誘惑
五年前、二十歳のシオンはある国の近衛隊にいた。彼の師がそこの国王だったので、一人娘の王女と婚姻を交わして後々は王位を継ぐだろうと城の者達は噂をしていた。
その頃にロザヴィと出会った。
当時としては女剣士の存在は珍しく、妖艶な美しさを持つ彼女は近衛隊の剣士の間でたちまち注目の的となる。
シオンもまた三歳年上のロザヴィが気になってはいたが、今は剣の道を全うすべく鍛錬に励んでいた。
交際を申し込む多くの男性を尻目に彼女が選んだ相手はシオンで、二人の仲は城全体が知るところとなった。
初めての恋にシオンは心躍る毎日を送っていたが、妖しい魅力のロザヴィを他の男達が放っておくはずもなくその誘いに情事を重ねる日々が続く。
その事実を人伝に聞いていたシオンは問い質して彼女を失うのが怖く黙認していたが、ある日遂に業を煮やしてロザヴィに尋ねた。
「ロザヴィ、他の男と会うのはやめてくれ」
苦悩に歪むシオンの表情とは反対にロザヴィは軽く笑うだけである。
「あんな噂を信じるの? 王になろうといいう人が自分の恋人すら信じられないなんて」
「信じているけど証が欲しんだ。それに、俺は王位なんていらない!!」
「なんですって!!」
シオンの言葉にロザヴィの顔色が変わる。
「静かな所で二人っきりで暮らそう。君がいるなら王にならなくても……」
「……そうね」
唇を重ねてきた彼にロザヴィは冷ややかに応じた。
一ヶ月後、遠征を終えたシオンは逸る気持ちを抑えきれずに急いでロザヴィの元へ戻って来た。
「ただ今!!」と、勢いよくドアを開けたが出迎える者はない。
「ロザヴィ……?」
人の気配どころか生活の匂いすら感じられないひっそりとした部屋に茫然と立ち竦んでいたが、やがて机に置かれた手紙を発見した。
過去は忘れてお互いの未来を生きましょう。
癖のある右上がりのロザヴィの筆跡だ。
ここで初めて、彼女が自身を捨てたと悟ったシオンは傷心のまま酒場へ向かった。
友人の剣士を見つけて隣に座ると、彼はひどく狼狽して慌てて席を立とうとしたのでシオンがそれを止めた。
「どうして逃げるんだ」
「逃げるなんて……」
明らかに動揺している友人を問い詰める。
「何を隠している? 彼女について知っているのか?」
「彼女って……」
「ロザヴィだよ。知っているんだな!?」
友人は観念して酒の入ったグラスを勧めると話し始めた。
「いずれ分かることだ。落ち着いて聞けよ。ロザヴィはここはいない」
「なんだって」
「お前が遠征に行ったその日にマゼンタと国を出てしまったらしい」
最後まで噂があった貴族の名にシオンは愕然とした。




