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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season6 ― 氷の輪郭 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜Season6 ― 氷の輪郭 ―
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第3章 氷の会議室 ― 2つの理想 ―

同じ“信頼”という言葉でも、

その形は、人によって違う。


ブルームトラベル本社、特別会議室。


壁一面のガラス窓の向こうでは、午前の陽光が街をまぶしく照らしていた。


だが室内の空気は、陽光とは裏腹に冷たい。


青葉(あおば)澪(みお)がテーブルの中央に座り、その隣には成田(なりた)理沙(りさ)が資料を抱えて立っていた。


向かい側には、アークシステムズの3人――


如月(きさらぎ)柊(しゅう)、凪(なぎ)陽翔(はると)、そして環(たまき)。


「はじめまして、アークシステムズの如月(きさらぎ)です。」


柊(しゅう)が穏やかな声で頭を下げる。


凪(なぎ)も軽く会釈し、環(たまき)は緊張した面持ちで席に着いた。


澪(みお)は短くうなずき、すぐに資料に視線を落とした。


「あなた方の再設計案、拝見しました。

 ……“柔軟性”という言葉が何度も出てきますね。」


「ええ。」


柊(しゅう)は微笑んだまま答える。


「完璧さよりも、人が使う現場で動けるシステムを目指しています。」


「現場? そんな曖昧な言葉で説明されても困るわ。」


澪(みお)の声は硬質だった。


「私たちは“信頼”を売っている会社です。

 曖昧(あいまい)な設計では、顧客の信用を守れません。」


「たしかに。」


柊(しゅう)は静かに頷いた。


「でも、想定外のことが起きたとき、“完璧な仕組み”は逆に人を追い詰めることがあります。」


「……どういう意味かしら?」


凪(なぎ)がすっと前に出た。


「人は間違えます。だから、間違いに気づける道を作る。

 僕らの“柔軟性”は、失敗を許す仕組みです。」


澪(みお)の眉がわずかに動く。


「失敗を“許す”? そんな理想論で企業は動かないわ。」


その瞬間、会議室の空気が凍りついた。


環(たまき)は息を呑(の)む。

心臓の鼓動が、やけに大きく響いていた。


柊(しゅう)が静かに口を開く。


「青葉(あおば)さん。

 完璧を求めるのは美しいことです。

 でも、人が作る以上、そこには“感情”があります。

 だから、私たちは“完全に守る”より、“立ち直れる”設計を選びます。」


「……立ち直れる?」


「はい。壊れない仕組みよりも、壊れても再生できる仕組み。

 それが、アークシステムズの考える“信頼”です。」


澪(みお)は何も言わず、資料を閉じた。


ヒールの音が、静まり返った室内に響く。


「……面白い発想ね。」


短く言って、ガラスの外を見つめる。


「けれど、理想は現実を守ってはくれないわ。」


そう言い残して、会議室を出ていった。


静寂。


誰も言葉を発せなかった。


凪(なぎ)が小さく息を吐く。


「氷の人、ですね……」


柊(しゅう)は苦笑しながら首を振った。


「いや、あの人は氷じゃない。……自分を凍らせてるだけだ。」


環(たまき)は膝の上で手を握りしめながら、青葉(あおば)澪(みお)の残り香を感じていた。


カルバンクライン〈エタニティ〉。


冷たいのに、どこか切ない香り。


――この人も、きっと誰かを守るために、完璧でいようとしている。



◇◇◇



会議が終わると、環(たまき)は立ち上がったまま動けなかった。


背中の奥に、まだ青葉(あおば)澪(みお)の声が残っている。


「感情で動く者に、システムは守れない。」


それは、ずっと昔――母・ゆりの叱責と同じ響きをしていた。

息が詰まり、指先が冷たくなる。


「環(たまき)。」


低くやさしい声。


柊(しゅう)が近づき、そっと肩に手を置いた。


その掌の温度が、氷のような震えをゆっくり溶かしていく。


「大丈夫だ。もう終わった。」


環(たまき)はかすかに頷く。


「……はい。少しだけ、昔を思い出してしまって。」


柊(しゅう)は何も言わず、静かに環(たまき)の肩を抱き寄せた。


凪(なぎ)が少し離れた場所で、気をつかうように言う。


「今日の会議、ほんと緊張しましたね……あの人、怖いです。」


柊(しゅう)が小さく笑う。


「そうだな。でも、怖い人ほど、心の奥に何か抱えてる。」


環(たまき)はまだ震える手を胸の前で合わせ、青葉(あおば)澪(みお)の残り香――〈エタニティ〉を思い出していた。


冷たいのに、どこか哀しい香り。


その香りの向こうに、青葉(あおば)澪(みお)の孤独が見える気がした。

氷のように冷たい理想と、

人の温度を信じる理想。

交わらないはずの2つが、

すでに同じ場所を見つめていた。

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