溢れる想いは止まらず
可愛いと言われたのは今回が初めてではない。
シダや村人からも聞いた単語だが、異性から面と向かって言われたのは初めてかも知れない。
「じゃあ、お前さん不細工だな」
「それはそれで腹が立つ」
「どっちだよ!!」
漫才のようなやり取りをしている二人の横に、店に戻ったシオンとアリシアが立っていた。
「仲良くなったところを悪いが宿を案内してくれないか」
「このお嬢さんは元気過ぎてかなわん」
渡りに船とガトルはフィリカをアリシアに押し付けて逃げるように店を飛び出した。
ガトルが案内した場所は街外れの宿だった。そこで彼は生活しているという。
この日はあいにく部屋が一つしか空いておらず、女性二人はその部屋でシオンはガトルの所で一夜を過ごすことになった。
夜も更けてシオンは眠りに着こうとしたが、彼のいびきで妨害されてたまらず部屋を出る羽目となる。
手を伸ばせば届かんばかりの満天の星空で、草原を吹く風は冷たく心地いい。
大木に背中を預けて涼んでいると草を踏む音にシオンの頬は綻んだ。振り向かずとも分かる想い人の足音。
「よお」
「隣に座っていい?」
頷くと、風に靡く髪を押さえてアリシアはすぐ傍に腰掛けた。
「いろいろとすまなかったな」
「いろいろって?」
「全部言わせる気か?」
察しろよ、と憮然としたシオンが呟くとアリシアは首を傾げる。
「だから初恋の相手も忘れるんだぞ」
「覚えているわ。名前は忘れたけど……」
大きく溜息をつかれてアリシアはむきになった。
「また会えば思い出すもの」
「髪の色は? 顔立ちは?」
まるで尋問だと彼女は眉をひそめる。ここ最近、シオンが苛立っている理由が自分にあると気付いていないアリシアは必死に当時を思い起こした。
「髪と瞳は黒だったわ。大人びていたけど笑うと子どもっぽくて……」
次第にあの日の光景がありありと目に浮かんで明確になってくる少年像だが、今一つ決め手がなくぼんやりとしたものとなる。
「スカートを破って包帯代わりにした。違うか?」
「どうして知っているの!?」
業を煮やしたシオンの一言に弾かれたようにアリシアがこちらを見た。この話はフィリカにもしていない当人達だけのエピソードを彼が知っていた事実に愕然とする。
そして、漆黒の髪と瞳を持つこの剣士と少年がぴたりと重なりアリシアはしばらく言葉が出なかった。
「やっと思い出したようだな」
「あなたがあのときの……」
「俺の初恋もお前だ、アリシア」
シオンは彼女の肩を抱き寄せて唇を重ねた。
突然の口づけにひどく動揺しているアリシアは全身の力が抜けていくのを感じた。