第48話 父母
確かに目の前の家に斉藤の表札はない。辺りを見渡したが、周囲の家はそのままだ。沙羅の家だけがそうなっている。
「そんな・・・せっかく帰って来たのに・・・」
沙羅はへなへなと座り込んだ。ここがまた別の世界だとすると会社でのことは合点がいく。
「もしかしてここは私、いえ、父も母もいない世界なの?」
もしそうだとしたらこれからどうしたらいいか、皆目見当がつかない。するとその時、
「沙羅様。沙羅様ですか?」
と後ろから声をかけられた。振り返ると会社の専務だった山中信二が立っていた。
「山中さん!」
「やっぱり沙羅様ですね。よかった。帰ってこられていて・・・会社のフロアで沙羅様を見かけたとメールをもらったもので、もしかしたらここにいらっしゃるのではないかと思って」
「じゃあ、やっぱりここは私の家」
「そうではございましたが・・・」
山中は言いにくそうにしていた。
「違うの?」
「ここはもう旦那様の持ち物ではありません」
「どういうこと?」
「話せば長くなりますが、奥様が会社のお金を使ってしまい、その穴埋めをするため家や株など財産を手放されたのです」
「どうして母がそんなことを?」
「沙羅様を探すためです。別の世界に行かれたからと言って、なんでも次元物理学の教室に多額の研究資金を提供なさって・・・」
それを聞いて沙羅は胸が張り裂けそうだった。自分のために母がここまでしてくれたのかと・・・。自分は危険と隣り合わせだったが、異世界でノー天気に暮らしていたのに・・・。
「ところで沙羅様。本当に別の世界に行かれていたのでしょうか?」
山中にそう聞かれたが本当のことを言うことはできない。口止めされているのだ。
「ええとね。わからないの。気が付いたら戻っていて・・・」
「そうでしたか。しかし戻っていただけて良かった。旦那様も奥様もお喜びになるでしょう」
「父や母に会いたいわ。どこにいるの?」
「ご案内しましょう」
山中が後ろを振り返った。そこには軽トラが1台、停まっていた。
「申し訳ありませんが、あれで・・・」
「十分よ。乗せてもらいます」
沙羅は助手席に乗り込んだ。以前なら高級車と決まっていたが、今は贅沢が言える身分ではない。山中は軽トラを走らせ始めた。かなりの年代物らしく。ものすごい音がしてオイル臭い。
しばらく走ってやっと目的地に着いた。そこは見覚えのある古ぼけた団地がいくつも建っていた。
(公用団地? まさかね・・・)
沙羅は軽トラを下りて辺りを見渡すと、確かに向こうの世界の公用団地に似ていた。
「沙羅様。こちらです」
山中が案内してくれた。階段を少し上がって1階の部屋・・・。
(ここってダイの家じゃない!)
場所的にはそうだった。ただしちゃんと表札が出ていて「斉藤」と書かれてある。山中が呼び鈴を鳴らすとドアが開いた。そして宗吾が顔を出した。
「あっ! 山中か。よく来てくれた」
「旦那様。驚かないでください。沙羅様です」
沙羅は宗吾の前に笑顔で出た。
「お父さん! ただいま!」
「沙羅! 本当に沙羅なのか! よく帰って来た!」
宗吾は驚いて沙羅を抱きしめた。
「お父さん。心配かけてごめんなさい」
「いいんだ。帰ってくれたなら。さあ、早くお母さんにも・・・」
宗吾は沙羅の手を引っ張っていった。家の間取りもダイの家とそっくりだった。宗吾が一つの部屋のドアを開けた。そこは向こうの世界ではユリの部屋になっていた場所だ。
「お母さん!」
祥子はベッドで寝ていた。髪はぼさぼさで頬はやせこけていた。その目は生気を失っていたが、沙羅を見て輝きを取り戻した。
「沙羅!」
沙羅は駆け寄った。そして身を起こした祥子と抱き合った。母の体はやせてしまい、その手も震えて力がない。沙羅の目から自然と涙がこぼれた。
「お母さんは病気なんだ。おまえを心配するあまり・・・。とにかくよかった」
宗吾の目からも涙が流れた。
「本当にようございました」
山中ももらい泣きしていた。
「今までどこに? やはり別の世界に?」
祥子が尋ねた。
「ううん。気を失っていたらしいの。気が付くと元の場所にいた。それ以外、わからないの」
沙羅はそう答えるしかない。両親に話したいことはたくさんあった。兄の直樹が亡くなったことも・・・。だがそれも話せない・・・。
「そうだったの・・・。私はてっきり別の世界に行ったのかと・・・。だから大金を研究資金として渡してしまった・・・」
祥子は後悔しているようだ。だがそれが沙羅が戻れることにつながったとも知らずに・・・。沙羅は話題を変えた。
「ねえ、お腹すかない。私、ペコペコなの」
「私は・・・あまり食欲がないの」
「任せておいて! 私が作ってくる」
沙羅は笑顔でそう言うとキッチンに行った。さすがにここは異世界と違って最低限のものはそろっている。沙羅は冷蔵庫や戸棚を調べた。
「これなら何とかなりそう」
向こうの世界ではダイのために料理を作っていた。手慣れたものだ。魔法はないがコンロとかがそろっている。
「さあ、できたわよ!」
沙羅が呼ぶと、祥子が宗吾に支えられて出てきた。
「さあ、座って。山中さんも」
沙羅はお椀を出した。
「特製のお粥よ。さあ、食べて」
祥子がお椀に鼻を近づけて、においをかいだ。
「いい香り」
そしてスプーンで口に運んだ。
「おいしい。これはあれね」
「そうよ。お母さんの特製お粥。私も真似して作ったの」
「よくできているわ」
祥子はゆっくり食べ始めた。宗吾も山中もおかゆを食べてみる。
「うまいなあ!」
「おいしいです!」
2人もそう声を上げる。沙羅は得意げだった。
「でもどうして作れるんだ? 沙羅が料理したのを見たことがない。それなのにこんなに作れるとは驚きだ。後ろで見ていたが、まるで毎日料理しているみたいに手際が良かったぞ」
宗吾の言葉に沙羅はビクッとした。
「そんなことないよ。私にだってできるんだから。それよりお母さん。たくさん食べて元気になってね」
「ありがとう。沙羅のお粥を食べていると元気が出そうよ」
祥子の顔が明るくなった。
祥子が部屋に戻り、沙羅はリビングで今までのことを宗吾と山中に尋ねた。
「会社はどうなっているの? 露山の叔父が社長をしていると聞いたけど」
「お母さんが会社の金を使い込んだとのことで勝次が辞任を迫った。社長を譲らなければ警察に訴えるという。それで私が辞め、勝次が社長になった。それに私と親しい者は解雇となった」
「私も解雇されました。今の会社の幹部は露山社長の息がかかったものばかりです。旦那様の話をすることは社内ではタブーになっています」
宗吾と山中がそう答えた。
「SARAブランドは? SARAブランドはどうなったの?」
沙羅はそれが一番気がかりだった。
「売れ行きが落ち、低価格路線に切り替えていると聞いています。海外から安い衣料を大量に仕入れ、タグを付け替えているといううわさもあります」
それを聞いて沙羅はめまいがした。あんなに頑張って高級路線でブランドイメージを作ったのに、それが台無しになっている。
「残念だろうが仕方がない。もう会社は勝次のものになった。私たちがどうにかできるものじゃない」
宗吾はため息交じりにそう言った。
(叔父はやりたい放題している。SARAブランドまで・・・。それに父や母をこんなところまで追い込んだ。許せない・・・)
沙羅の怒りに火がついた。
「お父さん。私、やるわ!」
「一体、なにを?」
「会社を取り戻す!」
沙羅はそう宣言した。だが彼女に何か成算があるわけではない。宗吾や山中が不安そうな顔で彼女を見ている。
「当たって砕けろよ!」
沙羅は立ち上がった。




