新たな出発
「これからどうするんだい?」
住む所を失くしたフィリカの身を案じて村人が声を掛けた。
「何なら俺の所へ来るかい?」
彼女は即答できずに俯いたままだ。突然降りかかった災難に心の整理が追いつかない。
分かっているのは、もうこの土地に留まれないのと天涯孤独の彼女に行く当てがないということだけである。
アリシアはフィリカの肩に手を置いた。
「あなたさえよければ私と来ない?」
「えっ?」
意外な提案だった。
傷が癒えたアリシアはいつか旅立っていくだろうと薄々感じていたが、自分の一緒に行くという選択肢は考えてもみなかった。
「こんな状況で私一人去る訳にいかないし、あなたがシオンを探す手伝いをしてくれれば私も心強いわ」
微笑むアリシアにフィリカはゆっくり立ち上がる。
「でも、私が出て行ったら、この村に医者がいなくなるよ」
「私に心当たりがあるから心配しないで」
エヴァに頼めば二つ返事でオマスティアから術師を派遣してくれるに違いない。
「お姉様と一緒に行っていい?」
写真のシダに話し掛けるとフィリカには微笑んでくれているように見えた。
その日のうちに二人は村を後にした。
薬草や資料など荷物が多かったので村人から譲り受けた幌馬車で移動する。
馬の扱いに慣れているアリシアが手綱を持ち、その隣で初めて旅をするフィリカが移り変わる景色に菫色の大きな瞳を輝かせて見入っていた。
「この分だと早く国境を越えれるかな」
「ええ」
「ところで、お姉様は凄い剣士なの?」
隣で静かに微笑んでいる美女があのブラウニ一家を一人で殲滅させた聞かされた驚きは未だに忘れていない。
「どうかしら。私より凄い方は大勢いるわ」
アリシアは小さく笑って馬を操っている。
そう、凄い人はいるわ。シオン・フォレストも強い剣士なのよ。
その言葉はアリシアの胸に仕舞っておく。
あの忌まわしい出来事から一カ月経ったがシオンの心は未だ沈んだままだ。
無精ひげが生えて精悍な顔つきも生気が抜けている。常に強気な光を湛えていた漆黒の瞳は何処か虚ろだ。
砂を噛むような味気ない食事を摂っていたのは、自分の分まで生きてくれというアリシアの最後の願いを全うするためだけの行為に過ぎない。
今では形見となってしまった彼女の愛馬を引き連れてカスピアの国境を越えて行った。
「旦那、いい馬をお持ちで。その白馬、譲って頂けませんか」
馬屋の主がシオンに声を掛けた。
「あいにく俺の馬じゃないんでね」
「しかし、二頭もいたんじゃ連れて歩くのも大変でしょう」
「こいつは利口でね、ちゃんと着いてくるのさ」
これ以上は埒が明かないと諦めた主が去ると白馬がシオンに振り向いた。
「そんな目で見るなよ」
つぶらな黒い瞳が想い人のそれと重なりシオンを一層苦しめる。




