第86話 まずは船を返してもらおう
「はーい。リック行きましょう」
「えぇ。来たばかりなのに」
「ほらほら行きますよ」
渋るリックの背中をソフィアが押してカルロスの席まで連れて行く。詰め所の扉を開けリックとソフィアが、出勤してくるとすぐにカルロスが二人を呼びつけたのだ。
カルロスは自分の前に二人が並ぶと、次の任務の説明を始める。
「昨日の会議でS1級勇者アイリスに船の譲渡が決まってな」
「船!? ついにアイリスも船をもつ勇者に…… でも、そうなると別大陸にあいつが…… なんか王国の評判的には不安しかないですけど」
「まぁそういうな! 彼女…… いや、彼…… いや、彼女…… アイリスの才能は確かなはずだ。でもね…… その船で少し問題があってな」
「問題って?」
「それがね……」
リックの幼馴染で勇者のアイリスが、別大陸への渡航可能レベルに到達し、船を王様から譲ってもらえることになった。グラント王国の最高位の、S1級勇者であるアイリスには、王族専用の船、グラントフローレンス号が貸し出されることになっている。グラントフローレンス号は、現在、王国最大の港町であるルプアナという町に係留されている。勇者に譲渡する準備のために、ルプアナの町の防衛隊が船に入ろうとしたところ……
「ビーエルナイツ達がグラントフローレンス号を管理してて中に入れさせてくれないんだってさ」
「えぇ!? でも、勇者のためなら提供するのが王国の決まりでは!?」
「それがねぇ。船に入れさせないのは王女様アナスタシア様の命令らしくてね。さすがに王族所有の船でアナスタシア様の命令となると我々だけで判断できん。アナスタシア様には確認してるんだけどなかなか返事をくれなくてな……」
困った顔でカルロスは書類を見つめる。リックは彼の前で、納得したような顔をして小さくうなずく。本物のアナスタシアであるエルザは、ビーエルナイツを率いて北のスノーウォール砦にいるのだ。今、王都にいるのは王女アナスタシアは影武者のリーナで、彼女の意思では勝手に船を貸せないため、王都から北部スノーウォール砦に連絡を取り、エルザの意思を確認しているため時間がかかっているのだろう。
事情を把握したリックは、カルロスに別の船を貸せないか確認する。
「あの!? 別の船とかはダメなんですか?」
「S1級勇者に渡せる船はグラントフローレンス号か、もしくは同等の船と決まっているんだ。S1級の勇者なんかめったに出ないからなグラントフローレンス号と同等の船なんかないよ。だからもし返却不可能となった場合はアイリスが普通の船を希望しないかぎり同等の別の船を造船して用意することになる。そうなればここで半年以上アイリスの旅を止めないといけなくなる」
「そうなったら船が用意できるまでアイリスがずっと王都に居ることになりますね」
ソフィアが心配そうにリックの顔を見た。S1級の才能を持つ勇者アイリスは国の宝で、最上級の船しか使わせられない事情がある。リックは段々と顔が青ざめていく。
「(もし船が返らないと半年以上あいつが王都に…… ダメだ! そんなの! めんどくさ…… いや…… 旅を止めるのはアイリスがかわいそうだからな。こうなったら……)」
体を前に乗り出しリックは、両手をカルロスの机につき詰め寄る。
「ビーエルナイツを強制排除しましょう!」
「そりゃあ我々が女性騎士の強制排除もできるが、船が傷ついたりすることは避けたいしな。それに騎士とはいえ相手はほとんど女性だぞ。なるべく穏便に済ませたいじゃないか」
「はぁ…… それじゃあどうしようもないじゃないですか」
「だから昨日の会議でビーエルナイツの団長エルザさんに、アナスタシア様を説得して命令を解いてもらえないかと意見がでてね」
「エルザさんにですか」
「うん。エルザさんは貴族の令嬢で姫様とも親しいからな。でもね…… 彼女達は新設の騎士団組織だろ? エルザさんと直接話したことあるのが防衛隊の中では私達だけみたいなんだよ。だから第四防衛隊でエルザさんに接触して欲しいって依頼が来てね」
カルロスの話を黙って聞くリック。彼はエルザが本当のアナスタシアを、知ってるのでカルロスから聞かされる依頼に、違和感を覚える。
「二人は任務で一緒になって女性騎士団のエルザ団長とは友人だろ。どうだい? ちょっとやってもらっていいかな?」
ソフィアがリックの顔を見た。彼は視線を上に向け少し考える。
「(面倒だけど俺達が行った方がいいよな。エルザさんがアナスタシアだって知ってるのはソフィアと俺だけだし)」
事情を知る自分達が、直接エルザに依頼すれば、簡単にすむとリックは考えた。リックは隣で自分を見つめるソフィアに声をかける。
「わかりました。やります。ソフィア行こうか」
「はい」
「おぉ! じゃあすぐに向かってくれ」
リックとソフィアはエルザに会いにスノーウォール砦に向かうのだった。
「それじゃ。お前さん達よろしくな!」
「わかりました。いってきます」
「いってきまーす」
詰め所を出たリックとソフィアは、ポケットからテレポートボールを出して握る。
「じゃあ先に行くね」
「ふぇぇ…… やっぱり私が先に行きます。すぐに来てください」
「わかったよ」
ソフィアはリックが先に行くのを嫌がった。ソフィアはテレポートボールで先にスノーウォール砦へと向かい、彼女を見送ったリックも続くのだった。
「スノーウォール砦」
リックがテレポートボールを握って、行き先を告げると、白い光に包まれて目の前が真っ白になった。光が晴れるとそこは雪に覆われた森の出口で、森を抜けた先の少し高い山の上にスノーウォール砦が見える。
「リック来ました。行きますよ」
「わっ!? ソフィア。わかったよ。一緒に行くからそんなに手を引っ張らないでよ。危ないよ」
リックが来てうれしいのか、笑顔でソフィアが彼の手をひぱって、スノーウォール砦へ連れて行く。だが、強く引っ張ると雪で足元が滑って危険なのでリックは彼女に注意するだった。
ソフィアに手を引かれてリックはスノーウォール砦へとやってきた。スノーウォール砦はオークとの争いの際に建てられて砦で、現在はエルザさんが作った女性騎士団であるビーエルナイツが常駐していた。周辺のオークの残党狩りも完了し、金の採掘も順調で、ビーエルナイツは王国内での、勢力を拡大しつつあった。
「うん!? なんだ。あれ……」
リックが砦の城壁を見て首をかしげ指をさした。以前は石造りの灰色をした、冷たい空気がどことなく漂う砦だったはずなのに…… 今は壁がほんのりとピンク色に塗装され、しかも城壁に巨大な絵が描かれていた。
絵は肌が白く青い鎧を着た金髪のかっこいいさわやかな青年と、赤い髪の目つきが鋭く黒い鎧を着た少し悪そうな雰囲気の青年だ。
「あれは聖剣エックスの絵ですね。こっちは魔剣ブラディですね」
城壁に描かれた絵を見ながらソフィアが答える。彼女はこの描かれた人物を知っているようだ。
「ソフィア知ってるの?」
「はい。一時期王都で流行った小説の登場人物の絵ですね。確かタイトルは…… そう! 聖魔騎士大戦です。それの主人公でライバルの二人ですよ」
ソフィアによると聖魔大戦は、聖剣と魔剣から生まれた二人の英雄が、宿命のライバルとして戦う戦記小説ということだ。戦で対峙する二人は、立場を超えて徐々に心を通わせていくが、最後には過酷な運命が待ち受けるという内容らしい。リックはソフィアの話を聞いて小さくうなずく。
「全然知らないや」
「まぁ。流行ったのは女子の間だけですからね。それに私が子供の頃のことですから結構前ですよ。一部の女子にはいまだにカリスマ的な人気があるみたいですけど……」
「ふーん。でも、なんで!? 砦の城壁にでかでかとその小説の絵が……」
リックは首をまたかしげてまじまじと見つめる。ソフィアの話によると描かれている二人は、敵対関係にあるようだが、絵は互いの頬に手をあて顔も近いし、とても戦うライバルには見えなかった。
「ほら! リック行きますよ」
「わっ!? わかったから引っ張らないで」
「ふふふ」
絵を見つめていたリックは、ソフィアに引っ張られて、砦の中へと連れて行かれるのだった。砦についた二人は門番で立っていた女性騎士達に、エルザに会わせてもらえないかの確認した。二人はすんなりとエルザに会えることになったのだが……
「はぁ。なにあれ……」
「ちげーよ」
「そうよねぇ……」
先導する女性騎士二人が、後ろを見て小声でつぶやいている。二人の視線はリックとソフィアがつなぐ手に向けられている。彼らはリックとソフィアが手をつないでのるが不満なようだ。リック達は女性騎士の声や視線に気づかず謁見の間まで通されるのだった。
「おぉ! リック。よく来てくれたな」
謁見の間の前でやってきた、リック達にロバートが右手をあげ挨拶する。
「おはようございます。ロバートさん」
「おはようございますです!」
二人が返事するとロバートは嬉しそうに笑った。騎士団の副団長のロバートは、スノーウォール砦に滞在している。表向きはジックザイルから、エルザを監視するために派遣されていることになっていた。
「ご苦労だったな。後は任せてくれ」
「「はっ!」」
女性騎士から案内を引き継いだロバートが謁見の間の扉を開けた。開いた扉の中を見たリック達が驚いた顔をした。ロバートは、二人の表情を見て、気まずそうにするのだった。
「狭くてすまんな。エルザ達が片付けなくて……」
「絵や本がぎっしりです」
ロバートは困った顔をしながら謁見の間の壁をさしている。謁見の間の壁には、さっきの聖魔騎士大戦の主人公たちの絵が、何枚も飾られて、壁には低い本棚が何個もあってぎっしりと本がつまっていた。
「エルザ! お客様だぞ! エルザ!」
「あぁ…… ちょっと待ってよ。いいんところなんだから! やっぱり…… 運命には逆らえない二人…… 素敵! はぁ!」
玉座に座り、本を読んでいたエルザが、めんどくさそうに顔を上げ、リック達の姿を見て嬉しそうに笑う。
「あら!? リックとソフィアさん。いらっしゃい! どう? スノーウォール砦も随分と綺麗になりましたでしょ?」
「はぁ…… 綺麗というか…… なんかすごいですね。それに城壁の絵は一体!?」
「気付いた? 素敵でしょう? あれでみんなの士気をあげますのよ。だってあの絵を守るために私たちは必死に…… ふひひひひひひ!」
リックはエルザに話を聞いたことを後悔した。目じりの下げたエルザは何かを妄想し気持ち悪く笑っている。リックは戻れるなら昔の自分に王女に憧れるのはやめろと教えてやることにした。彼はこのままエルザを喋らせておくと、話が長くなると判断し、即座に本題に入ることにした。
「あのエルザさん達が借りてる船。グラントフローレンス号を返してもらいたんですよ」
「船…… なんのことかしら!?」
「エルザ。とぼけるな。ビーエルナイツがこの砦に入ってすぐに王様から船を借りただろ。なんせ私が借りる手続きをしたんだからな!」
「もう! ロバートったら…… はいはい、確かに私たちが借りてるますわよ。ここの倉庫の改良ができるまで後少しの間だけですから。よろしいでしょう?」
「あれ?! まだ連絡がきてないんですね!? それが…… S1級勇者のアイリスが船を使うので返してほしいんですよ。すぐに!」
「すぐに!? 無理よ。すぐに返せないわ。ダメダメ! あそこには乙女の秘密の荷物がたくさん……」
首を大きく横に振るエルザだった。エルザ達はグラントフローレンス号を倉庫代わりにしていたようだ。リックはエルザが発した、乙女の秘密なる不審な言葉が気にかかったが、今はそれどころではないので話を続ける。
「大丈夫ですよ。船の荷物はどこかに保管しますから。それに勇者のサポートが優先になりますからね。時間もないからいつ強制的に回収になっても知りませんよ?」
「どこかに保管ですって!? それに強制って!? ダメ! 荷物が人の目に触れてご覧なさい。そんなことしたら王家の歴史に残る最大の事件になりますわよ!!!」
「いや。俺にそんなこと言われても……」
「リック。どうしましょうか?」
頑なに船を返そうとしないエルザ。リックとソフィアが困っていると、ロバートがエルザに少し不機嫌に話しかける。
「あきらめなさい。もとはと言えば、船を借りなきゃいけなくなったのはエルザが倉庫の改良の費用を先に城壁の絵に使ったからじゃないか。早く明け渡しなさい」
「うるさいですわよ。ロバート! どうしよう? まさか船がこんなにすぐに使われるとは思わなかっですし…… どこかに空いてる部屋とかないかしら!?」
「空いてる部屋…… あっ! なら荷物を私のお家に保管してください。お部屋がたくさん空いてますし」
「えっ!? ソフィア!? 確かにソフィアの家は大きいし部屋は空いてるけど……」
ソフィアの家は家族が亡くなってから、第四防衛隊の寮として使用されている。部屋は四つあるが現在はリックとソフィアしか住んでいないため二つ空いている。
「ほらエルザ。せっかくソフィアさんが言ってくれてんだ。とりあえず部屋を借りよう」
「ありがとう! ソフィアさん。助かったわ。でも…… いい? リック! 三日後にシェリル達と一緒に船を片付けに行くから、それまでぜーーーったいに船に入っちゃダメだからね」
「わかりました。隊長に伝えておきます」
ソフィアとリックは笑顔でうなずいた。グラントフローレンス号の、返却の目途がたったので、二人は詰め所に戻るのだった。
三日後…… エルザとビーエルナイツは船を片付け、荷物をもって王都のソフィアの家へとやってきた。玄関にまでソフィアが迎えに行き、笑顔で箱を抱えながら、入ってきたエルザ達にリックは家の広間で挨拶をする。
「こんにちはエルザさん」
「なんで? リックがいるのよ?」
リックを見たエルザが、目を見開いて驚いている。リックはエルザに答える。
「ここは第四防衛隊の寮ですよ」
「えっ!? 寮? じゃあまさかソフィアと一緒に住んでるの!?」
「はい! 二人で一緒に住んでますよ」
「「「「「「ありえねぇ!」」」」」」」」
エルザとビーエルナイツから一斉にありえねぇと言われるリックだった。しかも、なぜか一緒に荷物を運んでるロバートまで、少し彼を見る目がきつくなっていた。
「でも、どうしよう!? リックがいるなんて聞いてないし…… 見られたら、ちょっと私も恥ずかしいし……」
荷物をもって、エルザがなんかもじもじし始めた。リックは嬉しそうに笑った。
「大丈夫ですよ。俺はエルザさんの荷物に興味なんかないから平気ですよ」
「ちょっと! なんですの!? あなたは私にあこがれて騎士になりたいんでしょ!?」
「ちっ違いますよ。俺があこがれたのは厳密にはリーナさんです」
「まぁ?! この裏切り者!」
裏切り者と言われたリックは思わず言い返しそうになるが我慢した。本来なら裏切り者と言いたいのは、エルザに会ってから憧れのアナスタシア様のイメージがどんどん崩れている自分の方だと。まぁ、リックは勝手にアナスタシアに、清楚なイメージを持って憧れただけなので自業自得ではあるが……
「じゃあソフィア。リックを見張っててね。いい? 絶対に荷物の中をみたらだめよ。見たら呪われるからね」
「だから見ませんって!」
「はい。任せください。リックをしっかり監視します」
なんか嬉しそうだし、やる気になったソフィアだった。リックは彼女の様子に首をかしげるのだった。エルザ達は荷物を運び終わると、スノーウォール砦に戻っていった。荷物は倉庫の修理が終わるまで、約一ヵ月ほど預かる予定になっている。
「いやあ…… 多いな。エルザさん達の荷物は空いてる部屋では収まり切れず。俺の部屋も荷物に明け渡すことになっちゃったよ」
箱で埋まった自分の部屋を見渡しながらリックはつぶやく。
「さて今日からしばらくは広間で寝るかな…… 俺のベッドも広間にもって来るか」
振り返りテーブルの置かれた広間を見ながら考えるリック。ちなみに広間にも少しだけ荷物が置かれている。
「わっ!?」
急にソフィアがリックに抱き着いてきてすごい嬉しそうにほほ笑む。リックはなぜソフィアがうれしいのかわからず首をかしげる。
「これでしばらくはリックと一緒に寝れますね。リックのお部屋なくなっちゃいましたから私のお部屋使うしかないですもんね」
「えっ!? ちょっと待ってよ! 一緒って? いやいや!」
一緒に寝れると言われ、首を大きく横に振るリックだった。
「いや、俺はしばらくこの広間で寝るから」
「ダメです! 一緒です! ふぇぇぇぇぇん!」
「そんな…… 泣かないでよ!」
リックが拒否してソフィアが泣く。だが、リックはしばらくソフィアと一緒に寝ることになる。なぜなら寮の部屋は内側からしか鍵がかからず、ソフィアは夜中に自室から抜け出して勝手に彼の横で寝ることになるからだ。




