知らぬが仏 知らせぬが仏
「いくぞ、レイ」
奇妙なライバル宣言を受けたフミヅキは
自分に声をかけてくるりと背を向けた。
「う、うん」
自分もとりあえず有無を言わせないその後姿に続いた。
後ろからキサラギが来る気配もする。
荒かった息遣いを整え、フミヅキの横顔を盗み見た。
「・・・」
普段、表情が豊かなほうではないフミヅキは
いつものように不機嫌そうな顔つきだ。
だが、瞳の中の煌きは、明らかに正反対のことを物語っていた。
「---」
フミヅキ・・。
何か生きがいをもった色だ。
まるでライバルができたことに対し、喜びと闘争心が燃え滾るような。
静かに歩く彼の漆黒の瞳はそう現している。
しかし、おれがそう思ったのも、つかの間だった。
「レイ、あいつには、明日、
俺と依頼を受けに行くことは言うなよ」
静かに彼が視線をよこし、慎重に小さく伝えてきた。
悟られたくない、知られたくない
そんな感情のこもった声だった。
瞳が宿してたあの感情は間違いだったのだろうか?
そう思わずにはいられないが、
自分もそれには納得のいくこともあって
「わかった。言わないよ」
と、小さくうなずきを返した。
・・それにしても、
「--にしても、フミヅキが
あんなこというなんて思わなかったなー」
思ったことをおれはつぶやいた。
「あんなこと?」
眉をひそめて彼が問いかける。
その顔を見て、彼にとって、
そこまで重いことだと思っているわけではないと感づく。
でも、自分にとってはーー。
「さっき、言ったじゃん。
おれが仲間をつくりたがらないって」
わざと軽く言い放つ。
「確かに、言った。」
自分に言い聞かせるように彼はうなずく。
「でしょ」
上目遣いに見上げて再度問いかける。
「事実だろ?
お前が、人をそばに置こうとしないのは」
さも当然のように彼はあっさり答えてしまった。
「っ、」
息がつっかえたような声が漏れる。
なんで、・・フミヅキはそうあっさりしてるんだ!
キサラギもあんなベタなこと平気で言うし!
心の中で毒づいていると
「お前はなかなか気を赦さない奴だ。
まぁ、だまされる奴はころっとお前の愛想笑いに見惚れるがな」
遠くを仰ぎ見る姿に、何か思い出してるんだろうと思わせる。
「・・ぉれも ぁやぅく ・・だまされそぅになるとこだった・・・」
最後にボソッとつぶやかれた。
けれどうまくきこえない。
俺が・・なに?
「え?」
そんな覚えは一度もない。
愛想笑いなんていつものことだ。みんなの態度だって特にかわらない と思うけど。
ちがうのかな?
「最後になっていった?」
「いや、別になんでもない」
うやむやにされ、なんとなくひっかかったままになってるうちに
ギルドの屋敷の入り口が目の前に迫る。
フミヅキがドアを押しやって中に入り、自分も後に続く。
ガヤガヤ ガヤガヤ ワイワイ ワイワイ
「」
「」
手前にまだ席の空いているテーブルが散らばっていて、にぎやかの中心になっている。
奥にカウンターがあるが、そこまで近づくと、音が少し鈍く遠くに聞こえる感じがした。
間近でにぎわう中にしては、違和感が感じる唯一の場所である。
「おい」
フミヅキがカウンターにいる受付人にするどい声をかけた。
「は、はいっ」
びくぅっ、と大きく震え、すぐにやってくる女の子の受付人。
ウェイトレスの制服に身を包む子で、いつもびくびくしてる。
チャームポイントはむしろ目立たないメガネだろうか。
一見、ここでの仕事には向いてなさそうなその臆病な人は
生真面目に
「っ、ふ、フミヅキ様ですねっ。
いつもの訓練場のチップでよろしいでしょうか?」
と、少したどたどしく、たずねる。
その姿勢は臆病なわりにはまじめすぎて。
キリっと仕事としての責務を全うしようとするのを感じさせられる以上に
まっすぐな視線と言葉だった。
言葉の内容はまるでいつもことのように。
「そうだ。」
相変わらず口数の少ないフミヅキはそうやってうなずくだけ。
彼は気付かないだろう。女を苦手とする彼にはその渾身の努力は。
受付の彼女の男性不信を克服しようとする象徴である生真面目さは。
「分かりました。
今日は2が空いております」
と彼に“2”と書かれたチップを渡す。
「ーーーレイ、行くぞ」
彼は受け取り、そうかろやかに去っていった。
「--」
ふぅー。
小さく受付の彼女は息をついた。
するどい視線と言葉によほど気を張っていたらしい。
ここは自分が労ってやんないと^
「ラシュアちゃん、ありがとね。
フミヅキの相手、ご苦労様。」
そう受付の子に、がんばって と労いのウインクをして
「フミヅキ待てよーー」
そう声をかけつつ、その場から離れた。