気まずい雰囲気
「そろそろ行きましょう」
どちらともなく視線を外して部屋を出る二人にフィリカは首を傾げた。
これから訓練場へ向かうのが、いつもはアリシアと一緒の馬に乗るフィリカがシオンの方に乗ると言い出した。
「珍しいこともあるんだな」
と、小柄な彼女の為に指を組んで鐙を作ってやる。
アリシアの馬より大きいシオンのそれによじ登ると彼も後ろに飛び乗った。
「わあ、高ーい!!」
黒毛の馬上は高く見晴らしがいい。背後にいるシオンがしっかり支えてくれているので安定感があり快適な乗り心地にご機嫌だ。
「俺に話でもあるのか」
「えっ?」
「でなきゃわざわざこっちに来ないだろう」
「昨夜、お姉様と何かあった?」
「どうして?」
「なんかよそよそしいというか……。まさか、私が眠っている間に!?」
フィリカが振り向くと、軽い冗談のつもりが意外にもシオンは神妙な面持ちだ。
「俺がアリシアから逃げたのさ」
「ふうん」と呟いてそれ以上は口にしなかった。意味が分からないが当人達が触れてほしくない部分は察して敢えて訊こうとはしないのがフィリカのいい所でもある。
「いい子だ」
「また子ども扱いして!!」
むくれて前に向き直る彼女にシオンは声を立てて笑った。
その様子を後ろから見ていたアリシアは、フィリカの人の感情を読む性格に救われたと心秘かに胸を撫で下ろす。シオンと二人だけなら今頃気まずさに耐えきれなかっただろう。彼女の存在が緩和剤になっているのだ。
しばらくして、三人の視界に城門が入ってきた。
馬を衛兵に預けて訓練場へ行ってみるとブーゲン父子が既に待っていた。
三人の姿にスティールの表情がぐっと引き締まりアリシアの前に進み出ると深々と頭を下げる。
「これまでの非礼をお許し下さい」
「それはアリシアを師として認めるという意味でいいんだな?」
シオンの低い確認の声に彼は頷いた。
「私からもお詫びする。どうか今一度息子の師となって頂けないだろうか」
ブーゲンも頭を下げようとしたのでアリシアは恐縮して慌ててそれを制する。
「お止め下さい。私は最初からそのつもりでした」
微笑む彼女がイルセのそれと重なった。殺伐とした戦場においてイルセの笑顔に胸熱くした日々を思い出していると、懐かしさだけではないブーゲンの眼差しをシオンは見逃さなかった。
もしかしてブーゲン殿はイルセという女性を……。
前を見据えて口を固く結んだ厳格な横顔からはそれ以上の想いは押し計れない。




