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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season6 ― 氷の輪郭 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜Season6 ― 氷の輪郭 ―
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第7章 境界の光 ― 再訪 ―

信じるという行為は、

ときに境界線を越える。

夜が明けきらないオフィス。


昨夜の雨の名残りが、窓ガラスを静かに濡らしていた。


青葉(あおば)(みお)は、いつもより早く出社していた。


パソコンを起動しながら、

指先に残る微かな震えを、コーヒーの熱でごまかす。


 “泣くなんて、らしくない”


そう思っても、頬に残る痛みがその夜を思い出させる。


そこへ、静かな足音が近づいた。


「おはようございます。

 ――覚えてますか?

 アルカディア・インテリジェンスの不破(ふわ)恭介(きょうすけ)です。」


振り返ると、

黒いスーツに身を包んだ青年が立っていた。


その声には、どこか懐かしい落ち着きがある。


「……不破(ふわ)恭介(きょうすけ)、さん。

 ええ、覚えてるわ。随分前、一度会ったわね。」


不破(ふわ)はうなずき、

タブレットを差し出した。


「ブルームトラベルの予約システムに、

 不正アクセスがありました。

 原因調査のため、アークシステムズにも協力をお願いしたいと考えています。」


“アークシステムズ”――


その名を聞いた瞬間、

(みお)の胸の奥で何かが小さく鳴った。


わずかに息をのむ(みお)

不破(ふわ)は、その表情の変化を見逃さなかった。



◇◇◇



(みお)の小さな息づかいを感じ取りながら、不破(ふわ)は静かに言葉を続けた。


「今回の調査にあたって、私のほうからアークシステムズを推薦しました。」


「あなたが?」


「ええ。正確には、彼らの“考え方”を見てみたかったんです。」


不破(ふわ)の声は穏やかだったが、その奥には確かな確信があった。


「システムの堅牢(けんろう)さだけを求めれば、他にも候補はありました。

 でも、彼らは“完璧”を作ろうとしない。

 不完全な人間がどう扱うか――そこまで設計に組み込んでいる。」


(みお)は言葉を失い、視線を落とした。



 “完璧を作ることこそが使命”



長年そう信じてきた自分にとって、それは真逆の思想だった。


「不完全を許す設計なんて、そんな甘い考え方でセキュリティが守れると思うの?」


思わず口から出た声は、ほんの少し震えていた。


不破(ふわ)は小さく息を吐き、微笑んだ。


「思います。

 ――だって、守るべきものが“人”だから。」


息が詰まる。

冷たいはずの朝の空気が、なぜか胸の奥であたたかく(にじ)んだ。


「……そう。なら、見せてもらいましょう。

 あなたが“信じた”アークシステムズの力を。」


不破(ふわ)は静かに頷き、

その瞳の奥に、(みお)の見えない境界の光が映っていた。



◇◇◇



AM 10:00。


ブルームトラベル第3会議室。


透明なガラス壁の向こうに、アークシステムズの3人が姿を現した。


如月柊(きさらぎしゅう)凪陽翔(なぎはると)、そして如月環(きさらぎたまき)


(みお)は、わずかに息を止めた。


昨日の夜、胸の奥で(うず)いたあの痛みが、また静かに戻ってくる。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」


(なぎ)が柔らかく頭を下げる。


その隣で、(しゅう)が落ち着いた声で続けた。


「今回の件、まずはご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 ただ、我々の目的は“原因”を追及することではなく、

 “これからどう守るか”を共に考えることです。」


その声は穏やかで、冷たい会議室にやわらかい熱を帯びていた。


(みお)は視線を落とし、静かに頷いた。


「……お願いします。」


(しゅう)の言葉に、どこか胸の奥がざわめいた。


その横で(たまき)が、静かにノートパソコンを開いた。


「ブルームトラベルの予約システムは、お客様の“思い出”を預かるシステムです。

 データそのものも大切ですが、それを通して人の心を守ることが私たちの目的です。」


淡々とした口調。


けれど、その声にはどこか温度があった。


会議室の中で、唯一“ぬくもり”を持つ声。


(みお)は知らず知らずのうちに拳を握っていた。


なぜ、この女性は――

こんなに穏やかに“守る”なんて言葉を使えるのだろう。


「……思い出、ね。」


口をついて出た声は、ほんの少し震えていた。


(なぎ)が穏やかに笑い、モニターのグラフを示す。


「はい。私たちは、セキュリティとぬくもりの両立を目指しています。

 数字や監視だけでなく、“人が人を信頼できる設計”を。」


その言葉を聞いた瞬間、(みお)の視界がわずかに滲んだ。


冷たく閉ざしてきた胸の奥で、

小さな光が、ほんのひとかけら、ゆっくりと揺れた。


沈黙が流れる。


だがその沈黙は、以前のような緊張ではなかった。


まるで、誰かがそっと隣に椅子を置いたような――

そんな静けさ。


「……不破(ふわ)さん。」


(みお)が小さく名を呼ぶ。


「このプロジェクト、あなたの責任で進めていいわ。

 ――ただし、全員でやることが前提よ。」


不破(ふわ)は静かに頷き、(しゅう)と目を合わせた。


(しゅう)はわずかに微笑み、

「承知しました」と短く答えた。


ガラス越しに射し込む冬の光が、

白い会議机の上でゆらめいた。


その光は、(みお)の中に残っていた“境界”を、

少しだけ透かして照らしていた。

完璧と不完全のあいだに、

ひとすじの光が生まれた。

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