第282話 神獣アルマ?
山間の村へとやってきた聖カリバルディア剣教の軍勢が帰っていく。
彼らが起こした雪煙と、降り出した雪の中にその姿が消えるのにさほど時間はかからなかった。
「父上!」
そんな聖カリバルディア剣教の軍勢を威嚇するように並んでいたレティヴィア騎士団の合間を縫い、僕はカリム兄様とともに交渉に当たったクラヴィス父上の元に駆け寄る。
時に笑顔で、時に厳しい表情を浮かべていたクラヴィス父上は、僕の顔を見て、口元をほころばせた。
「ありがとうございます、父上」
「私は何もしてないよ。少し旧交を温めただけだ」
むしろ、それだけで聖カリバルディア剣教の軍勢を追い返したのだから、やっぱりクラヴィス父上は凄い人だと思う。
僕とアルマ、そしてフレッティさんたちがヴェリオ司祭の企みをくじいた直後に、応援を呼んでいたミルディさんが、レティヴィア騎士団本隊と一緒にやってきた。それに加えてやってきたのが、クラヴィス父上とカリム兄様だ。
2人の命令のもと、山間の村とその周辺はくまなく調査され、ヴェリオ司祭が出入りしていたと思われる違法な実験場を3箇所特定することに成功した。
幻獣ミラーさんによって避難していた村人たちは村に戻り、長年続いた聖カリバルディア剣教の支配は、こうして終わりを告げることとなった。
そして今朝。
聖カリバルディア剣教騎士団の旗を掲げる軍勢の旗を、村の北方で確認した。
その様子を見て、クラヴィス父上自ら、交渉を買って出てくれたのだ。
果たして僕が交渉したところで、すんなり退いてくれたかどうか……。
国王から拝命されたけど、まだ僕は領主の器ではないのかもしれない。
「そう落ち込むな、ルーシェル」
クラヴィス父上は、その大きな手を僕の頭にのせる。
「お前は賢い。しかし、人というのは理だけでは動かぬ。子どもの相手となれば、大人が退くわけにはいかぬ。立場を固辞しようとして、強引な手を打つこともあるだろう。こういう場合、大人同士で話し合うのが1番いいのだ」
「僕もいつかクラヴィス父上のようになれるでしょうか?」
「はははは……。志が低いな、ルーシェル。お前には私以上の領主になってもらわねば困る。勉学に励み、様々なものを見聞きし、人の心に触れなさい。気づいた時には、お前は立派な領主になっているはずだ」
「はい!」
僕は返事する。
「志が低い」と言われたけど、それでも僕はクラヴィス父上を尊敬している。
こんな大人になりたい。
いや、こんな父親になりたい。
不老不死の僕が結婚や子どもを持てるのかわからないけど、叶うならやはりクラヴィス父上のような父親になりたいと思った。
「しかし、父上。大司祭は大人しく引き下がってくれるでしょうか?」
と尋ねたのは、カリム兄様だ。
「大司祭とはチェスを数度指した程度の仲だが、非常に堅実な手を指すお方だ。少しでも自分の旗色が悪ければ、大胆な行動には移らないだろう」
その言葉に頷いたのは、最後に僕たちのほうにやってきたフレッティさんだった。
「実際のところ、大司祭が関与している証拠は見つかりませんでした。組織だった行動を示す証拠も……。すべてはヴェリオ司祭、個人が行ったことである――そう仕向けられているようにさえ感じました」
フレッティさんは渋い顔を浮かべる。
王国の領地を魔獣の巣窟にし、数人の子どもが犠牲になった。
正義感の強いフレッティさんにとって、おおもとの犯罪者を取り逃がしたことに忸怩たる思いがあるのあろう。同じ気持ちは僕にもある。
ティセルは幸い僕の魔法で戻ったけど、実験の犠牲となり死んでしまった子どもや大人たちの命は元に戻らないからだ。
「しばらくは手出ししないだろう」
「しかし、ある程度の戦力を残しておいたほうがよいのではないでしょうか、父上」
「今のところ代官はお前だ。カリムがそうしたいなら、それすればいい。しかし、私は必要ないと思うがね。なあ、ルーシェル」
「はい。僕には頼もしい相棒がいますから」
『あんまり頼られるのもなあ』
ため息交じりにアルマが僕たちのほうに近づいてくる。
飛び上がると、僕の肩に乗った。
『ボクたちは魔獣なんだよ』
「アルマ。僕はこの領地を、人間と魔獣が共生できる特別な保護区にしたいと思ってるんだ。だから、僕が領主になるまで人間を守ってくれないかな?」
『共生ね。そんなことできると思う?』
「できるよ」
僕はきっぱりと言った。
「だって、僕とアルマはできてるじゃないか……」
『それは…………まあ、そうか』
アルマはちょっと照れくさそうに後ろ肢で耳を掻いた。
クラヴィス父上は興味深そうに髭を撫でる。
「うむ。人間と魔獣の共生か。一筋縄ではいかないだろうが、ルーシェルならできるかもしれぬな」
「はい。楽しみですね、父上」
カリム兄様は頷いた。
◆◇◆◇◆
ティセルが意識を取り戻したのは、聖カリバルディア剣教の軍勢が去った後だった。
呪いを解かれ、全快した母親の顔を見たティセルは「ママ?」と呟く。
その瞬間、ティセルの母親はひしと我が子を抱きしめ、涙を流した。
「良かった……。本当に良かった」
「ママ、元気になったの?」
「ええ。領主様のおかげよ」
「領主……様……」
まだ目をとろんとさせたティセルは、横を見る。
ちょこんと正座し、意識が回復するのを見守っていた僕は、思わず背筋を伸ばす。
第一印象のおかげか。ティセルを前にすると、どうも緊張してしまう。
初めて出会った時、強い疑念を浮かべた瞳が忘れられないのだ。
しかし、ティセルは前後の記憶が曖昧らしい。
「ティル……。ヴェリオ司祭に穴に連れられて――――」
「怖い夢を見たんだね」
「ううん。夢じゃない。ティル、魔獣になったのね」
断片的だけど、魔獣になった時のことを覚えているらしい。
それでもティセルはパニックになることもなかった。
ただじっとアルマのほうを見ている。
山の中でもそうだ。
アルマと一緒にいる時のティセルは落ち着いていた。
どういうわけかわからないけど、アルマとティセルの間に何らかの関係性があるのかもしれない。
ティセルは寝床から起き上がる。
僕とリーリスの間に挟まれ、座っていたアルマを見て言った。
「ねぇ……。あなたが神獣様なの?」
ズバリ質問する。
まさか今ここで尋ねられるとは思わず、アルマはしばらく呆然としていた。
やがて前肢で自慢の髭を撫でる。
『ボクは神獣じゃない。魔獣さ。君の嫌いなね』
「でも……、むかし、ティルを助けてくれたでしょ」
『魔獣は魔獣だ。神獣なんかじゃない』
「じゃあ、名前を教えて」
『え? 名前?』
アルマは面倒くさそうに眉を寄せる。
「名前ぐらいいいじゃないか。知りたいんだよ、ティセルは。自分を救ってくれた英雄の名前を……」
『英雄って……。仕方ないなあ』
やれやれと首を振る。
相変わらず、僕の相棒はもったいぶるなあ。
名前ぐらい素直に言えばいいのに。
『アルマだ。それがボクの名前……。あと言っておくけど、君を助けたのはボクだけじゃないぞ。このルーシェルだって…………うわああああああ!』
話も半ばにアルマは小さな手で持ち上げられると、ティセルの首元に抱き寄せられた。
「ありがとう、アルマ」
『ちょっ! いきなり何するんだよ。ボクの自慢の毛が……!』
「モフモフ……。とってもやわらか~い」
『ちょっと! さっきセットしなおしたばかりなのに。離せ~!』
アルマは悲鳴を上げる。
そのアルマを抱き上げたティセルは、幸せそうだった。
「お二人を見てると、いつか本当に人間と魔獣が共生できそうな気がしてきました」
リーリスは微笑む。その意見に、僕も同感だった。
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