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医官さまの詰所に行った日の夜。私は寝台で横になりながら難しい顔で考え込んでいた。
(燕妃の懐妊は北林にとって有利に働く。でも、鷹妃の懐妊は圧倒的に不利に働く。世間一般の妃はこのような時、堕胎剤を仕込むけれど、私はまだ十二の小娘よ。そんなことをする度胸も冷酷な心もない。でも、このまま国の民が苦しむ原因になるかもしれないことを指を咥えて待っている訳にはいかないのよ……。どうすれば良いのか……こんな時、母上ならどうした?)
母のことを思い出す。母は基本的に争いを嫌う温厚な性格だった。でも、十五で彗彬から北林に嫁いで帝に従順な無垢な花の振りをしながら、自分の国の不利に働かないようにと、密偵のように行動をしていたのを私は知っている。私や弟妹をに教育して愛情を注ぐかたわら、彗彬との同盟を取り消すべきだと主張した官たちをこの世から消し去っていたのも。私が灯りに手をかざして考え込んでいると、窓の外からガタッという不穏な音が聞こえた。そちらの方向には桜の樹しかなかったはずだ。私が寝台の下に潜ませていた護身用の短刀をそっと持つと、窓から見知らぬ少年が入ってきた。見るところによると14、5歳だろうか。私が眉を潜めて彼を見ていると、彼は私の方を見てにっこりと笑った。
「お初にお目にかかります、鶯妃。お休みのところ申し訳ありませんが、少し用がありまして」
「まあ、そうなの?どんな用?それよりも、あなたは誰?生憎私、あなたと話している暇はないのよ」
私が高飛車で世間知らずで油断している女の振りをすると、私の警戒心が最高潮だと気付いていないらしい少年は私の方に近付いてきた。
「お渡ししたい飲み物があるのです。皇帝陛下が『全ての妃に配るように』と仰ったものでございます」
そう言って彼は懐から硝子でできた徳利を出す。その中には葡萄色の液体が入っていて、一見美味しそうだが私は油断しなかった。そもそも、妃の夜の寝所に宦官を忍び込ませてまで渡す必要はない。昼間に渡しても良いはずだ。そう思いながらも私は喜んでいるような輝いた笑顔を作る。
「ありがとう。さあ、早く帰ってちょうだい。帝に不貞を疑われてしまったら、私はもう二度とこのような贈り物を頂けなくなるわ」
でも、彼は部屋から出ていかない。私の中に、警戒心に加えて不信感が芽生える。そして、それ以上のことを考える前に、私は彼に徳利の中の液体をかけられていた。それを浴びた瞬間、私は意識が朦朧とするのを感じる。ふらりとして寝台に倒れ込んだ私の顔を、少年が覗き込む。少年……?この方は、嶺鳳さまでは?主上の影武者の嶺鳳さまなら、夜に一緒にいても大丈夫よね……。私が横たわる寝台に、嶺鳳さまが滑り込んでくる。そして、私が布団に隠して持っていた短刀に気付いてそっと私の手から取った。
「こんな物を持っていたのか。いけないじゃないか」
嶺鳳さまが私の頬を優しく撫でる。手の大きさが少し違う気がしたけど、気のせいか。
「やめて……」
私が発した声は、自分のものとは思えないほど熱を帯びていて、艶があった。自分の本能が彼をきょひしている。そう思って私が嶺鳳さまの手を打ち払った、その瞬間だった。部屋の扉を蹴り破り、嶺鳳さまが入ってきた。何で?嶺鳳さまは、ここにいるのに。私が不思議に思って扉の方に向かっていた視線を今自分の頬を撫でている人に戻すと、そこにはどう見ても嶺鳳さまではない人がいた。私は驚いて彼を寝台の上から突き飛ばす。そうだ。この少年は、さっきの勝手に部屋に入ってきた警戒するべき男だ。意識がはっきりした私に、嶺鳳さまが声をかけてくる。
「桜泉!これはどうしたのだ?何が起こっている?」
そう私に問うた嶺鳳さまの瞳には、私に対する怒りはない。代わりに、私に液体をかけた少年を睨み殺そうとするように見ていた。




