第2章 沈黙の会議室 ― 完璧という鎧 ―
完璧であることは、
人を守る盾になる。
けれど同時に、人を孤独にする鎧にもなる。
AM 8:10。
ブルームトラベル本社、ガラス張りの会議室。
朝の光がカーテン越しに差し込み、床に淡い影を落とす。
だがその空気は、夜の冷気をまだ残していた。
長い会議テーブルの端に、青葉澪が座っている。
手には白いカップ。コーヒーの香りの奥に、
カルバンクライン〈エタニティ〉の香りがわずかに混じっている。
――静寂。
成田理沙はその正面に立っていた。
肩をすぼめ、資料を胸に抱え、視線を落とす。
青葉がゆっくりと口を開く。
「報告を。」
わずか三文字。その響きに、
理沙の喉が小さく鳴った。
「……昨夜、システムに不正アクセスがありました。
外部からではなく、内部操作の痕跡が見つかっています。」
「内部?」
青葉の眉が動く。
冷たい眼差しが理沙の瞳を射抜く。
「はい。……原因はまだ特定できていませんが、
一部の権限ログが書き換えられていました。」
「つまり、“完璧なセキュリティ”が崩れたということね。」
青葉は立ち上がる。
ヒールの音が硬質な床に響く。
「理沙。あなたはこのプロジェクトの中心にいたわね。」
「……はい。」
「“完璧”に仕上がっていたはずの設計に、
どんな“例外”を許したの?」
理沙は、手のひらが汗で濡れていくのを感じた。
喉の奥から出た声は、震えていた。
「例外……というか……小さな修正です。
スケジュールを間に合わせるために、
いくつかのチェック工程を省きました……。」
「省いた?」
青葉の声は低く、静かに落ちた。
「――それが“完璧”だと、あなたは思ったの?」
理沙の目から、わずかに涙がこぼれた。
「……青葉さんに、認めてほしかったんです。」
その瞬間、青葉の表情がわずかに揺れた。
けれどすぐに、鋭く目を細める。
「感情で動く者に、システムは守れない。」
その言葉が、会議室の空気をさらに凍らせた。
青葉は資料を閉じ、
背筋を伸ばして外を見た。
「……アークシステムズを呼びなさい。
この案件、外部の目で洗う必要があるわ。」
成田は顔を上げた。
その目には、恐れと同時に、安堵のような光がわずかに宿っていた。
――外の風が、
閉ざされた世界に、吹き込もうとしていた。
「感情で動く者に、システムは守れない」
その言葉は、誰のための正しさだったのだろう。




