プロローグ2 太郎と銀冶
次の日、前日怪しげなクラブに入部させられた事も忘れて僕は楽しげに学校に向かっていた。今日は頑張って友達一人は作っておきたい。そんなことを考えて鼻歌交じりに歩く。
部活も気にかかるが、名前だけ貸したようなもの。この学校はクラブの掛け持ちも構わないし、それほど気にする必要もないだろう!
学校の最寄駅で電車を降りる。心なしか周りを歩く生徒が僕の方をチラチラとみているような気がする。
新入生だけじゃなく、上級生っぽい人達もだ。
(制服が変なのかな? 着かた間違ってる?)
僕は自分が着ているブレザーをよーく観察する。ネクタイも曲がってないし、上着が裏返しって分けでもない。背中に汚れでも付いているとか・・・?
「何見てんだ、お前」
僕は自分の肩越しに背中を見ようとした時、後ろの人と目が合ってしまった。その人は一目で分かるほど僕とは違う人種。木の実ばかり食べている小動物が僕なら、彼は肉食動物だ。簡単な話・・・ヤンキーだ。
「な・・・なんでもないです・・・」
道を譲り、すぐに目をそらしてあたりの空気と一体となる僕。これが座禅なら絶対後ろからお坊さんに棒で叩かれない自信がある。
彼は大型の肉食獣。さすがにハムスターな僕を見逃してくれたようだ。しかし、彼には不思議な所があった。身長は僕よりも遥かに大きく、190cm近くあるだろうか。髪は茶髪で顔も見るからに・・・よく言えば精悍、悪く言えば野蛮。
だけど、制服だけはきちっと着こなしているのだ。それどころか、襟には学校章までつけてある。普通なら乱雑に周りを威嚇するような着こなしのセンスが備わっているタイプなのに。
だけれど、制服の着方はどうであれ、彼は僕とは相容れない存在。学校章のその色からすると、彼は僕と同じ一年生のようだ。・・・出来るだけあの人とのクラスは遠ければいいのに・・・。僕はそう思った。・・・・が、
「どこまでついてくるんだお前・・・。喧嘩売ってんのか?」
「ち・・・ちが・・・」
教室の前でまた彼に睨みつけられた。まさか・・・。
ああ・・・神よ。どうして・・・彼と僕が・・・同じクラスだったんでしょうか・・・。
さらにその人は驚くことに僕の後ろの席だった。昨日は浮かれていたからか、視界に入っている前と左右の席のクラスメートしか僕は見ていなかった。まさか・・・真後ろにこんな僕の人生にレッドアラームを鳴り響かせる人が座っていたとは・・・。
「なんだよ。同じクラスの奴か・・・」
さすがに傍若無人、問答無用、諸行無常な彼も、何もしていない同じクラスの生徒に敵意をむき出しにすることは無いようだ。これから一年、彼には出来るだけ近づかずに・・・名前すらも覚えられずに過ごし、二年生に上がってサヨナラしたいものだ・・・。
「大神銀冶」
先生が出席を取る時にそう呼んだ。それが僕の後ろに潜んでいる肉食獣の種類のようだ。名前に『さん』をつけなかったので、教師に殴りかかるんじゃないかと思ったが・・・そこまで凶暴な生物では無かったようでホッとする。
すべての生徒の出欠を取ると、今日は始業式との事で全員教室を出て体育館に向かわされる。僕は席の位置上、普通に歩いて教室を出ると大神君の近くを歩くことになってしまう。
出来るだけゆっくりと席を立ち上がり、少し遠回りをして教室のドアへ向かう。そして、廊下の窓から少し外を眺める振りをしながら時間を稼ぐ。すると、周りの人よりひとつ頭の飛びぬけた彼の姿はずいぶん前に見えた。
ふう、これで良しと。出来るだけ彼とは係わり合いにならないようにしなければいけないんだ。近くを歩いてもいけない。影を踏んだとでも言いがかりでもつけられたら大変だ。
僕は始業式を終えた後も、それとなく後ろに下がって歩き、彼との距離をとる。しかし、そんな息を潜めて歩く僕の肩を元気よく叩く手があった。
「よっ! 太郎。今日は部活来い! 場所は北校舎三階の端の教室。同人部の隣だ!」
聞き覚えのある声。落ち着くような声質だが、張りがある。一見愛想がよさそうな話し方だが、その実ぶっきらぼう。これは・・・、昨日僕を無理やり入部させたあの子だ。
・・・名前は確か・・・大空朱魅・・・さん。
「友達出来たか? そいつも連れてきて良いぞ。私の方はさっぱりだ! わっはっは」
振り返ると相変わらず内巻きのかわいい髪形。その目は笑っているようには見えないが、一応笑っているようだ。友達が出来ていない、一般的には少し恥ずかしいような事だが、それを隠すことなく口に出す彼女に少し不思議な感じを受けた。
「・・・何だあいつ。でかい奴だな。力仕事につかえるかもしれん。太郎、友達になってこい!」
「は・・・? 誰の事ですか・・・?」
朱魅さんは背伸びをし、それでも見えにくいからとぴょんぴょんと跳ねている。そうして、前にいる・・・背の高い誰かの事を言っているようだ。もちろん僕は猛烈に嫌な予感が湧き上がる。
「あいつだ、あいつ。あの髪が茶色の目立つ奴。おーい・・・。おーい!」
「ちょっ・・・朱魅さん!」
僕は慌てて彼女の肩を抑え、飛ばないようにさせる。そうしながら大神君の様子を伺うと、彼は後ろを振り返る事無く、まったく気が付いていないようだった。
「やめてくださいよ。僕はあの人と係わり合いになりたく・・・」
朱魅さんは僕の目の前で腕を回して振りかぶったかと思うと、石でも投げるような仕草をした。すると、その手から何かが放たれ、それは真っ直ぐに飛び、・・・大神君の頭を直撃した。
「いてぇ!」
肉食獣の雄たけびが聞こえたきた。・・・いや、大神君の声が聞こえてきた。
(な・・・何してるんですか! 朱魅さん! ・・・って、いったい何を投げたんですか?)
僕は頭を低くし、目立たないようにしながら小声で朱魅さんに聞く。
「なんだこれは・・・。ボールペン?」
大神君があからさまに不快な声をあげている。朱魅さんが投げた先ほどの物体はボールペンだったようだ。って・・・、ボールペン? 僕は自分の胸ポケットを探った。向こうでは大神君がボールペンを見ながら読み上げる。
「アルファベットが書いてあるな。T・・A・・N・・A・・K・・A・・」
無い・・・。ポケットに刺してあった高校入学記念にお母さんからもらった僕の名前入りのボールペンが・・・無い。
「誰だ田中ってぇ! 出て来い!」
幸運な事に、大神君は僕の名前を覚えていなかったようだ。ボールペンは取り返したいけど・・・諦めるしかない。お母さんもこの場合、命を失うよりは良いと、許してくれるだろう・・・。
(ぼ・・・僕のペン投げないでくださいよ! 何するんですかっ! 朱魅さん!)
「すまん、とっさだったもので・・・。他に投げるものが見つからなかったからなっ」
彼女はさほど悪い事をしたという感じでもなく、すまんすまんと言った様子だ。僕のこれからの高校生活にかかわってくるかもしれない問題なのに・・・。
大神君に話しかけたそうにしている朱魅さんの背中を僕はぐいぐいと押し、ボールペンを持って叫んでいる彼の前をさっさと通り過ぎた。そうして朱魅さんを僕の教室の向こうへ追いやると、僕も自分の教室に何事も無かったように入った。しかし、僕の名前がばれるのは時間の問題・・・。椅子に座った僕の顔はさぞかし青かった事だろう・・・。
担任の先生が教室に入ってきた頃には大神君も席に戻ってきた。・・鬼のような顔をして黒いオーラを放ちつつ・・・。
先生は明日からの軽い段取りを話すが、基本的な事は中学校となんら変わりないので特に注意するような事は無いようだ。本日の学校はこれで終わり。昨日と同じく、みんなは周りの子達とぎこちなく話をしたり、硬い表情で笑い合っている。
僕も席を立ち、自分に合いそうな感じの子を探す。まず、誰と話をしよう。早く友達を作りたいものだ。
「おい、田中!」
出て行こうとした先生が不意に僕の名前を呼んだ。
「お前、新しい部活を申請したんだってな。がんばれよ」
先生は笑顔を見せて教室を出た。それを聞いたクラスの子達も感心した声をあげていた・・・のかもしれない。
・・・だが、僕の耳に入ってきたのは・・・・「お前だったのか・・・」と言う、後ろの席から聞こえるドスのきいた声だった。