、辺境伯軍に所属していたほとんどの者たちが、ベルンハルトについていく形を取った。

 しかし、ハラルト以外に仕えるつもりはないと、退役するものも少なくはなかった。




 そんな中、レイたちは王城の謁見の間に呼び出されていた。


「面をあげよ。」


 アンホルスト王の声で顔をあげるレイたち一行。

 そこには、豪奢な椅子にふんぞりかえるアンホルストと、側に控えるボルケがいた。


「辺境伯の件に関しては災難だったな。」


「……お心遣い痛み入ります。」


「客将であるそなたとその部隊は、本来であれば客将の契約が解消されて終わりなのだが……それではあまりにも不憫だと思うてな。そこで……」


 アンホルストはチラッとボルケを見て、続きを引き取るよう促す。


「王はおまえたちを、王国騎士団の見習いに取り立ててもよいと、おっしゃっている。」


「見習い……ですか。」


「本来、王国騎士団は貴族しか入団が許されていないが、今回は特例として、見習いという形でなら入団を許可していただけるとのことだ。」


「……はあ。」


「……忠告しておくが、このような機会が、平民であるおまえたちに何度もやってくると勘違いしてはならぬぞ?」


 レイの気の無い返事を聞いたボルケは、今回の待遇の特別感を演出してくる.


「……ひとつ。王にお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 レイはボルケの言葉を無視して王に話しかけた。


「なっ!無礼なっ!」


 レイの態度に怒りを見せるボルケ。


「……よい。申してみよ。」


 アンホルストは怒るボルケを制し、レイに質問の機会を与えた。


「なぜ侵略してきた2国は、辺境伯の首を取って満足したのでしょうか?」


「……何が言いたい?」


「いえ、王国からの援軍が到着するにはまだまだ猶予があったはずです。それこそ街の制圧も容易かったでしょう。」


「……まわりくどいな。要点をまとめよ。」


 王が少し苛立ちを見せ始める。


「失礼いたしました。つまり、2国はなぜ侵略行為をやめ、停戦交渉の席についたのか。聡明な王であれば、この問いに対する答えを既に導き出していらっしゃるのでは……と思いまして。」


「ふんっ。2国ともハラルトの奴が目障りだっただけなのだろう。下らぬことをきくでない!」


「……申し訳ございません。」


 レイは王の答えを聞くと、あっさりと引き下がった。


「それで?王国騎士団に見習いとして入団するということでよいのか?」


「いえ、私が客将となったのは、ハラルト様に気に入っていただけたためでございます。そんな相応の実力も伴わぬ卑賎な身で、栄えある王国騎士団に入団など、見習いといえど恐れ多いことでございます。」


「ふむ。己の分は弁えているようだな……。宰相よ、本人がこう申しておるのだ。であれば徒らに例外を設けるのはいかがなものかと思うがの。」


「……承知いたしました。では、お前たちには心づけを渡すことで、この件を終いとする。異論はないな?」


「ございません。」


「うむ。では退場せよ。」


 ボルケの言葉を契機に、レイたちが謁見の間を退室する。




 レイたちが出て行ったことを確認し、アンホルストはボルケに声をかけた。


「本人から騎士団への入団を辞退してくれてよかったではないか。」


「……左様でございますね。」


 騎士団長のフリッツから合同訓練の話を聞いていたボルケは、内心では惜しいことをしたのではないかと考えていた。


「それにしても、これほどあっさり事が片付くとはな。」


「ええ。とはいえ、此度の侵攻におけるガルダ公国の奴隷の運用については、他国も知るところとなりましたので、表面上は糾弾せざるを得ません。ヒュース商国との取引内容も詰め直さなければいけませんので、政治的、経済的な問題はまだまだ山積みでございます。」


「何を言っておる。国の癌を摘出できたのだ。それに比べれば政治や経済の問題など些末事よ。」


「…………」


 これ以上は何を言っても響かない。

 どころか、怒りを買ってしまう可能性すらある。

 経験上、それが分かっていたボルケは沈黙を選択することにした。


「ふぁっふぁっふぁ!今日はとても気分がいい!残りの政務は後回しじゃ!誰ぞ酒を持て!」


「……はあ。」


 日中から酒を飲み始めたアンホルストに、この後も政務が詰まっているボルケは、思わずため息をこぼすのであった。

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