光文中学校
[一]
川上覚史は、窓の外を眺めていた。丘の上に建てられただけあって、景色は町全体見渡すことができる。町といっても、この地域を「町」と表現するには少々似合わないのかもしれない。眺めた景色は平凡で、この季節に相応しい稲が刈り取られた後の田んぼの土色一色だった。遠くに見える山々もどこか寒々しい。
覚史の通う光文中学校がある市和良町は、典型的な田舎である。人口も数千人程度で、住宅よりも田んぼの方が圧倒的に町の面積を占めていた。道路も基本的には軽トラック一台が通れるほどの広さしかなく、移動手段は車よりも自転車を使ったほうが便利なくらいである。良く言えば自然に溶け込んだ町、悪く言えば時代遅れ。それが市和良町だった。
覚史は市和良町唯一の中学校、光文中学校に通う二年一組の生徒である。一組とは言っても、そもそも各学年クラスは一つしかない。もともと人口が少ないのに比例して、町の子供の数も少ないのだ。二年一組の生徒数は男子が十三、女子が十四の合計二十七名だった。
こんな学校早く卒業したい、覚史は呆然と窓の外の景色を眺めながら思った。給食の時間が終わり、五時間目の授業である英語が始まって二十分が経過していたが、覚史は全くノートに手を付けておらず、先生が黒板に書かいた文章は書かれては消え、新しい文字が書かれてはまた消えていった。まるで楽しくない学校生活、つまらない人生。卒業まであとどれくらい退屈な日々を過ごさなくてはならないのだろうか、そんなことを考えていると、後ろから肩を叩かれた。
教室の中に六列に並べられた席の一番窓側、後ろから数えて二番目の席が覚史の席である。そしてその後ろには横山達也の席があった。横山達也は覚史にとってこのクラスで一番親しい友達である。達也は小学校を入学して一番最初にできた友達だ。それから今まで、喧嘩一つせず仲良くやっている。達也は覚史の肩をたたいた後、先生に気づかれないようにひそひそとに話しかけてきた。
「そんなに黄昏れて、どうしたんだよ」
達也は心底心配しているような表情をしている。そういうやつだ。達也は友達思いなところがある。覚史はそう思いながらも、返した言葉は「別に」と短いものだった。いくら親友とはいえ、わざわざ悩みを打ち明ける義理はどこにもない。そもそも自分は何かに悩んでいるのだろうか。
達也は当然納得するわけがなく、不満を浮かべた顔を横に向けた。その視線の先には、新川里美がいた。新川里美は、覚史の隣の席である。里美もまた古くからの顔見知りで、達也の次に仲良くなった人物だ。ここで、友達と表現しないのは理由があり、少なくとも現在、覚史と里美はお互いにあまり話さない。それどころか、里美は少々クラスで浮いていた。
「なんでそっちをみるんだよ」
覚史は達也を睨んだ。しかし達也は覚史が睨むのも気にせず、反対に憐れむような目で見返す。
「やっぱり心配なんだな、おまえ」
「心配って何がだよ」
「そんなこと決まってるじゃん。里美だよ」
おれが里美を心配している、そんなわけないだろと達也を嗜める。しかし、正直にいうと一瞬どきりとした。
そもそも、里美はクラスで浮くような人間ではなかった。実際、去年まではいつでも彼女の周りには必ず誰かがいて、満面の笑顔を教室中に振りまいていた。あの頃の里美は輝いていた。それは太陽のように眩しく、ヒマワリのように暖かかった。
そんな彼女が今、悲しみのオーラをまとい、彼女に近づく人も覚史と達也を含めた極少数となってしまった。どうして里美がそんな悲しい思いをしなければならなくなったのか、それは一つの理不尽が彼女をそうさせたのだと、覚史は知っている。
一つの理不尽。覚史は前の席を見た。吉田美結、その隣に佐藤朱音がいる。二人はこのクラスでのボスだ。里美がクラスで浮いたのも、この二人のせいである。里美は、何らかの理由から二人の顰蹙を買ってしまったのだ。美結と朱音の里美に対する不満は明らかで、四月の事件以降、二人はクラスのボスであるという立場を利用し、徹底的に里美を攻撃したのである。このクラスに美結と朱音に逆らうものは誰もおらず、みんながボスに屈して里美と関わらなくなった。
一体、里美は何をやったのだろうか。4月の事件といっても、その内容について覚史は全く知らない。4月の事件という単語を噂で聞いたに過ぎなかった。
そこまで考えて、覚史は里美のことを考えていることに気づいた。ばかばかしい、別に里美がどんな立場にあろうと、おれには関係ないじゃないか。そもそもおれ自身、美結と朱音に屈した一人だ。もう里美には関わらないと決めたじゃないか、と覚史は考えたもののそれは本心とは食い違っているとすぐに気づいた。そして、自分が何もしてあげられないことを、恨んだ。
ずきずきと痛み出した心をこらえて再び窓の外を眺めると、相変わらず寂しい景色が広がっている。この寂しい景色が、覚史の心の中の気持ちと同じ色をしている、そう考えた時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
号令の後、里美はいそいそと教室を出て行く。覚史がその姿を目で追っていると、突然視界に達也の姿が飛び込んできた。
「なあ覚史、ちょっとおまえに話がある」




