国境ラルーンの悲劇 2
国境の攻防がアリシアの初陣となってしまう。イルセの決断とは。
ホルセンの勢力三万に対しオマスティアは二万足らず。本来なら、四万の兵を保有しているが他国の遠征で武力縮小を余儀なくされた。
兵士は一般公募なので数が集まるが剣士は違う。育成に長い年月を費やされる上に実力も重要となってくるので数も少なく、より多くの剣士を抱えている国が有利となる。剣士の数ではオマスティアが上回っているが、それでも一万の兵力を補うのは困難を極めるに違いない。
騎士団長のイルセの頭は巡るましく作戦を探っていた。
国境を突破されれば城までは時間の問題で、重病で逃げることすら適わないブロッケン王の命はおろかオマスティアの未来も保障出来ない。
ホルセンとオマスティアの間にある国境ラルーン。
二日後、広大な平野だが不毛の地と化しているこの地帯で両国は対峙した。
『美しき死神』イルセの活躍とフェザーの用兵術で当初は優位に立っていると思われたが、戦闘が長引くにつれて数で勝るホルセンが次第に戦局を覆し始めた。
戦い続けて丸三日経つと、隊列を立て直すべく本陣に戻ったイルセは味方を見渡した。
疲弊した剣士、満身創痍の兵、あの屈指のフェザーですら体中に血を滲ませている。
そして、これが初陣となった十五歳の娘アリシアを見た。まだ、幼さが残る容姿にわずかに大きい鎧を装着している彼女の瞳にも不安の色が隠せない。
協定の存在に安堵してホルセンの動向を見逃した自身の罪は大きい。
私がここで食い止めなければ……。
イルセの心が決まった。
「フェザー殿」
「なんでしょうか」
いつになく神妙な面持ちの彼女にフェザーは唾を飲んだ。
「アリシアをお願いね」
イルセの様子がいつもと違う。こういう時の彼女は何かを覚悟している、と長く傍で行動を共にしていて直感で分かる。
「……何をお考えで?」
すうっと息を吸うとイルセは閉じた。
「アリシアは王に似て優しいわ。私みたいに非情に徹しきれない所が剣士としてどうなのか心配でもあり……」
「そのお言葉、ご本人に直接お伝え下さい。親子なんですから」
まるで遺言のような台詞にいたたまれなくなったフェザーが咄嗟に遮った。
突然、声を荒げた彼に目を丸くしたイルセがふっと優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう。あなたがいるから娘を……騎士団を預けられる」
「……あれをするおつもりですか」
たどたどしい口調の彼に、イルセは静かに頷いた。