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虹の向こうにあなたがいる  作者: 広之新
第2部 現実世界編
50/69

第50話 感動させる

 宮西智子との会談を終えて部屋を出た時、山中が心配そうに聞いてきた。


「大丈夫ですか? あんな約束して」

「ええ、まあ、多分・・・」


 沙羅は先ほどまでの自信はない様子だった。


「沙羅様。もしかして・・・宮西様を感動させるものに心当たりがないのですか?」

「まあ、ないこともないけど・・・あまりにもあの人の態度が癪に障ったからやってしまったわ」


 沙羅はぺろりと舌を出した。それを見て山中はめまいがしてきた。


「もし賭けに負けたら会社どころか、保有する株が取られるのですよ」

「そうね。しっかり考えないとね・・・」


 沙羅はまるで他人事のようにそう言うと、さっさと歩き始めた。


「沙羅様。どちらに?」

「家に帰るわ。ちょっと試したいことがあるから。じゃあ、山中さん。また明日」


 沙羅はそう言って行ってしまった。



 次の日、ガランザムホテルのロビーで山中は沙羅と待ち合わせをしていた。彼は今日のことが心配でよく眠れなかった。


「山中さん!」


 沙羅が右手を大きく振って歩いてきた。その手には大きな紙袋を持っている。彼女の表情はすこぶる明るい。


「沙羅様。例のものが手に入ったのですか?」

「はい。なんとか間に合ったわ。行きましょう!」


 沙羅と山中は昨日と同じく、スイートルームの宮西智子を訪ねた。彼女は(自分を感動させるものはない。お金以外は・・・)と思っており、今日の賭けの勝利を確信しているようだ。


「さあ、見せてちょうだい。私を感動させるものを」


 智子にそう言われて沙羅は紙袋から包みを取り出した。それはいわゆる「タッパ」だった。それを開けると中に得体のしれない料理らしきものが入っている。赤や青、緑に橙色、紫に黄色、それらの具材がカオスに混ざっている。


「これは何?」

「レグンボークです」

「レグンボーク?」


 聞きなれない名前に智子は聞き直した。


「ええ、レグンボーク。特製の料理です」


 沙羅は得意げにそう言った。昨日から懸命に料理に取り組んで、やっとそれらしいものになった。最後に魔法メダルで隠し味少々。これで完成したのだ。

 智子は右手を振った。


「いらないわ。賭けは私の勝ちね。さあ株を渡して!」

「いいえ。これは料理です。食べてみてください。そうでなければ株をお渡しできません」


 沙羅は小皿に盛ってスプーンを添えて渡した。智子は渋々それを受け取った。


「大丈夫なの?」


 智子はにおいをかいでみた。予想に反して豊潤でおいしそうなにおいがする。


「においは悪くないわ。じゃあ、少しだけ・・・」


 智子はスプーンにとって少し食べてみた。


「食べたことない味・・・でも悪くない。もう少し・・・」


 智子はスプーンを動かし、その料理を口に運び続けた。それは止まることはない・・・。とうとうタッパに入っていたすべてを平らげてしまった。


「ああ、おいしかった・・・まるで魔法にかかったよう・・・」


 智子はうっとりしていた。


「そうでしょう。楽しんでいただけましたか?」

「ええ、素晴らしかった。こんな体験をしたのは初めて・・・」

「これが感動です。お金を積んでもこれは手に入らない」

「そうね。私の完敗だわ」


 智子はあっさり負けを認めた。


「あなたの勝ち。私はあなたに力を貸すわ。あなたの会社を取り戻しましょう」

「ありがとうございます」


 沙羅は頭を下げながら心の中でガッツポーズしていた。


「では後日、具体的なことをお願いに上がります」


 沙羅はそう言って部屋を退室した。


 部屋を出た後、廊下を歩きながら山中が話しかけてきた。


「とにかくようございました。宮西様がお力になっていただけることになって」

「ええ。これで叔父と戦える」

「ところであの料理は? どこかでお習いになったのですか?」


 山中には疑問だった。彼もあんな料理を見たことも聞いたこともなかった。


「ええ、まあ。私の師匠からかな。再現するのに少し苦労したけど」

「料理の先生ですか?」

「まあ、そんなものかな。とにかくいい人だったな」


 沙羅はぼやかしながらそう答えた。


 ◇

 ―異世界―


「ハックショーン!」


 近所の主婦たちと井戸端会議をしていて、ニシミがいきなり大きなくしゃみをした。


「どうしたの? 風邪?」

「いえ、なんともないの」

「そうなら誰かうわさしているのかもしれないわね。あの人かしら」

「そうかも。ユリさん、じゃなかった。沙羅さんが向こうの世界で私の話でもしているかもしれないわ。沙羅さん。今頃どうしているかな・・・」


 ニシミは懐かしそうにつぶやいた。


「沙羅さんにいろいろ教えてあげたのね。まるで師匠と弟子みたいに」

「ええ。最初は何もできなかった。でもめきめきと腕を上げて・・・。だから最後に教えたのよ」

「何を?」

「レグンボーク。私の料理の最高傑作。だから誰にも教えなかった。でも沙羅さんだけには教えたくなったの。最高に素晴らしいレグンボークを作れると思って」

「へえ、そうなの。そんなにすごい料理なの?」

「ええ。上手に作れれば男でも女でも誰でも落とせる。最高の料理よ」


 ニシミは笑いながらそう言った。沙羅にもそう言ったかもしれないが冗談半分に聞いてくれただろうと・・・。ニシミにはその料理が向こうの世界で想像以上の力を発揮したとは思いもよらなかった。


 ◇

 ―現実世界―


 智子はサイホーのビルに乗り込んでいた。今日は大きな眼鏡をかけた若い女性秘書を連れている。社員があわてて彼女を応接室に案内した。株を大量に取得した彼女がこの会社の命運を握っていると誰もがわかっていた。

 社長の勝次は揉み手をしながら応接室に現れた。


「これは宮西様。どういった御用でしょうか?」

「この会社の業績は悪化する一方よ。どうなっているのかしら。株主としてはそこのところを聞きたいわね」

「それはこの業界は不況でして・・・」


 勝次は必死に言い訳をする。智子は退屈そうに聞いていた。


「・・・というわけでございまして」

「もういいわ。あなたに任せておけない。社長の座から下りなさい」


 智子はズバリ言った。勝次はそれにはさすがにムッとしたらしく、


「失礼ですが、それはあなたが決めることではないのです!」


 と言い返した。


「そうかしら。あなたの株は30パーセントに満たない。株主が一致団結すれば、あなたはここにいられないのよ」

「それはそうですが、あなたが呼び掛けても3分の2の株は集まらないでしょう。外様のあなたが来るよりは私の方を支持される方が多い」


 勝次はタカをくくっていた。


(この女は金目当てだ。今は底値の株を買い叩いて、こちらに高く買わせるつもりだ。脅しには乗らん!)


「そう? そうなら実力行使で行くわ。じゃあ、入って来て!」


 智子が呼ぶと外で待たせておいた秘書の女性が中に入って来た。


「叔父さん。お久しぶりね」


 大きな眼鏡を取ると、それは沙羅だった。


「さ、沙羅。帰って来たのか!」

「ええ。帰って来たわ。あなたがしたこともすべて聞いてきた。この会社とSARAブランドをよくもこんなにしてくれたわね!」


 沙羅は腕組みをして勝次をにらんだ。智子はやれやれという風に両肩をすくめて言った。


「こういうわけよ。沙羅さん個人の株もこちらについた。そして沙羅さんが帰ってきたら他の株主はどう思うかしら。強引に会社を奪ったあなたに・・・」

「それは・・・」


 勝次は額に汗を浮かべていた。智子は微笑を浮かべていた。敗者をいたわるような余裕の笑みで・・・。


「もうあきらめなさい。会社を沙羅さんたちに返してあげなさい。今ならあなたの株を高く買ってあげるわ。底値より少し高くね」


 勝負あったようだった。勝次はうなだれていた。智子は沙羅に向かって「よかったわね」と目で合図を送っていた。


 ◇


 沙羅は両親の住む団地にすぐに帰って来た。会社を取り戻したことを報告しようと・・・。あの決心した以来、ここには帰っていなかった。ここは久しぶりだった。


「ただいま!」


 玄関ドアを開けると靴を投げ出すように脱ぎ捨てて、リビングに言った。そこには宗吾がいた。


「沙羅。一体どうしたんだい? そんなにあわてて」

「お父さん、聞いて。会社は取り戻したわ!」

「えっ! 本当か!」

「うまくいった。協力してくれた人がいて」

「それはよかった。母さんも喜ぶだろう」


 宗吾はうれしそうだった。


「これからはSARAブランドを立て直していくわ」

「そうだな。だがそればかりではなくて他の分野も・・・」


 2人が話していると外に車が停まった音がした。そして玄関ドアがノックされた。


「誰だろう?」


 沙羅がドアを開けるとそこに何と智子が立っていた。彼女は微笑を浮かべていた。




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