フィリカと老人
傷もだいぶ癒えたある日、フィリカは身の上を話してくれた。
幼少の頃、両親を紛争で亡くし戦火を彷徨っているところをある一人の老人に救い出された。
老人は彼女を実の孫のように大切に育てると同時に自身の持つ全ての知識を教えてきた。
この人物こそが全世界に名が知れ渡っている『シダ』その人だった。医療に関しては、彼にかかれば治せない者はいないとさえ言われている。独自に編み出した人体再生術は人々に『神』と崇められた。
一口に医術と言ってもそれだけを学べばいいわけではなく、原因となるあらゆる可能性を考慮しなくてはならない。その為、この世に存在する『術』を網羅しておく必要があったがその膨大な記録は彼の頭に全て記憶されていた。
だが、戦いに傷ついた剣士を救ってもまた戦場へ駆り出される現実に疑問を抱き、世を捨てひっそりと旅を続けていた頃に戦火で荒れ果てた地に一人泣きじゃくるフィリカと出会う。
利発な彼女は老人の教えを乾いた砂が水を吸い込むようにたちまち知識を吸収して、十七歳になった今では世間こそ知られていないがその腕は群を抜いているに違いない。
フィリカを引き取り旅を続けていたシダはやがて、医者がいないこの村で二人で診療所を開業したのである。
しかし、医療の神も自身の寿命には勝てず老衰により三年前に還らぬ人となった。
残されたフィリカはシダの意志を継いで独りでこの診療所を守ってきたのだという。
こんな森の中で少女が独りで住むのはどんなに心細かったことか、独りで旅を続けていたアリシア自身がよく知っている。
シダがどれだけフィリカに愛情を注いできたかは素直で明るい性格が表れている。
「私もシダ様のことは母から聞いているわ。実際に手当てをして頂いたと誇らしげに語っていたのよ」
「そんな有名な人には見えなかったなあ。いつも、にこにこしていて優しいおじいちゃんだったよ」
フィリカはおやつに焼いたジンジャークッキーをつまんで呟いた。
高名で仁徳のある人物は見た目では判断し兼ねるところがある。シダも、母イルセも、そしてシオンも……。
「お姉様は好きな人がいるの?」
唐突な質問にアリシアはミルクティーをこぼしそうになる。
「どうして?」
そう訊きながらもアリシアの頭にはあの剣士の姿が浮かんでいた。
「昏睡状態の時にうわ言で名前を呼んでいたの。そんな時に出る名前って大切な人が多いものよ」
「なんて?」
「シオン……だったかな?」
無意識にシオンの名前を呼んでいたのかと思うと、今更ながら彼の存在の大きさを痛感する。
「シオンは私と一緒に旅をしている剣士なの。優しくてとても頼れる人よ」
シオンを語るアリシアはいい顔をしていた。
「多分、私が死んでいると思っているかも……」
手元のカップを見つめるブランデー色の瞳は哀しげだ。
「早く良くなって生きているって知らせなきゃ」
ガッツポーズをしてみせるフィリカに彼女も笑みで頷いた。




