間話 アリシアとイヤリング
友達以上恋人未満にもなっていないアリシアとシオン。強烈な娘の登場で二人の微妙な関係が崩れる!?
番外編 第二弾です。
ある町へやって来たシオンは昼食の調達に市場まで行ったアリシアを待っていると、若い女性の悲鳴が聞こえたので路地裏に行ってみた。
「なんだ、貴様は!?」
ならず者の常套句にシオンは苦笑する。
「なんだと言われてもなあ」
「用がないなら、怪我しないうちに帰んな」
ならず者の後ろには娘が懇願と涙に溢れた瞳でこちらを見ている。どうやら、この娘をかどわかす途中だったらしい。
相手が剣士崩れではないと踏んだシオンはやれやれ、と溜息交じりに右足を引いて半身で構えた。
この程度の連中なら剣を抜かなくてもいけると判断したのだ。
「ほお。剣を抜かずに俺達とやろうっていうのか!!」
「いいからさっさとこいよ」
不敵な笑みのシオンに、男達は癪に障ったのか猛然と襲い掛かる。
男の大きく振り上げる拳を紙一重で交わして、相手の背中に手刀を浴びせると顔面から地面に叩きつけた。
「ぐえっ!!」
「一人目!!」
「畜生!!」
頭から突っ込んでくる男の首を掴んで顔面に膝蹴りをお見舞いすると断絶魔の叫びが一体に響き渡った。
「二人目!!」
今度は少しは体術を心得ているようで他の二人とは体の動きが違っているがシオンの敵ではない。
繰り出す高速の拳をリズミカルに避けながら回し蹴りで男の首筋にヒットさせると面白いように大男が道路に転がっていった。
「最後はお前か!?」
ここでシオンのカウントは止まった。何故なら、一人残った男は恐怖のあまり奇声を発しながら逃げ出してしまったからである。
突然の救出劇に茫然としている娘の腕を掴むとその場を足早に去った。
ひとまず安全な場所まで、と二人は大通りまで駆けこむと追手がないのを確認したシオンが娘に声を掛ける。
「怪我はないか」
まだ目の焦点が合っていない娘の顔を覗き込むと、やっと正気に戻ったのかこちらを見た。
「見つけた!! 私の運命の人!!」
「はあ?」
元気よく腕を絡ませてくる娘に素っ頓狂な声を上げた。
「何を言っているのかよく分からんが」
「だから、私達赤い糸で結ばれているのよ」
「冗談じゃない。俺の赤い糸はどうなるんだ」
賑やかな娘の腕を強引に解くと、二度と絡ませないように腕組みをして阻止した。
「きっと出逢えると信じていた甲斐があったわ」
どこまでもマイペースな娘に呆れてしまう。
「細かい話は後で。早速、お父さんに紹介して……」
「待てって。俺には惚れた……」
と、言い掛けた彼の視界にアリシアが映った。
アリシアは、迷惑そうなシオンと先程のご機嫌から一転不機嫌な顔をしている娘と二人を見比べた。
「この方は?」
「さっき、ならず者に絡まれて……」
「私はエリーヌ! この方の運命の相手よ!!」
彼の言葉をいち早く遮ったエリーヌという娘は挑戦的な目でアリシアを見ている。
「あなたこそ誰? 彼とはどんな関係なのよ!!」
勘弁してくれとシオンは心の中でぼやいたが、彼女が自分との関係をどう想っているのか興味があったので敢えて口は挟まずにいた。
「どんなって、一緒に旅をしているだけで」
「一緒に!? 朝も夜も四六時中!? まさか恋人!?」
運命の相手に、まさかの美女剣士の登場でエリーヌのヴォルテージは一気に上昇した。
「恋人じゃないわ」
やっぱりそうきたか、とシオンは苦笑いだ。
「よかった。これで、彼は私のものね」
エリーヌは勝ち誇ったように高笑いをしたが、痛くもない腹を探られた感が拭えないシオンは憮然として歩き出すとエリーヌは小走りでついてきた。
長身のシオンと小柄なエリーヌとは歩幅が違うので、二人の差は次第に開いて彼女は息を切らせて話し掛ける。
「今日……泊まる……所……あるの?」
言葉の合間に荒い息が入り、なかなか文章にならない。
気の毒に思ったアリシアが彼を呼び止めた。
「シオン、彼女の話を聞いてあげて」
アリシアが言うなら、とあっさり立ち止ったシオンにエリーヌはますます不満気だ。
「泊まる所がないなら、私の家が宿をしているから案内するわ」
隙を狙ってすかさずシオンの腕にしがみついてきた娘はアリシアに挑発的な目を向けてきた。
何故、自分は会ったばかりの娘にここまで気嫌いされないといけないのか腑に落ちず、少々苛立ったのがつい口調に現れたらしい。
「お言葉に甘えたら? 私は別の宿を探すから」
棘のある台詞に、今度はシオンの表情がむっとしたものに変わった。二人の不穏な空気にエリーヌはしたり顔だ。
「こっちも商売だからあなたも世話してあげる」
アリシアとシオンは押し黙ったままエリーヌについて行った。
エリーヌの案内で、一軒の宿に着くと早速宿泊の手続きを始めた。その間、ロビーで待っているシオンは軽く息を吐いた。
「参ったな」
「見知らぬ土地で女の人と仲良くなるなんてあなたらしいわ」
彼女らしからぬ皮肉な台詞にシオンの口角が上がった。
「妬いているのか?」
「な、何を言ってるの!! そんなんじゃないわ!」
慌てて否定するアリシアの頬は上気していたので更に続ける。
「まあ確かに俺達は深い関係ではないが、それなりの仲だろ?」
含みを持った語尾に、アリシアの頬はますます赤みを帯びて真っ赤に染まった。こうなったら、シオンのペースで彼女は太刀打ち出来ないのだ。直情径行のアリシアが可愛くてつい意地悪をしてしまう。
丁度、そこへエリーヌが戻ってくると二人を部屋へ案内したのでアリシアはほっとした。
この町では年に一度の収穫祭があるということでどの宿も満室で、エリーヌの所も例外ではなかったのだが父親に無理矢理頼みこんで二部屋空けたのはシオン達は知らない。
自分の部屋で寛いでいるとノックがした後にエリーヌが顔を出した。
「夕食、どうする?」
「そうだな」
考える間を先読みしてエリーヌが頬を膨らませる。
「どうせ、あの人と一緒に……とか考えていたんでしょ?」
「よく分かったな」
「シオン様はあの人をどう想っているのよ」
「愛している」
即答だった。
「でも、あの人は何でもないって……」
「片想いってとこだな。待つのも一興だろ?」
「待つってどのくらい?」
「さあな。こればかりは」
「もし、両想いになれなかったら?」
「それでも構わないさ」
エリーヌに初めて見せた笑顔は、とても優しいものだった。
結局、夕食は収穫祭で賑わっている出店を回りながら……ということになった。
エリーヌは、シオンと一緒に見物したがっていたが、宿も忙しく両親に手伝うよううるさく言われていたので渋々諦めた。
アリシアとシオンが並んで歩くといつもなら目立つ二人だが、この日ばかりは人ごみでごった返して彼女達の存在に気付く者は少ない。
夜も更けてきたというのに、提灯や出店の煌々たる灯りで昼間のように明るく賑やかさを増してきた。
小物を売る店や衣類販売、軽食を提供する食堂など様々な店を見て歩いているが、アリシアの足が一軒の雑貨屋で止まった。
腰を屈めて並んでいるアクセサリーに目を輝かせている姿は誰の目から見てもただの若い娘である。
やがて、一つ手に取ったのは小さな花の形をしたイヤリングだった。
「気に入ったのか」
「ええ」
シオンは、彼女の手からイヤリングをひょいと取り上げると店の主に差し出した。
「これをくれ」
「毎度。620ペルになります」
まさか、買ってくれるとは思わなかったアリシアは慌てて止めた。
「私、そんなつもりじゃ……」
「いいって。だいたい、アリシアは洒落っ気がなさ過ぎる」
と、さっさとシオンは会計を済ませてしまった。
ほら、とシオンが広げた大きな手の平にあるイヤリングを嬉しそうに受け取ると早速耳につけ始めた。
ブランデー色の髪を耳に掛けると、首を傾けて付ける仕草が妙に色っぽく彼の喉が鳴る。
「似合う?」
「ああ。綺麗だ」
普段、アクセサリーの類を付けないせいだろうか。一つ付けただけで雰囲気ががらりと変わった。
たとえ、安物でも頬を赤らめて喜んでくれる彼女が愛おしい。
不意に背中を押されたアリシアの体勢が崩れたので、シオンが腕を掴み抱き寄せた。彼にとっては、反射的に取った行動だが二人抱き合う形にとなったアリシアの鼓動は早くなる。
厚い胸、太く逞しい腕、見上げれば間近にあるに違いない精悍な顔。
いつも守ってくれるこの剣士につい甘えたくなり頬を寄せると、それに応えるように肩を抱く彼の手に少しだけ力が入るのを感じた。
二人の関係は微妙な位置にある。と言っても、シオンの一方的な想いに留まるのだが。
「ちょっと!! 何やってんのよ!!」
大声と共に強引に割って入ったエリーヌに二人はぎょっとした。
「油断も隙もないんだから」
そりゃお前だろ!? と、毒づく彼を尻目にエリーヌは腕を引っ張り自身の方へ引き寄せた。
「じゃあまた後で」
もの寂しげな笑みを残して人ごみに紛れていくアリシアを目で追っていると、エリーヌがわざと視界を遮るように立ちはだかった。
アリシアは、宿に戻るとすぐに鏡の前に立った。髪をかき上げると耳には白い花の小さなイヤリングが納まっている。
シオンが言うように、普段アクセサリーは付けないせいかいつもより華やかに見える。
実は、帰る途中も落としはしないかと気になって何度も耳に手を当てて確認していたのだ。
剣士でなかったらいつも耳に付けているのに……と少し自身の立場が恨めしく感じる。
翌日、部屋を出たシオンはアリシアとばったり会った。その耳に昨夜買ったイヤリングはない。
彼の視線に気付いた彼女ははにかんで礼を言った。
「イヤリング、ありがとう」
「似合っていたのに勿体ないな」
「折角、買ってもらったのに失くしたら嫌だから」
剣士なのでいつ戦いに巻き込まれるか分からない。だから、どこで落としたか分からなくなるのが嫌だと言うのだ。
「安物だし失くしたらまた買ってやるよ」
「……シオンが初めて私に買ってくれた物だから大切にしたいの」
それだったら、ことある毎に買ってやっているだろうと考えてみる。
例えば……。
全く心当たりがなかった。確かに買ってことはある。だが、それは旅をする上で必要な生活用品の範囲で、実際に装飾品など買っていないことに今更ながら気付く。
初めて渡す想い人への贈り物が安物の、しかも出店で買ったイヤリングとは我ながら情けない話だと自己嫌悪に陥った。それでも、嬉しそうに「大切にしたい」と言うアリシアはやっぱり優しくて愛しい。
「すまんな、そんな物で」
彼にしては歯切れが悪い口調にアリシアは微笑んだ。
「私もお洒落しなくちゃね」
頼むからそれ以上綺麗にならないでくれ。独りにしておけないじゃないか。
自ら洒落っ気がないと言っておいて我ながら身勝手な言い分である。
「アリシアは今のままでいい」
わずかに間が空いてアリシアが言う。
「あなたのために綺麗になりたいの」
「……今、何て言った!?」
一瞬耳を疑ったシオンはもう一度言うように催促したが、アリシアはただ微笑むだけで二度は言わなかった。




