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追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました  作者: mera


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第十二章


宿舎に戻ると、アーロンは約束通り、私の部屋の前で警備についてくれることになった。


「何かあったら、すぐに呼べ」

「わかったわ」


私は部屋に入り、ベッドに腰を下ろした。

今日起こったことが、まだ信じられない。


闇ギルドの襲撃。

リュートを奪おうとされたこと。

そして――アーロンに助けられたこと。


私はリュートを抱きしめた。父の形見は無事だった。そして、私も無事だ。


窓の外を見ると、満月が煌々と輝いている。

まだ、危険は去っていない。


ストラトフォード侯爵は、諦めないだろう。

今回の襲撃が失敗したと知れば、次はもっと巧妙な手を使ってくるかもしれない。


私は立ち上がり、リュートを手に取った。

弦を爪弾く。


澄んだ音色が、部屋に響く。

そして――音花の恵みが、再び発動した。


淡い金色の光の粒子が、部屋を満たす。

私は光の粒子に命令した。


「情報を集めて。ストラトフォード侯爵について。彼の次の計画について」


光の粒子が、小さな鳥の形になった。

鳥は窓から飛び出していった。


私にできることは、まだある。

ただ守られるだけではなく、自分でも戦う。


アーロンが私を守ってくれるなら、私はアーロンを支える。

そう、心に誓った。



数日後、私はアーロンの執務室に呼ばれた。


「おはよう、クレア」

「おはよう、アーロン」


彼は疲れた表情をしていた。

おそらく、一晩中私の部屋の前で警備していたことに加えて、彼らの尋問に時間がかかったことも関係しているのだろう。

アーロンが書類を広げる。


「『黒蛇』のリーダーが口を割った」

「本当?」

「ああ。侯爵から直接依頼を受けたわけではないが、魔導師団の副団長ブラッドフォードを通じて、指示を受けていたそうだ」


アーロンは別の書類を見せた。


「報酬は金貨五千枚。それと、魔導師団の研究成果の一部」

「つまり――」

「ストラトフォード侯爵が黒幕だという確証は得られた。だが」


アーロンの表情が険しくなった。


「侯爵を逮捕することはできない」

「なぜ? 証拠があるのに」

「侯爵は、現国王陛下の従兄弟なんだ」


アーロンは重々しく言った。


「王族の血を引く者を逮捕するには、国王陛下の直接の命令が必要になる。だが――」


彼は声を潜めた。

「現国王陛下と王太子殿下の間には、政治的な対立がある。国王陛下は保守派で、軍事力の強化を重視している。

一方、王太子殿下は改革派で、文化や芸術の振興を掲げている」


私は息を呑んだ。


「つまり......」

「ストラトフォード侯爵は、国王陛下の側近だ」


アーロンは苦い表情で続けた。


「侯爵が音花の恵みを兵器として研究したがっているのも、国王陛下の意向に沿っている。だから、国王陛下は侯爵を守るだろう」

「じゃあ私は......」


これからもずっと侯爵の魔の手に怯えながら生活するのだろうか。

私の不安を感じ取ったアーロンが立ち上がる。


「――王太子殿下に、俺が直接報告する」

「殿下はお前の才能を認めている。そして、芸術家を守ることに熱心だ。

殿下から侯爵に警告していただければ、少なくとも表立った行動は取れなくなる」

「それで......私は安全になる?」

「完全に、とは言えない」


アーロンは正直に答えた。


「だが、侯爵が動きづらくなるのは確かだ。それに――」


彼は私の手を取った。


「俺たちの婚約を、王太子殿下に認めていただこう」

「ええっ」


私は目を見開いた。


「そうすると、何か変わるの?」

「ああ。今の婚約は書面だがもっと強い効力を働かせる方法がある」


アーロンは真剣な表情で続けた。


「だが、王太子殿下の前で婚約を宣言し、殿下の祝福を得れば――それは王室公認の婚約となる。

そうすれば、お前は近衛騎士団隊長の婚約者として、より強い保護を受けられる。侯爵も、簡単には手出しできなくなる」


私の心臓が、激しく打ち始めた。

王室公認の婚約。


「でも、それって私がもらってばかりだわ。あなたはどうなの?」


思い切って尋ねると、アーロンが少し驚いた顔をした。

数秒して、くすくすと笑い始める。


「もう、真剣な話をしているのに!」

「いや、悪い。ちゃんと俺にも益がある」


そして――アーロンは私の手を両手で優しく包み込んだ。

節くれだった指先が私の指を優しくなぞる。

爪先、指のあいだ、手のひら、そして手首。


「あ、アーロン?」


くすぐったくて引っ込めようとしたが、逆に引き寄せられた。

そっと手首にアーロンの唇が落とされる。


「!」


手首へのキスの意味を、私は知っている。

それは『好意』だ。


彼の黒髪がほんの一瞬だけ指先にかかる。猫の毛みたいに柔らかかった。


ふっとアーロンが顔を上げた。目がかち合う。


「君のまわりに変な虫を寄り付かせなくて済む、とかな」


顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。

突然、なんてことを言うの。


「だめか?」


そのまま上目遣いで迫られたら、もう抵抗はできなかった。


「わ……」

「なんだ? よく聞こえないな」


アーロンの唇が手首から手のひらへと移っていく。

このまま何も言わないでいると、もっと違うところにもキスしてくるかもしれない。


「分かったから、手を離してちょうだい」


そういうと、ようやく彼は拘束を解いてくれた。


「続きは、侯爵の件がかたづいたら、な」


なんだかとんでもない事になった気がする。

その日、私は一日中練習してもアーロンの顔がずっと思い浮かび、楽師としてまったく使い物にならなかった。



翌日、私とアーロンは王太子殿下の私室に通された。

殿下は執務机の前に座り、穏やかな笑みを浮かべていた。

その隣には、腹心の側近であるエドワード卿が控えている。


「クレア・エヴァンス、アーロン・ブラックウッド。よく来てくれた」


殿下の声は優しかった。


「本日は、お二人の婚約について正式に承認するために、お呼びした」


私は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます、殿下」

「いや、礼を言うのはこちらだ」


殿下は立ち上がった。


「クレア、君の音楽は素晴らしい。祝賀会での演奏は、我が国の威信を大いに高めてくれた。

ヴァルデマール王国の王女殿下も、大変感銘を受けておられた」

「恐れ入ります」

「それに――」


殿下は窓の外を見た。


「ストラトフォード侯爵の件、アーロンから報告を受けている」


私の背筋が凍った。


「侯爵は優秀な魔導師だが、時として行き過ぎた行動を取る。今回の闇ギルド『黒蛇』を使った誘拐未遂は、決して看過できない」


殿下の声には、明確な怒りが込められていた。


「ただ――」


エドワード卿が口を開いた。


「侯爵は陛下の従兄弟であり、保守派の重鎮です。殿下が直接処罰なさることは、政治的に難しい」

「わかっている」


殿下は頷いた。


「だからこそ、クレアとアーロンの婚約を王室公認とすることで、侯爵に対する牽制とする」


殿下は私たちの方を向いた。


「クレア・エヴァンス、アーロン・ブラックウッド。お前たちの婚約を、私の名において承認する。今後、クレアは近衛騎士団隊長の婚約者として、王室の保護下に置かれる」


アーロンが片膝をついた。


「ありがたき幸せ、殿下」


私も慌てて膝をついた。


「ありがとうございます」

「立ちなさい」


殿下は優しく言った。


「それから、クレア。君には一つ、頼みたいことがある」

「何なりと」

「来月、隣国との和平条約調印式が執り行われる。その式典で、演奏をお願いしたい」


私は驚いた。

和平条約調印式――それは、国家間の最も重要な儀式の一つだ。


「私が、そのような大役を――」

「君なら大丈夫だ」


殿下は微笑んだ。


「君の音楽には、人の心を一つにする力がある。それを、この式典で発揮してほしい」


私は深く頭を下げた。


「精一杯、務めさせていただきます」



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