シオンの想い
ロザヴィに裏切られてからの五年間は、シオンを剣士として一人の男として大きく成長させた。だが、彼女の記憶は五年前で止まっているらしい。
蹄の音が段々近付いてきたので二人が振り向くとブランデー色の髪を靡かせてアリシアがこちらへ向かっている。
「あら、残念。無事だったみたいね。あの連中も役に立たないわ」
口角を上げて嘲笑するロザヴィとアリシアの馬がすれ違った時だった。
ロザヴィが手首から放った黒い紐状の物体がアリシアの首を捉えて、馬から引きずり下ろされた彼女は激しく地面に叩きつけられた。
「アリシア!!」
シオンが駆け寄ろうとするとロザヴィが叫んだ。
「動くと首をへし折るよ!!」
ロザヴィは鞭の使いに長けているので脅しではないと分かるとシオンは歯ぎしりした。
目は釣り上がり豊かな黒髪を振り乱してアリシアを睨んでいる姿は魔女を彷彿とさせて身よけがよだつ。
アリシアは鞭を外そうとするがもがけばもがくほど首に食い込んで息が出来ない。彼女を盾にしてロザヴィはじりじりと崖の方へ歩み寄っていった。
「安心して。すぐには殺さないわ」
「アリシアを殺せばお前を斬る!!」
アリシアの表情が苦痛に歪むと、ついにシオンが柄を握った。
「上等だわ。その言葉、確かめてあげる」
不敵に笑ったロザヴィの腕にシオンが斬りかかったと同時にアリシアは崖から突き飛ばされた。
シオンは崖から身を乗り出してすかさず手を伸ばして彼女の右手を掴んだ。アリシアの体重と落下する速度が彼の右腕一本に凄まじい衝撃として襲い掛かる。
「大丈夫か!?」
受け止められたアリシアは間一髪転落は免れたが危機的状況は依然として変わらない。
「手を離して!! シオン」
「馬鹿なことを言うな!!」
シオンが怒鳴ると、ロザヴィとアリシアは一瞬たじろいた。いつも穏やかな彼にこんなに激しく怒鳴られたのは初めてだった。
それにもまして、ロザヴィが信じられないのが『漆黒の剣士』ともあろう男が敵を目の前にして無防備に背中を晒してまで一人の女を救おうとした事実だ。これが戦場ならシオンはとっくに斬られている。
「あなたが危ないわ」
「お前を失ってまで俺は生きたくない」
「シオン……」
シオンは愛しさに溢れた漆黒の瞳で想い人を見つめた。
二人が見つめ合う様子に怒りを増幅させたロザヴィは剣を抜いてシオンの喉元に突きつける。
「その手を離せばあなたは助けてあげる」
「アリシアを殺るなら俺も殺れ!!」
「その手を斬り落としてでもこの女を殺してやる!!」
物凄い形相で剣をゆっくりと振り上げる。自身の欲の為なら手段を選ばない彼女ならやり兼ねない。剣士の命でもある利き腕を失えばシオンはこの先どう生きていけばいいのだろうか。




