これまでの生活との別れ(リリア)
リリア視点です。入れ替わり後からの話です。
馬車の中で目覚めたときは本当にびっくりした。
まさか家族に薬を盛られるとは思っていなかったし、アリアが婚約者であったならと言われ続けていたが、入れ替えを本当に実行するとは思っていなかったからだ。
「今から貴女はアリアよ。双子の妹を虐めるような貴女ではなく、私たちの可愛い子こそがリリアで、王弟殿下と婚姻を結ぶのです」
「騒ぎ立てようとは思わないことだ。明日にはあの子の婚姻が成立するし、お前もこれから商家に嫁ぐことになっている。その際に家族の縁も正式に切る」
「貴女達は見た目は本当にそっくりだもの。侍女やメイドがあのあと部屋に入ってきたけど、誰も気づかなかったわよ」
「他でもない我々親があの子がリリアだと言っているのだ。もう王城にも入れないお前が騒いだところでどうにもならんぞ。全て自業自得だ。さっさと平民になるんだな」
立て続けに言われる両親からの言葉に、胸が張り裂けそうに痛んだ。
なぜ身に覚えのないことで、私がこんなにも嫌われなければならないの?
三年前まではずっと一緒に過ごしていたのに、なぜ私が妹を虐めるようなことをすると信じてしまったの?
私だってあの生活でただ幸せであった訳でもないのに、なぜ?
家のためにと婚約させられただけなのに、どうして?
心が悲鳴をあげていた。妹の趣味の派手なローズ色のドレスをぎゅっと握りしめ、涙をこらえようとした。
でも、目にはじわりと涙がにじんできていた。
そんな顔を今の両親には見せたくなくて、俯いたそのとき
私は思ってしまったのだ。
「あれ?これで私、全部から逃れられるのでは?」と。
殿下との婚約、つまりお飾りの妻はアリアがなってくれる。王命のため決して逆らえないと諦めていたが、勝手に代わってくれた。
そして、入れ替わりは王家の意向に逆らうことだが、今回のことは私も完全に被害者だ。
仮に被害者であることが証明できなくても、私は家族とは縁を切られるらしいので知ったことではない。平民になっていれば、貴族としての責任について累は及ばないだろう。
しかも私は今日結婚するらしい。既婚者は何があっても王家には嫁げない。アリアのことがバレても私を元に戻すことはできなくなる。
なんだ、もしかしてこれ、万々歳じゃない?
ここで万が一この考えが顔に出てはいけないと思い、私は馬車が止まるまでずっと俯いたままでいることにした。
しばらく経った後、馬車が着いた先は三階建ての建物だった。我々を迎えた結婚相手の両親とおぼしき人達の対応は冷ややかであったが、今までの境遇を思うと別に気にもならなかった。
結局、相手の顔を見ることなく『アリア』の婚姻は成立し、両親は私を捨て去るように帰っていった。
そんな両親の態度にさすがに思うところがあったのか、お義母様になった女性が私に声をかけてくれた。
「息子も同席する予定だったんだけど、事故で道が塞がれていて、まだ商談から戻ってこれていないの。先に夕食をいただきましょう」
連れられて行ったダイニングルームは決して広くはなかったが、手入れのよく行き届いた部屋だった。
新鮮なサラダ、温かで湯気がのぼるスープ、焼きたてのチキンと様々なパン、瑞々しいフルーツなどが並べられた机を見て、自分がお腹を減らしていたことに気付いた。
促されて着席し、食前の挨拶を終え、まずはスープのスプーンを手にしたときに、はっと気が付いた。
もう毎食、まるで試験のように、一挙手一投足マナーを見られることはないのだ。何をするにも気を配り、神経をすり減らす必要がないのだ。
そして何よりも温かなスープ!毒味を待った、冷めた食事を食べる必要ももうない。
嬉しくて、本当に嬉しくて、私は久々の楽しい食事を満喫していた。
「美味しそうに食べてくれるのね。貴族のお嬢さんのお口には合わないかと思っていたのよ」
後から考えればお義母様のこのセリフは嫌みが込められたものだったのだが、楽しい食事に浮かれていた私は満面の笑みで、「どの料理もとても美味しいです。こんな美味しい食事は本当に久々です」と素直に答えてしまったのだった。
そんな私の態度に、お義父様とお義母様がびっくりしていたのだけど、食事に気が向いていた私はそのことに全く気付いていなかった。