第87話 天然と養殖
エルザ達がグラントフローレンス号を、明け渡してから一週間が過ぎていた。グラントフローレンス号の整備も終わり、後はアイリスに引き渡すのを待っている状態になった。
アイリスは明日帰ってきて色々と手続きをこなし、明後日には船を受け取る予定になっていた。
「うーん……」
カルロスが出先から戻ってきて、何かを悩んでいるような顔をしていた。
「(どうしたんだろ? もうすぐ今日の業務は終わるのに書類にまた追われてるのかな……)」
心配そうにカルロスを見つめるリック。ゆっくりと顔をあげたカルロスが、みんなの顔を見て声をかける。
「お前さん達…… みんな! ちょっと良いかな。帰る前に申し訳ないが話がある」
「なんだい!? ほら、みんな行くよ!」
メリッサが返事をして全員をカルロスの元へと促す。帰宅前でソワソワしていた空気が、少しだけ引き締められた。カルロスの机の前に四人が並び、メリッサすぐに口を開く。
「なんか任務かい?」
「そうだ。任務は明日からになるが朝一で対応してもらいたいので今日伝えるよ。勇者アイリスの船の任務でもう一つ追加があった」
船について追加任務と聞いてリックは首をかしげる。グラントフローレンス号は整備も完了し、ルプアナの港でアイリスに引き渡すになっているはずなのだ。何かトラブルがあったのかとリックは不安になっていく。
「追加って一体なにをすんだい?」
「あぁ。初戦闘儀式の準備だよ」
「初戦闘儀式の準備って!? クラーケンかい?」
「おっ! メリッサ察しがいいね。そうクラーケンだよ」
「でも、あれは海軍の役割だろう。あたしらに何をしろってんだい」
メリッサとカルロスの会話にリックは、ついていけずに頭が混乱し思わずたずねる。
「すいません、隊長!? 俺達は一体何を!?」
「あぁごめん、今から詳しく説明させてもらうけど……」
事情を知らないリックにカルロスが話を始めた。メリッサとの会話に出て来た、初戦闘儀式とは伝説の勇者アレックスの船での、初めての戦闘を再現する儀式となっている。アレックスがルプアナを訪れた際には港で、海の巨大な魔物クラーケンが暴れており、船が出せずに町の人が困っていた。町の人のためにアレックスは港で暴れるクラーケンを倒した。
アレックスは謝礼に船をもらい大海原へと旅立っていった。王国の勇者はアレックスの足跡をたどるため、ルプアナで船に乗ってクラーケンと戦わないといけない。だが、そう都合よくクラーケンが港で暴れてくれる訳ではないので、儀式があるたびに海軍が生息域に船をだして罠や魔法とかで捕獲して準備する。初戦闘儀式とはいうが、本格的な戦闘を行う緊張感のある儀式で、初戦闘儀式をクリアできずに命を落とすものさえいるのだ。まぁ、ルプアナの町としては人を呼べる興行みたいな意味合いもあるのだが……
「クラーケンの捕獲担当の海軍から連絡があってね。今年は暑いせいかクラーケンが王国の領海にあまりいなくて、捕獲がうまくいかないんだってさ」
「それであたしらは何をするんだい? 今から船を出して海軍の手伝いをしても間に合わないよ!?」
「あぁ。わかってるよ。海軍は引き続きクラーケンの捕獲に全力をつくす。僕たちの任務はルプアナの町長からの依頼のあった、養殖クラーケンを生きたまま明日移送することだよ」
「よっ養殖って?! 良いんですか? 養殖で!? アイリスはS1級勇者じゃないですか? 天然じゃないと格式が……」
「イーノフ。格式はわかるがもう時間がないんだよ。とにかく明日。我々は養殖クラーケンを生きたままルプアナに移送する」
任務の内容は理解できたリックだったが、一つだけ理解できないことがあった。
「(養殖クラーケンってなんだ…… メリッサさんたちは普通に話してるけど…… 俺だけが知らないのか……)」
そっと手をあげたリックはカルロスに質問をする。
「すいません。あの任務内容はわかったんですが、養殖クラーケンというのは一体!?」
「そうか。リック。お前さんは山間の村出身だったな。養殖クラーケンは人間が卵から育てたクラーケンのことだよ」
「あっ! 儀式用にクラーケンを育ててるってことですか?」
全員が驚いた顔で視線がリックに向かいく。リックは何とも言えない気まずさを覚える。
「リック知らないんですか? 養殖クラーケンさんは食用に飼育されているクラーケンさんですよ! しかも、美味しいんですよ! ジュル!」
「えっ? 魔物を食用にしてるの? ウソでしょ!?」
「何を言ってんだい! あんたも食べたことあるよ! うちの店の海鮮スープに入ってたろ?」
「そうですよ。私が作ったイカのパスタのイカも養殖クラーケンさんですよ!?」
「そうなんだ?! どうしようよう!?」
リックは慌てた様子で、自分の体を見てから、考えこんでいる。知らない間に魔物を、食べてしまったことに動揺するリックだった。魔物を食料とするのは、グラント王国内でも地域差があり、リックが生まれ育ったマッケ村では、魔物を食べる習慣はないので動揺するのは無理もないことだ。黙って考えてるとメリッサが、呆れて顔でリックの肩を軽く叩く。
「あんた! 何をいまさら気にしてんの!? もう食べてから何日経ってると思ってんだい? みんな食べてるし平気だよ!」
「そうですよ。私がリックに変な物を食べさせると思ってるんですか!?」
「ソフィアの言う通りだよ。ったく…… 男のくせに細かいね」
リックの肩にソフィアが手をかけてきて涙目になる。
「リック…… 私のこと疑ってますか?」
「違うよ。ごめんね、ちょっとビックリしただけでソフィアのことは信じてるよ」
「じゃあ頭を撫でてください!」
「えっ? 今!?」
悲しそうな顔して、ソフィアが大きく頷く。軽くソフィアの頭を撫でる目をつむり、嬉しそうにしてリックの胸に頭をつけてくる。
「「「ゴホゴホ」」」
わざとらしい咳払いが三つ同時に起こる。リックは撫でるのをやめ、ソフィアの肩に手を置いて彼女の頭をやさしくはなすと、もっともっととソフィアが目で訴えて来る。リックはまた撫でようと手を……
「暑いね…… 後、今日は僕さ。新しい本を買って帰りたいから早くしてくれる?」
「あたしも、ナオミに頼まれた用事があるんだよ。早くしてくれるかい?」
メリッサとイーノフのきつい視線がリックに向けられた。リックはソフィアの頭から手を遠ざける。
「離れちゃいました……」
「また後でね」
悲しいそうな声を出すソフィアに、リックは彼女の耳元で後でとささやく。納得して笑ってソフィアは素直に頭をひっこめた。ジトっとした視線を感じらリックは慌てて話を聞こうと前を向く。リカルロスは冷たい目でリックとソフィアを見つめていた。
「あれ!? お前さん、終わらしたのかい? 僕は別にゆっくりでよかったのに…… なんせ最近さ、カミさんに早く帰ると邪魔みたいな顔をされるからね」
「そっそんなさみしいこと言わないでくださいよ」
「いいな? お前さん達みたいな時間は今だけだからな!」
今だけに妙に力を込めるカルロス。リックは自分達とカルロス夫婦は違うのに、力強く宣言するカルロスに反感を持つのだった。
「隊長。もうあんたの気持ちはわかったからさ。あたしたちはもう帰っていいかい?」
「おぉそうか。ごめん。もう今日は帰って大丈夫だよ。じゃあみんな移送は明日の朝、漁師の村ザパパンに行ってくれ!」
カルロスの言葉でリック達の今日の勤務は終わった。
リックとソフィアは寮へ帰るために詰め所を出た。詰め所から出てすぐにソフィアが嬉しそうにリックの隣に並ぶ。
「今日は私が料理当番ですね。何か食べたいのものありますか?」
「いつもありがとうね。ソフィアの料理はどれも美味しいからな。悩むな」
「うれしいです。じゃあ市場に行って二人で考えましょう」
二人は市場に向かう。詰め所から裏の通りに出て、左に曲がってまっすぐ進むと、大きな広場ある。そこは朝と夕方は市場となっていてところせましと商品が並んでいた。
「あっ! そうだ! ちょっと確かめてみよう」
リックは市場に来ると魚屋へと向かった。魚屋には魔法で作られた氷と魚介類が、つめられた箱がいくつも並んでいる。箱の上には商品名と値段が書かれた札が置かれている。リックは一つ一つ確かめるように箱を見ていく。
「あっ!? ほんとだ!? 確かに売ってる……」
クラーケンと書かれた札の置かれた箱を見たリックがつぶやく。黒いエプロンを付けた、褐色肌の中年男性が、箱を見つめるリックに声をかける。
「へいらっしゃい! どうだいお兄ちゃん? うまそうだろ」
威勢よく店主の中年男性がリックに声をかけ、彼はクラーケンの箱を指さした。透明な氷の中に入られた、イカの大きな胴体の切り身と長い足がある。
「ゲソと十センチ。胴体は五センチからだよ」
威勢よくリックに声をかける男性、どうやら注文した分の長さを切って売ってくれるようだ。
「リック何を見てるんですか? あっ! それは!?」
ソフィアがクラーケンを見ているリックに声をかけてきた。リックは少し恥ずかしそうにソフィアに口を開く。
「あのソフィア…… 今日これでパスタを作ってくれないかな?」
「それ養殖クラーケンさんですよ? リック平気ですか」
「うん。もう大丈夫だよ。それにさっきはごめんね。俺、ソフィアがせっかく作ってくれのに……」
「もう仲直りしましたからいいですよ。わかりました。リックのためにクラーケンさんで料理しますね」
優しく微笑んでうなずいた、ソフィアはすぐに店主に声をかける。
「すみまんせん。クラーケンさんをください。ゲソと胴体で十センチずつです」
「毎度あり!」
買い物が終わり二人で寮へと帰る。ソフィアの買い物袋を持ったリック、彼女は玄関のカギをあけ扉をあけた。二人が協力して家の中に入る。リックとソフィアの二人は勤務が終わって緊張から解放され嬉しそうにニコニコ笑っている。
「ただいまー! ふぅ。ソフィア。今日もお疲れ様」
「ただいまです。リックもお疲れ様です」
二人で誰もいない家にただいまと挨拶する。二人ぐらしなのでもちろん誰からも返事はない……
「お帰り! というか…… 私もただいまーでいいかしらね!? それにしても二人とも! 遅いじゃない! もう!」
背後から声がした。子供の頃からリックはこの何度も聞いていた。
「はぁ…… ほんとに二人で一緒に住んでるのね。ありえない! 最低!」
振り向いたリック達の目に飛び込んできたのはアイリスだった。彼は肘を曲げて腰に手を置き、少し前かがみで二人をみている。
「アイリス! どうして? ここに!?」
「えっ!? リックに会いに来たに決まってるじゃん」
「会いに来るのは良いけど…… いきなり家に直接会いに来るなよ」
「何よ!!!」
口をとがらせ腕を組んだアイリスはそっぽを向く。だが、会いに来るのは良いといわれのがうれしかったのか、アイリスの顔は赤く目は少しだけ垂れて笑っていた。




