第49話 宮西智子
沙羅は勝次から会社を取り戻そうと考えた。だが一個人が立ち向かえるはずもない。しかも家は困窮し、今の会社に味方になってくれるような幹部もいない。
「どうしようか・・・」
宗吾たちにそう言った手前、簡単に引き下がるわけにはいかなかった。すると宗吾は押し入れを開け、段ボール箱を取り出した。
「これは沙羅のものだ。これだけは手をつけずに残しておいた」
沙羅が箱を開けると、アクセサリーに交じって貯金通帳があった。中を開けるとそこそこの金が入っている。
「おまえの結婚資金にと思ってお母さんが貯めておいたんだ。これを使うといい」
「ありがとう。このお金を無駄にしないわ! きっとやり遂げるから!」
沙羅の頭の中で様々なアイデアが浮かんできた。
◇
―異世界―
ダイは保安警察本部に出勤した。今日から監察部管理室の管理官として勤務することになる。まず本部長になったシマーノの部屋を訪ねた。ノックして入ると、そこには本部の幹部が集まっていた。
「いいところに来た。紹介しよう。今度、監査部管理室の責任者になったアスカ・ダイ管理官だ」
「副本部長のミタカ・ヨシだ」
「統括部のロンド・マリよ」
「衛生部のホーク・イアだ」
ダイは幹部たちと握手していく。シマーノ本部長が最後に言った。
「監査部の部長は当分、私が兼任する。だから実質的にダイ管理官が監察部をまとめる形になる。みんな協力してやってくれ」
「わかりました」
監察部はトクシツ前室長のカートが今まで仕切っていた。カートの犯罪に加担したものはすべて逮捕して除いたものの、まだ息がかかった連中は多い。彼らはダイのことをよく思っていない。自分の出世のためにカートをはめたと思い込んでいる者も少なくない。ここに乗りこむとなるとかなりの覚悟が必要だ・・・シマーノ本部長はそう思っていたし、ダイもそれは十分承知していた。
ダイは本部長室を出て、管理室のフロアに入った。やはり彼を見る監察警官たちの目は冷たい。早速、ダイは彼らの前に出て大声を上げた。
「集合!」
その声に監察警官たちは驚いたが、すぐに命令通りにダイの前に集まって整列した。ダイが皆の顔を鋭い目で見渡して話し出した。
「私が今度、管理官となったアスカ・ダイだ。皆もよく知っていると思うが、カート前室長は悪事を働いた。それでこの監察部は悪の温床のように思われている」
ダイから目を背ける者も少なくない。それでもダイは話し続けた。
「しかも監察部は綱紀粛正のためと言って、長らく保安警察官を過度に取り締まってきた。そのため他からの風当たりも強い。我々がその信用を取り戻すには並大抵のことではできない」
ダイは懸命に話し続けた。
「我々の仕事は何だ? それをみんなに問いたい! 我々の本分は保安警察官を取り締まることではない! 彼らをサポートしてより安全な社会を実現することだ」
すると一人の監察警官が手を挙げた。
「管理官! それでは保安警察官たちが緩みます。我々がにらみを利かしてこそ、現場に緊張感が生まれ、ググトに対抗できると思います」
監察警官たちは「そうだ! そうだ!」とうなずいている。
「確かにそれもあるだろう。しかし現場は常に命懸けだ。緊張感を切らすことはない。そこに我々が重圧をかけたらどうなるか・・・それはわかるだろう」
ダイの言葉に監察警官たちは目を伏せていた。思い当たる節があるのだろう。
「私のやり方に納得しない者もいると思う。それは忌憚なく意見してほしい。私もみんなの意見を無視したりはしない。その考えを尊重して考えてみるつもりだ。だがあくまでも私は管理官だ。この管理室に責任がある。私が判断を下した時はそれに向かって奮闘してもらいたい。私の話は以上だ。解散!」
ダイが話し終わると監察警官たちは持ち場に戻っていった。それを見ながらダイは自分の席に座った。
(果たしてどうなることか・・・)
ダイはそっとため息をついた。するとそっと一人の監察警官がそっとそばに寄って耳打ちした。
「管理官。最初にガツンでよかったです。大方の者が納得したと思います」
それはリーモスだった。彼はここの監察警官に復帰していた。ダイは彼からここの現状を聞いていたのだ。
「ですがこれからが大変です。私も陰ながらお手伝いします」
「頼む。なかなか一筋縄ではいかない連中のようだから・・・」
ダイはリーモスに小声でつぶやいた。
◇
ー現実世界―
沙羅は動き出した。会社とSARAブランドを取り戻すために・・・
「まずは見た目からよ!」
沙羅は高級ブティックに行き、スーツを仕立てた。そして行きつけの美容室で流行の髪形に仕上げた。もちろん化粧もバッチリしている。高いハイヒールを履いて歩くと「できる女」の完成である。
「やっぱり斉藤沙羅はこうでなくちゃ!」
山から戻って来た時のようなよれよれの服と疲れ切った顔では様にならない。この姿でいろんなところを回らなければならない。
沙羅は山中とともにまず事業を支援してくれそうな投資家をいくつも回った。
「現在の経営陣に変わってから売り上げは落ちる一方で、低価格路線で一層、顧客が離れています。私はSARAブランドを再生したいのです。サイホーを取り戻すために出資してください。お願いします」
だが返事は芳しいものではなかった。
「サイホー? ああ、業績が落ちている会社だね。損するのがわかり切っている」
「SARAブランドなんて誰も見向きしないよ」
「何のメリットもない。興味ないね」
ことごとく断れてしまった。だが一つだけ気になる情報があった。
サイホーは業績不振で株価が急落、手放す投資家が増えていた。だが逆にその株を買い占めている投資家がいることを山中から知らされた。
(もしかしたら会社を救おうとしてくれているの?)
沙羅には希望の光のように思えた。それで山中に聞いてみた。
「誰なんですか?」
「宮西智子という新進気鋭の投資家です」
「下がっている株をどうして買うの? 会社を守ろうとしてくれているの?」
「いいえ。違うでしょう。彼女にはあまりいい評判を聞きません。会社を乗っ取り、その資産を売り飛ばして利益を上げているようです」
それを聞いて沙羅は愕然とした。
「そんなことをしたらサイホーは・・・」
「はい。倒産させられて解体されるでしょう」
最悪な事態を迎えてしまうかもしれない・・・沙羅はもう後がないことを思い知った。
(こうなったら当たって砕けろよ! 直接、交渉あるのみ!)
沙羅は何とか知り合いの伝手をたどり、智子に近づこうとした。苦労した甲斐もあり、奇跡的に智子にアポイントを取りことができたのだ。それには自分の持ち株をエサにして・・・。
智子に会うのはガランザムホテルという高級ホテルのスイートルームだった。沙羅は気合を入れてその場に臨んだ。山中が秘書として付き添ってくれている。
(智子さんを味方につけて必ずサイホーを取り戻す!)
そう心に決めていた。
ノックして部屋に入ると、智子はリビングのソファに座っていた。その背中が見える。
「失礼いたします。斉藤沙羅です」
すると智子は振り返った。沙羅はその顔を見て思わず声が出た。
「ニシミさん」
向こうの世界のニシミさんにそっくりなのだ。ただ似ているのは顔だけで、けばけばしい衣装に両手に宝石をいっぱいつけている姿は成金で下品な印象をもった。なにより人を見下しているような目つきが冷たく感じる。
「なに?」
沙羅にそう呼ばれて智子は怪訝な顔をした。
「いえ、失礼しました。お会いしていただきありがとうございます」
「よくいらっしゃったわ。私は宮西智子。時間がないから端的に言うわ。あなたのサイホーの株を売って」
「その前に私の話を聞いてください」
「話って何なの?」
「聞いていただければわかります」
「では5分よ。それ以上はだめ」
「わかりました」
沙羅は話し始めた。
「サイホーは私の父が始めた会社で、最初は手作りでしっかりした服を作っていました。私はその精神を引き継ぎ、SARAブランドを世に出しました・・・」
智子は退屈そうに聞いている。沙羅はそれでも熱く訴えた。
「・・・女性がより美しくなり、より自分に自信が持てる。そんなSARAブランドを私に作らせてください!」
だが智子は「ふん」と天井を見ている。
「気はすんだ? じゃあ、交渉を始めましょう」
「宮西さんはSARAブランドに興味はないのですか? サイホーの株を買っておられるのに」
「ないわ!」
智子は言い切った。
「私はお金だけ。それがどれだけ生み出せるか・・・それに興味があるだけ」
「あなたはお金以外に興味のあること、何かに感動したりとか、夢中になったりとか、心惹かれたりするものはないのですか?」
すると智子は「ふふん」と鼻で笑った。
「つまらない質問ね。お金を出せば素晴らしいものは手に入る。例えば衣装は豪華で高いもの。料理は高価な材料で一流のシェフが作ったもの・・・そんなものに価値があるわよ。つまりはお金が感動の元かしら」
それ聞いて沙羅はわざと智子に憐みの目を向けた。
「かわいそうなんですね」
「何がよ?」
「あなたはまだ感動するものに当たっていないのですね」
「なんですって!」
智子が怒りの目で沙羅をにらんだ。
「私にケンカを売っているの?」
「ええ、そうです。私はあなたと賭けをしたいのです」
「何を賭けて?」
「明日ここにある物をお持ちします。それはあなたがいう高価なものではありません。それであなたが感動するならサイホーとSARAブランド復活のために力を貸してください」
「もしそうできなかったら?」
「私の持っているサイホーの株を無償で譲渡します」
すると智子は笑い出した。
「ほほほ。それなら私の勝ちね。株はすべていただくわ」
「さあ、どうでしょう。私は負けませんからね」
沙羅は自信満々にそう言った。




