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20.魔物

 ある日の夜、シャロンは診療所の屋根の上に座っていた。そこにレンザンが、酒を持って上がってくる。


「月見かな? ……ああ、今日は良い月だ」

「ええ、そうですわね」


 レンザンは小さなグラスに酒を注ぐと、シャロンに手渡した。そして自分にも酒を注ぎ、ふたりで静かにグラスを鳴らす。


「そろそろ、故郷も恋しくなるだろう?」

「最近……そう思えるようになりました。オルトゥスもようやく安定してきましたし……」

「そうだな。しかし、無理はしない方がいい。こういうときこそ、無理をしてしまうものだからな」


 レンザンとシャロンは静かに語り合った。酒がまわったのか、シャロンは舟を漕ぎ始め、レンザンの肩にもたれ掛かってくる。しばらくそのままでいると――夜の空に、何かの存在を感じた。レンザンはシャロンの身体を抱きかかえ、診療所のベッドに運んで寝かせる。


「……こんな夜に空からなんぞ、無粋にもほどがあるわい」


 レンザンはひとり、何かに向かって走り出した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 レンザンが森に着くと、ひとりのエルフが地面に倒れていた。その近くの樹の上から、男の声が聞こえてくる。レンザンが戦いを教えているエルフのひとりで、森の巡回を担当するロアンという若者だった。


「レンザン先生!!」

「おう、ロアン。今はどんな状況だ?」

「空から急襲を受けて……! ナロウはやられてしまって……!!」


 ナロウというエルフも、レンザンが戦いを教えている若者だ。軽い性格ではあるが、真面目な人物だった。今は既に、地面で息絶えてしまっている。


「……仇は討つぞ。敵は2体か?」

「はい――ぐぁっ!?」


 ロアンは声を上げると、そのまま地面に落ちた。肩には矢が刺さり、顔は苦痛に歪んでいる。


「お前は少し休んでいろ。我が片付けてやる」


 そう言うと、レンザンは樹の幹を駆けあがり、宙に飛び――そして敵の1体を刀で斬り裂いた。レンザンはそのまま地面に降り、絶命した敵の姿を確認する。


「……こいつは、天使種族か?」


 背中の翼に、金色の髪。診療所で一緒に働いている、シャロンと同じ種族――……レンザンが空を見上げると、もうひとりの天使種族の男が、禍々しい力を矢に込めていた。


「右腕が本調子ではないが、たまには我の技も見せてくれよう」


 レンザンは刀を握り直し、祈るように集中した。刀身は熱を帯び、空気が揺らめき、炎が全体を包み――そして赤い刃を作り出す。再び樹の幹を駆けあがり、高く跳躍して、男との距離を一気に詰める。


「――舞えよ炎。桜花斬月ッ!!」


 男の身体は一刀両断された。断面は黒く焦げ、そしてそのまま……爆ぜるように、宙へ霧散していく。その様は、桜の花びらが散るようでもあった。


 地面に戻ったレンザンは、冷静な声でロアンに告げる。


「終わったぞ」

「さすがレンザン先生……。お見事です……!」

「実戦から離れていたせいか、いまいちだったわ。さて、それではお前の怪我を――」

「あ……! 先生――ッ!!」


 その瞬間、レンザンはヒルのような魔物に襲われた。シャロンから何度も聞いていた、彼女の故郷を襲った魔物――


「――ぐぅッ!!?」


 魔物はレンザンの右腕を襲い、そのまま内部に喰い入ろうとする。振り切ろうとしても、刀で斬りつけても、腕から離れる気配がまるで無い。ロアンもどうして良いか分からず、見ていることしかできない。


「……ったく、仕方ねぇなぁ……ッ!!」


 レンザンは左手で刀を持ち、そのまま――自分の右腕を斬り飛ばした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――ドンドンドン!!


 夜中、リディアの家の扉が強く叩かれた。しばらくすると、家着のアルマが姿を現す。


「こんな夜中に、どなたですか? ……あ、レンザン先生にロアンさん!?」

「眠っているところ、すまんな。お嬢ちゃんはいるかい?」

「しょ、少々お待ちください――いえ、家に入ってお待ちください!!」


 アルマは彼らの身体を見て、緊急事態であることを察知した。家の中に向かって大声で助けを呼び、自身もリディアを呼びに行く。しばらくすると、寝間着姿のリディアが現れた。


「レンザンさん!? 右腕が――」


 レンザンの右腕は、肩の下から綺麗に無くなっていた。その横にいるロアンも、肩に矢が刺さったままだ。


「我は大丈夫だから、先にロアンを診てやってくれぬか? シャロンは今、眠っているのでな」

「聞きたいことは山ほどありますが……そう言うなら、そう進めますよ!?」


 リディアはロアンの状況を見つつ、止血をしながら傷を癒した。体力も消耗しているため、弱めの睡眠剤も与えて……ロアンの処置は完了とする。


 その後、目を覚ましてきたシオンに、エルフたちへの連絡を依頼した。ロアンが怪我をしたこと、ナロウが亡くなったことを伝えるためだ。


「――それでは、次はレンザンさんの番ですよ!」

「ははは、血はもう止まっているだろう? そう慌てることはないさ」

「痛くないんですか!?」

「トカゲの尻尾切り、という言葉もあるだろう? 我は火蜥蜴族だからな」

「はぁ……」

「そんなわけで、お嬢ちゃんが持っている一番強い治癒薬をくれんか? 代金は、我の陶器で支払おう」


 レンザンの言葉を受けて、リディアは最も高価な薬を持ってきた。ただ、レンザンの陶器がいくつかあれば、十分に賄える金額だ。


「それをどうするんですか?」

「治癒薬は、治癒をするものだろう?」


 そう言うと、レンザンは右腕の切断部分に治癒薬を掛けた。そのまま揉み込むような動きを続けていると――右腕が再生した。


「えぇ……? すごく心配したんですけど、そんなにすぐ再生するものですか……?」

「我はこんなものだぞ?」

「そうなんですね……。必要であれば、食事もしていきますか? タンパク質とか、たくさん消費したでしょうし」

「ふむ。シャロンは眠っているし、我も少し休みたい。ありがたく申し出を受けさせてもらうよ」



 使用人を全員起こし、早速レンザンの食事を作ってもらう。余りものがいくらかあったので、それをベースにしつつ、森の周辺で狩った獣肉を調理していく。レンザンの前には、できた端から料理が並べられていった。


「――うむ。お嬢ちゃんの家のメシは、やはり美味いな」

「アルマを中心に、料理には本格的に取り組んでもらっていますからね。オルトゥスで一番を自負していますよ♪」


 リディアは明るく言うが、それにしても森で何が起こったのかが気になる。食事中ではあるが、リディアは早々に聞いてみることにした。


「それで、森で何があったんですか?」

「森の外から、天使種族がふたり、攻撃を仕掛けてきたのだ。それを倒したあと、ヒルの魔物に襲われてな」

「ヒル……ですか」


 リディアの声が少し低くなった。レンザンは構わずに話を続ける。


「そいつが、我の右腕に喰らいついたんだよ。どうにもならんかったから、右腕を斬り飛ばしたというわけだ」

「まぁ……再生ができるなら、それが最善だったかもしれませんね。本当に、最初見たときは驚いたんですから」

「すまんな。ロアンの傷も深かったから、そっちを急いで診てもらいたかったんだ。おかげであいつは助かったよ。ありがとう」

「いえいえ。レンザンさんがいなければ、ナロウさんと同じ結果になっていたかもしれませんし……」


 リディアはレンザンが食事するのを見ながら、気になったことを聞いていく。


「――それで、襲ってきた敵は最終的にどうなりました?」

「全員、焼いたぞ」

「あ……、そうなんですね」

「我の腕が魔物に喰われるのは、さすがに見たくもないからな。天使種族のふたり目は、斬った時点で焼け死んだし――」


 レンザンは言葉を止めて、お茶をゆっくり飲んでから……真面目な声で続けた。


「――そもそも、アレは誰にも見せるべきではないと判断した。だから、ひとり目も最後に焼いたのさ」

「レンザンさんが判断したなら……きっと、それが正しいんでしょうね」

「ただ、お嬢ちゃんには伝えさせてもらうぞ? 今後、大きな話になりそうだからな」

「はぁ……。何となく予想は付きますけど、参っちゃいますね……」

「酒でも飲みながら話すか?」


 レンザンの提案に、リディアは困ったように笑い返した。

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