第二話「魔術師の祭典 魔術大祭」
とあるカフェの中。
僕はコーヒーを片手に推しの配信を見ている。
視界内にはハロウィンもびっくりは服装の店員たち、外にもハロウィンも以下略な一般人たち。
……いや、一般人ではないな。
彼ら彼女らは皆が皆【霊装】を纏う魔術師だ。
本来国の許可がないとダンジョン外で行使してはならない【霊装】も、今日、この場所に限っては許される。
正確には今日より七日間。
僕が今いるのは冒険者育成学園の敷地内で催される魔術師の祭典、魔術大祭だ。
その広大な敷地の一部で開かれるカフェの中で、僕はここに来るに至った経緯を思い出す。
そう、あれはつい先日の出来事──……。
◆~京助の回想~◆
「お前、まだ子供なんだからもっと遊んで来いよ」
いきなり執行者本部に呼び出されるなりボスより言われた言葉がこれだ。
この御仁の実力も在り方も尊敬はしているが、普段からそうなのかと言うと断じて違う。
普段のこのおっさんはただのおっさんである。
そして今僕の眼の前にいるこのおっさんはそのただのおっさんである。
されどこのただのおっさんが日本執行者のトップであるのもまた事実なので、正直に用件がそれだけなら帰っていいですかなんて言えない。
僕は致し方なくボスのつまらない言葉に返事をした。
「はぁ……考えておきます」
額に手を当てるボス。
なんだ一体、この人はいつも執行者に関係ないことで僕を呼び過ぎじゃないだろうか。
どうせまた今回も飯いこうぜとかそんな話だとは思ったのだが。
「はぁぁぁぁ。京助、お前かっこいいんだから恋人の一人でも作ったらどうだ? もっと今しかできない青春ってやつを謳歌したほうがいいと俺は思うぜ」
またその話か、と内心で溜息を吐く。
ボスは飯いこうぜの次には恋模様を聞いてくる。
生まれてこの方誰かを好きになったことなんてない僕は毎回考えておきますと無難な返答でそれを濁すのだが……今日のボスはそれを見越してなのかなんなのか、もっと深いところまで突っ込んできた。
「まぁ待て京助。俺が思うに……三姉妹とかどうよ?」
どうよ? とか言われても彼女らのことはただの同僚としか見たことがないが。
ここでボスがいう三姉妹とは同じ地域で活動する執行者の三人姉妹のことだ。
執行者……というか魔法使いに血縁での継承が確認されていない今、姉妹揃って魔法使いであることは世界的に大変稀有な例なのだが、それも彼女たちの魔法を思えば不思議なことはない。
三姉妹が揃うことで初めて真価を発揮する彼女たちの魔法は、日本全国で見ても数少ない執行者を一ヶ所に集めておくに足る意味がある。
むしろ僕という個で完結する執行者が彼女たちと同じ地域で活動していることこそ勿体ないと僕は思うのだが、ボス曰くこの配置に間違いはないそうなのでそんなものかと納得している。
そういう面ではボスの判断を疑う必要はないと、僕は信頼を置いているのだ。
話が逸れたな。
ボスはそんな近場で暮らしている三姉妹を恋人にしたらどうよ? と勧めてきているのだが、はっきり言って論外だと思う。
なぜなら彼女たちは……。
「ボス。あの三姉妹には幼少の頃より想いを寄せる相手がいるという話を耳にしたことがあります。確かな話のようですし、横恋慕なんてするつもり、僕にはありません。そもそもそういう目で見たこともありませんから」
そう、三姉妹には既に恋心を抱く相手がいるのだ。
未だお付き合いに発展したという話は聞かないが、同じ執行者の間では皆が知るところのこの情報、僕も例外なく把握しているし応援もしている。
そんなことはボスとて理解しているはずなのに、横恋慕を勧めるとは一体どんな了見か。
ボスに対する見方が冷めたものに変わる前に弁明が聞きたいものだ、とじっと見つめる。
ボスは至って真面目な顔で口を開いた。
「三姉妹の想い人って同じ一人の男らしいぞ」
「らしいですね。幸福な男もいるものです」
「幼少の頃より同じ男を好いているんだあいつら。幼少の頃より。一体誰なんだろうな?」
「さて、彼女たちの交友関係など僕が知るはずもありませんから。順当にいって幼馴染とかでは?」
「そう! 幼馴染! 一体誰なんだろうな!?」
「彼女たちの交友関係を僕が知るはずもないと言いましたが?」
額に手を当てるボス。
一体なんなんださっきから。
というか今の会話がボスなりの弁明ならこのただのおっさんに対する見方を一段下げる必要があると思われる。
ただの下が何になるのかはさておき、確認に一応問うておくか。
「三姉妹には幸せになって欲しいですね?」
「ああ、本当にな」
よかった、ボスもそのところ考えが変わったわけではないようだ。
確かに幼少よりの恋心が未だ実らないとなれば、別の男を勧めたくなる気持ちはわからなくもないが。
それでも僕は彼女たちの一途な恋を応援したいと思っている。
あからさまにクソでかい溜息を吐きながら額より手を離したボスは、それじゃあ、と次を考えるように前置きをする。
まだこの話続くのか?
帰りたい。
「『アルテミス』とか、どうよ?」
もうお前投げやりになってないか? と言いたい。
執行者『アルテミス』、言わずと知れたアメリカで大人気の執行者。
いやアメリカで、という括りをつける必要もないか。
その美貌に加え、彼女は世界最強と名高い執行者でもあるから、まさに天上の女神のように信仰する者たちも冗談抜きで実在するほど。
なにが言いたいのかというと、流石に次に勧める相手としては雲の上過ぎるだろう。
「ボス。世間の評価を抜きにするにしても、『アルテミス』は自分より強い者でなければ決して靡かないという厄介な性質を持っています。世界最強が自分より強い者、と断言することで彼女は一生独り身なのではと案じる者もいるほどです。ご存知ですよね?」
この話は国を超えて有名だ。
彼女こそ天上の女神だと言う者も多く存在するほどの美貌を持つのに、彼女の提示する条件が厳しすぎて誰もアプローチできないという現実が多くの男を涙させているという。
こんなことはこのただのおっさんが知らないはずもないのにそれでも勧めてくるとは、もしやもっと強くなれという激励を頂いたと捉えるべきなのだろうか?
「ボスは僕にもっと強くなれと?」
「それ以上上を目指すのか……? お前は世界を滅ぼす気なのか……?」
「しかし『アルテミス』は自分より強い男にしか靡かないとか。勧める相手としては下も下では?」
「なぁ京助、お前以前に『アルテミス』と模擬戦したことあるだろ? どうだったよ?」
「どう……と言われましても。判断するところがなかったので」
「そう! お前は『アルテミス』との模擬戦で完膚なきまでの圧勝をしたわけだ! 凄いよな!?」
「僕と戦えば誰でもそうなるのでは? 本当の意味で戦いになることがそもそもあり得ませんから、僕の魔法は」
「それってつまり!?」
「本当理不尽極まる魔法ですよね。僕もそう思います」
「そうっ! それは、つまり!? この世の最強とは!?」
「……? ボスは世界最強が『アルテミス』だと知らなかったりしますか? かなり有名な話だと思っていたんですが」
またもや額に手を当てるボス。
あんたさっきからなんなんだ。
「……戦いにならないから強いも弱いもない、か……。この世のジョーカーは違うねぇ……」
「ボス? すみません聞こえないんですが?」
「いや、お前に恋しちまったやつはとんでもない茨の道だと思ってな」
「そうですね。執行者ばかり勧めるボスの意図は理解しているつもりですが、僕に誰かと添い遂げる気は更々ありませんから不要な気遣いです」
額を覆う指の隙間からチラとこちらを確認するボスは、諦めたかのように一つ小さな溜息を吐くと一転、真剣な表情でこちらを見据えてくる。
それに反応するように僕も改めて背筋を伸ばし、口を引き締めた。
「執行者『魔人』。指令を下す。魔術師の祭典、魔術大祭に参加しろ。魔術大祭中、会場内とその付近に限り、大きな括りで執行許可を出しておく。なにかあれば自己の判断で動いて構わん」
「指令、確認しました。最良を尽くします」
唐突といえば唐突に、執行者『魔人』に出動命令を出してくるボス。
しかしまさか大きな括りで執行許可まで与えてくるとは、いったい魔術大祭で何が起きようというのだ?
魔術師であるないに関わらず参加できる祭りとはいえ、その名を冠する通り魔術大祭では多くの魔術師が【霊装】状態で跋扈している。
如何に悪党が同じ状態で暗躍していようと、あの魔術蔓延る中で何かしでかそうなど難しいを通り越して無理だ。
できることなど精々が単純特攻の一斉攻撃くらいだろうが、それこそ会場の魔術師たちにリンチにされて終わるだけだろう。
いったいボスはなにを知って、なにを警戒している……?
「ボス。詳細を」
「うむ。まずは祭り会場で屋台を巡るだろう」
「はい」
「出店で良さげな物があったら買っておけ。本当は三姉妹を同行させてやりたいんだが、流石に地域の秩序を守る手は必要だからな。帰ったらお土産を渡すんだ」
「はい」
「あとはそうだな……会場で気になる女でも見つけたら、とにかくアプロ―チだ! 三姉妹や『アルテミス』にもいい起爆剤になるやもしれん」
「はい。対象は女性、ということですね?」
「うむ。俺のときもな、嫁さんたちとの馴れ初めはそれはもう筆舌に尽くしがたく……」
「ボス」
「なんだ!?」
「帰ります」
「待て待て待て。出動命令と執行許可に関しては間違いないからな! しっかり楽しんでこいよ!」
ボスの執務室を背後に、そのまま執行者本部からも足早に撤退する。
あのボスは本当に、尊敬できる御仁であるのは確かなのに普段その面を見せようとしないのだから困ったものだ。
だが、出動命令と執行許可まで与えているのなら、ボスにはやはりなにかが見えている。
「……行くか。魔術師の祭典、魔術大祭」
こうして僕は、魔術大祭へと来るに至ったのだ。




