国境ラルーンの悲劇 3
「総員退避!!」
「総員退避!!」
イルセの叫びにも似た命令をフェザーも徹底すべく復唱した。
騎士団は苦戦しつつも本陣まで撤退することに成功したが、殿を務めていた団長の異変に剣士達がざわめき始めた。
ブランデー色の髪を靡かせて白馬に跨る『美しき死神』がたった一人で最前線に立っているのだ。
母のただならぬ雰囲気にアリシアは思わず駆け寄ろうとしたが、それをフェザーが止めた。
「行かせて!!」
「なりません!! イルセ様のご意志です!!」
「お母様の……意志?」
彼が唇を噛んで何かに耐えているのを見たアリシアはますます母の元へ行かせてくれと懇願すると、馬上のイルセがこちらを振り向いた。
「アリシア。これからはフェザー殿と一緒にお父様を、オマスティアを守ってね」
「……お母様も一緒でしょ?」
娘を見つめるブランデー色の瞳は悲しみに溢れていた。こんな母の姿は初めて見た。
迫りくるホルセンの兵にもう親子に残された時間はそうなかった。
イルセは馬の腹を蹴り、勢いよく独り敵の部隊へ駆け出した。それは、あまりにも突然で誰も止めることは出来ずただ見ているしかなかった。
馬を下りたイルセが地面に自身の剣を力強く突き刺すと目を閉じた。
さよなら……アリシア。ごめんね……シナリア。愛していたわ……ブロッケン。
突き差した剣から一直線に光が伸びるとやがて眩い大きな光となり国境ラルーンを包んだ。
大気が震え、遅れて凄まじい衝撃と突風が騎士団を襲ったので、フェザーはアリシアを抱き締めると背を向けて我が身を盾にした。
どのくらい経っただろうか。時間にすればわずか一分にも満たなかったかも知れないが、その場にいた全員には長く感じられた。
一瞬何が起こったか分からなかったが、やがて砂埃が収まり次第に明らかになってきた現状に一同は言葉を失った。
大地はどす黒く変色して、まだ日は暮れていないというのに空は茜色に染まっている。
そして、先程までいた二万近くのホルセンの兵がいない……。
フェザーの懐からようやく顔を出したアリシアは、埃にまみれた彼の肩が小刻みに震えているのに気付いた。
「フェザー様、泣いているの?」
いつも冷静沈着の剣士が涙しているのを間近に見たアリシアはそれ以上何も言えず、恐る恐る辺りを見回した。
それは母と言葉を交わした前とは全く違う光景。
「……なにこれ?」と呟いて重大な事実に気付く。
「お母様は!?」
フェザーの返事はなかった。
「お母様はどこ!? 生きているんでしょ!?」
自身の口から出た言葉にはっとした。もはや、生か死しか選択肢がないのだと……。




