噂
「女がてらと言えばここにも一人いるぜ。俺より強くて美人が」
シオンが口を挟むと、リンダの顔が一層輝いた。
「こんなに綺麗な方なのに剣士だなんて尊敬しちゃいます!!」
手放しに褒められてアリシアははにかんでしまう。
「私よりも強い方は大勢いるわ」
「例えば?」
と、シオンが答えを求めたが、明らかに自身の名を挙げるよう催促している様子なので応じてあげた。
「シオン・フォレストとか」
「あっ!! 知ってます。『漆黒の剣士』ですよね」
リンダの台詞にアリシアが目を丸くした。
「あなたが『漆黒の剣士』だったの!?」
シオンは悪戯が見つかった子どもみたく目を逸らした。
アリシアも、オマスティアで騎士団長をしていた頃は遠征先で他国の剣士達と語り合っていた。いつだったか東の国の騎士団と合流した際にその呼び名が話題に上った。
「東の方で誰が強いかって? そうですね……」
中年の剣士が暫く考えていると、輪の中にいた青年が思い出したと膝を叩く。
「『漆黒の剣士』がいるじゃないですか!!」
「そうだな。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの剣士だ」
「『漆黒の剣士』?」
アリシアが怪訝そうに訊いた。
「その名の通り、漆黒の髪に黒い馬と黒づくめなんですよ」
強いと聞いてアリシアの剣士の血が騒がない筈がない。
「お会いしたことありますか?」
「いや、俺達も実際に会ったことはないんだが……」
「彼等の話ぶりからしてもっと年配の方かと思っていたわ」
噂などそんなものである。伝言ゲームのように事実が願望や嫉妬で塗り固められて、しまいには原形を留めない。
「おまけに女たらしとか言っていたんだろうよ」
そこまでは……と、言葉に詰まった時点で既に認めているのと同じでシオンを憮然とさせた。
「本当に女たらしなんですか!?」
本人を目の前に容赦ない一言に、顔を背けて肩を震わせているアリシアをシオンは睨む。
だが、リンダの爆弾発言は思わぬ所に飛び火した。
「こんな素敵な恋人がいらっしゃるのに」
「えっ!?」
笑いをこらえていたアリシアが一瞬にして真顔に戻った。
「お二人は恋人同士なんでしょう? 宿屋のおじさんが言っていましたよ」
「誤解よ。私達はそんな関係じゃないわ」
「では、夫婦で?」
「それも違うのよ」
焦ったアリシアがシオンに助けを求めたが、意地悪な笑みを返すだけである。
「そうだな。まだそんな関係じゃない」
「まだということはいづれ……ってことですか!?」
アリシアが反論しようとするとリンダの足が止まった。いつの間にか武具屋に到着していたらしい。
「お陰で助かりました。お預かりした武具は誠心誠意修理しますね」
にこやかに笑うと武具に埋もれた作業場へと消えていった。




