第281話 大人たちの交渉
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ミルデガード王国より西。
山々が連なり、白い雪をかぶった森が支配する土地が広がっている。
小さな集落が点在するだけの辺境に、雪埃を上げて近づく軍勢の姿があった。
黒鉄の鎧を纏う騎士の胸には聖カリバルディア剣教の意匠が光っている。
その騎士たちを率いているのは、藍色の司祭服を着た50代ぐらいの男である。
眉間に深く皺を刻んだ司祭は、行軍の半ばに率いてきた軍勢を止める。
鋭い眼光が向かう先にいたのは、見慣れない騎士たちだった。
鎧や装備から聖カリバルディア剣教の騎士ではない。
しばし観察していると、後ろのほうで2つの旗がひるがえる。
1つはミルデガード王国の旗。もう1つは、ミルデガード王国を古くから支えるエルフの名家――レティヴィア公爵家のものだった。
「レティヴィアか……」
厄介な相手がきたな、とばかりに司祭は顔をしかめた。
一旦、騎士たちに待機を命じる。しばらくして向こうから動きがあった。
騎士たちを掻き分け、馬に乗ったエルフが進み出てくる。
レティヴィア公爵家の当主と、その嫡男だ。
「お前たちはここで待て」
そう言って、司祭は1人馬を進めた。
お互いちょうど中間地点で止まる。
最初に馬を下りたのは、クラヴィスのほうだった。
「ガゼリア大司祭閣下、お久しゅうございます」
ガゼリア大司祭は、聖カリバルディア剣教の教主に次ぐ地位にある。
とはいえ、聖霊教を信奉するクラヴィスが礼を執る必要はない。
貴族の中には異教徒の軍勢として、威嚇あるいは戦闘行為に及ぶものもいるだろう。
ガゼリアからすれば、後者であれば与しやすい。
むしろへりくだれるほうが、こちらが公爵に礼を失しているように見られることになる。
致し方なくといった様子で、ガゼリア大司祭は馬を下りる。
しかし、ガゼリアが頭を垂れることはなかった。
「久しいですな、クラヴィス公爵閣下。いつぶりですかな?」
「おそらくアウロ陛下がご即位になる折りかと。あの時、閣下と指したチェスは楽しゅうございました」
ガゼリア大司祭の眉宇が動く。
クラヴィスの話を聞いて、嫌な記憶が蘇ったからだ。
「ああ……。そういえば、あの時私はあなたにコテンパンにされましたね」
「たまたまです。時折見せる閣下の指し筋に何度も肝を冷やしたことか……」
「心にもないことを……」
「本心でございます」
クラヴィスは胸に手を当てる。
ちょっと人を小馬鹿にしようものなら、罵倒の1つでも言ってやろうと思ったが、公爵にまったく隙はなかった。
埒が明かないと、ガゼリア大司祭は話を変える。
「ところで、レティヴィア公爵閣下が何故ここに? 公爵の領地は真反対だと記憶しておりますが」
「なに……。息子が国王陛下より領地を賜りまして、その領地を見分に参りました」
「奇遇ですな。私も寄進された土地の視察に参った次第です」
「なんとういう偶然!」
クラヴィスの顔がパァッと輝く。
だが、すぐにその光は消え、目に疑念を浮かべた。
「その割には、少々人数が大げさな気もしますが」
「魔獣が出ると聞きましてな」
「ほう。それは大きなブレウラントではございませんか?」
ガゼリア大司祭の眉がわずかに動く。
一方、クラヴィスの表情は厳しいものだった。
緊張が走る。後ろで見守っていた嫡男――カリムも空気を察してマントの下に手を入れた。剣か、あるいはナイフか。それとも魔法の発生を隠すものかは、ガゼリア大司祭にはわからない。
ガゼリア大司祭はゆっくりと首を振る。
「さあ、そこまでは……。私はあなたほど魔獣に精通しておりませんので」
「そうですか。しかし、先ほどガゼリア閣下は寄進と言っておられた。それはどこの土地なのでしょうか? よろしければ、お教えいただけませんか?」
さて、どう答えようかと首を捻っていると、騎士が一騎近づいてきた。
先行させていた偵察要員の1人である。
するとガゼリア大司祭に耳打ちした。
それはすでに例の山間の村が、レティヴィア公爵家の一団によって占拠されているという報告だった。しかも、騎士団は引っ捕らえられ、派遣した司祭は行方不明だという。
報告を聞いたガゼリア大司祭は静かに拳を握る。
だが、表情にはおくびにも出さなかった。
クラヴィスはもうすでに山間の村で何が起こり、何が行われていたかを知っている。
下手な言動をすれば、こちらが犯罪者の汚名を着させられることになる。
(幸いなことに計画全体を知っていたのは、ヴェリオだけ。騎士団たちにはほとんど何も知らされていないはず)
つまり、今ここで退けばガゼリア大司祭にも、後ろで糸を引く人間にも迷惑はかからない。土地を手放すのは惜しいが、組織を守るためにも仕方ない決断だった。
「ガゼリア閣下?」
クラヴィスは心配そうにガゼリア大司祭の顔を覗き込む。
少し物思いにふける時間が長くなったらしい。
「申し訳ないが、急用ができた。我々は失礼させてもらう」
「それは残念です。また閣下とチェスができると思っていたのですが」
(誰が好きこのんで負け戦などするものか!)
心の中で毒づくと、馬頭を返して軍勢のほうへと歩みを進める。
その背中に、クラヴィスは声をかけた。
「閣下、1つだけ」
「なんですかな?」
「私は故あって聖霊教に身を置くものですが、決してあなた方の教義を否定するものではありません。あなた方の教えに学ぶところは多いはず。おそらく国王陛下も同じ考えかと思われます」
「有り難い言葉ですな。それで――――」
「寄進されたというのは事実でしょう。それならば我々――いや、私の息子は何もせず、静かに身を引いたことでしょう。しかし、我々貴族の使命はまさに〝高貴なる者の義務(ノブレス オブ リージュ)〟……。弱者――ひいては領民を守ることです。民なくば国は成り立たない。領地もしかり。我が息子は貴族としての義務を果たしただけであると、お考えください」
そこまで聞いて、ガゼリア大司祭は再び馬頭を返した。
「……閣下、私はあなたが何を言いたいのかわかりません」
「そうですか。なら、エルフの独り言と思っておいていただきたい」
「今度こそ失礼するよ」
「少しお待ちを、閣下」
ガゼリア大司祭が列のほうに戻ろうとすると、今度もクラヴィスが呼び止めた。
やや鬱陶しげに再び馬頭を返す。
クラヴィスは片手を耳に当て、もう一方の手を唇に押し合えて、黙るように指示した。
「声が聞こえてきませんか?」
「声?」
ガゼリア大司祭は耳をそばだてる。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
次の瞬間、クラヴィスの背後にある土地から遠吠えが聞こえた。
狼でも、犬でもない。あるいは騎士たちの気勢だとも考えたが違う。
たとえようのない殺意と警戒感を表した遠吠えに、ガゼリア大司祭は思わず尻餅をつきそうになって堪えた。
「な、なんだ。今のは……」
激しく動悸する胸を押さえながら、ガゼリア大司祭はごくりと息を飲む。
驚嘆する大司祭とは裏腹に、クラヴィスは冷静に言った。
「王の声です」
「王? 国王陛下がいるのですか?」
いや、そんなわけはないことはわかっていて、ガゼリア大司祭は尋ねる。
「そうではありません。あれは山に棲む魔獣の王の声でしょう」
「ご心配なく。彼と彼らは滅多なことでは人里を襲うことはありません。私が調べたところ、この20年間で魔獣による被害は200件にも満たない。この数字は王都周辺の1年間の魔獣被害よりも少ないものです。それに被害はここ最近に偏っています」
「何か言いたげですな、レティヴィア閣下」
「いえ。しかし、それだけここの魔獣は管理されていると申し上げたいだけです」
「王……によってですか?」
「はい」
クラヴィスは真剣な眼差しをガゼリア大司祭に向ける。
魔獣が魔獣をコントロールするなど、ガゼリア大司祭は聞いたこともなかった。
しかし、クラヴィスは魔獣の専門家だ。
嘘とすぐ見破れるような嘘を吐くほど、愚か者ではない。
ガゼリア大司祭はパッと自分の司祭服を払った。
「肝に銘じておきましょう。しかし、それが事実であれば、あなたのご子息は大変ですな。その領地の管理を任されるなど」
ガゼリア大司祭は鋭い視線をクラヴィスではなく、後ろのカリムに向けた。
カリムは依然として、大司祭に対して気を許していない。
鋭い視線を向けたままだった。
「良い息子さんですな。レティヴィア家も安泰だ」
「いえ。今回、土地を賜ったのは、こちらのカリムではありません」
「ほう。確か閣下にはご子息とご息女が1人ずついらっしゃったと窺っておりますが」
「養子を取りました。少々破天荒ですが、自慢の息子です。よろしければ、祈年祭の折りにでもいらしてください。ご紹介しましょう」
「ええ。機会があれば、ぜひ立ち寄らせていただこう」
そう言って、ガゼリア大司祭は剣教騎士団が並ぶ列に戻っていく。
聖カリバルディア剣教の軍勢は進行方向とは逆に転進すると、再び雪煙を上げて、西のほうへと帰っていった。








