第68話 寒空の手紙
早く帰ってきてくださいね。一人お部屋でいるのはさみしいです…… リックのことずっと待ってます。ソフィアより。目を落としていた手紙から顔を上げたリック、雪景色に彩られた平原が彼の視界に映っている。
「二日だけなんだけどな…… まぁいいや。うわぁ。寒いな……」
リックに冷たい冬の風が吹く。ここはグラント王国北の国境近くにあるスノーウォール砦、彼は任務で出張に来て昼休憩中だ。雪山に建てられたスノーウォール砦の城壁にある櫓で、リックは綺麗な文字で書かれたソフィアからの手紙を読んでいた。王都を離れて出張に来ていた彼に、さみしがり屋の相棒のソフィアが手紙をくれたという微笑ましい話になるのか……
リックの出張期間はわずか二日だけで手紙を出したとしても、出張期間中に出しても届かない、なのでお昼前にテレポートボールで彼女自身が手紙を届けに来た。さらにはリックにその場で読んでもない手紙に、返事をかけって言われ彼はなんとか返事をソフィアに渡したのだ。
一応リックは急に言われても書けないと断ったのだが、もちろんその返答はソフィアの涙だった。
「はぁぁ…… でも、手紙を渡したらソフィアがすごい嬉しそうだだったからいいか……」
ソフィアの笑顔を思い出して微笑むリックだった。彼はそろそろ交代の時間が、迫っているので手紙をしまって戻ろうとした。
「あれ!? まだ……」
リックは読み終わったはずの手紙に、追伸の文字があるのに気づいた。両手で手紙を持って追伸を読んでいく。
「うん!? ちょっとまて! 昨日の夜に俺のベッドの下で見つけた女性の絵は、全部捨てて代わりにソフィアの絵を置いとくって……」
手紙にはリックがベッドの下に保管していた絵を捨てたと書いてあった。リックは顔が青ざめていく。もちろん彼が買い集めた絵は青少年が、欲望を吐き出すように使ういわゆる春画というものだ。
「あの絵をソフィア見られた!? どうしよう…… すごい恥ずかしい!」
捨てられたこともショックだったが絵を見られたことが一大事だった。ちなみに彼が集めていた春画に描かれている女性は、髪の長く胸の大きいエルフという誰かに似たものばかりだったのだ。徐々にリックの中で絵を見られたことよりも、捨てられたことの方の傷が大きくなっていく。
「でも、でも…… ソフィアのバカーーー! うぅ…… ソフィアに見つからないように買い揃えるの大変だったのに…… それに代わりにソフィア絵って!? それは嬉しいけど…… でも、服をちゃんと着てる絵だろうし代わりには…… あー! 部屋にはちゃんと鍵かけて行ったのに! やっぱり王家の墓の時に銅の鍵は回収していおくべきだった」
雪原に囲まれた砦の城壁で、一人の兵士がどうでもいいつぶやきを叫んでいた。城壁から櫓へと続く梯子を上って一人の兵士が顔を出した。
「おーい。リックさん。そろそろ巡回の…… あれ!? どうしたの?! 泣いてるのかい?」
「いえ! ちょっと目にゴミが…… 大丈夫です! 何か?」
慌てて振り向くリックは目を指で拭う。彼はベッドの下の絵のことを考えて涙が出ていたようだ。
「じゃあ、午後の巡回を始めっからね」
「あっはい。いま行きます」
櫓の床に座ってるリックが体を起こす。櫓床から梯子に手をかけ、一人の中年の兵士が彼に笑顔を向けてる。この兵士はここの砦でリックと一緒に任務をしている防衛隊のゲルプだ。ゲルプは中年男性で、丸い顔で目が垂れた人の好さそう顔をしている。ホワイトガーデンという王国の北で一番大きい街の防衛隊に所属しリックと同じくスノーウォール砦へと派遣されたのだ。リックと同じでライトアーマーを装備しているが、制服の色は違って緑の色だった。
「すいませんでしたねぇ。リックさん、せっかく来てくれたのにみんな遠慮しちゃって……」
スノーウォール砦は王国の北の果てにあった砦だった。王国北部の中心であるホワイトガーデン周辺は、かつてより王国の北から侵入してくるオークの集団に悩まされていた。オークへの防壁として小高い丘にそびえたつたつ、この砦が王国の北にひろがる雪原から侵入してくるオークを防いでいたのだ。十年前にオークが内乱によって滅びると、予算削減の為に放棄され、以降は使用されたことはない。
最近になって再びオークの存在が確認できるようになり、十年ぶりに北の防壁であるスノーウォール砦の復旧が決定された。十年間使用されていなかったため、外観は汚れていたり痛んでいる場所も多く、砦を修復するため職人やホワイトガーデンの防衛隊が呼ばれ、作業に従事してる。ホワイトガーデンの防衛隊は、ここの作業と通常業務をこなし人出が足りなくなって、王都の防衛隊本部に支援要請がり、リックがやってきたのだった。
「いえ。普通は違う地域から来た人といきなり組めって言われても遠慮しますよね」
リックのここでの主な任務は、ペアを組んでの巡回と作業なのだが、彼がここにやってきてすぐにペア決める話し合いが始まった。だが、みんなリックのことを避けるために組む人間が決まらずにいた。本来ならリックは相棒のソフィア一緒に来る予定だったんだけど……
カルロスが書類をためて手が回らずソフィアが手伝わないと、来月の給料がでない事態になってしまったので、今回はソフィアは王都に残っている。ホワイトガーデン以外の近隣の村からも、防衛隊の人間が集められていたが、どうも王国の北の人たちは、王都の人間を少し嫌っているみたいでリックは避けられていた。
ゲルプはペアを組むのに苦労していたリックに話しかけてペアになってくれた。リックはゲルプに感謝していたが、彼がすぐふざけたり冗談を言ったりしてときろりカルロスのように困らしてくるのに苦労していた。
「おっ! ここもくずれてるから気を付けてくださいね! リックさん」
「あっ!? はい。ありがとうございます。ゲルプさん」
リックとゲルプは城壁を二人で歩き砦の周囲の警戒をしてる。城壁は修理途中で足場が悪く、崩れたりするところもあるので気を付けて歩かないといけない。砦のいたるところで、修理に来た職人や兵士が、ひっきりなしに木材を担いで、上り下りをしたりする姿やハンマーを叩く姿などが確認できる。また、城壁から見える周囲の雪原は綺麗な雪の白い広い空間が広がっていた。
歩く音やハンマーの音が鳴り響くなか、ゲルプが立ち止まってニヤッと笑うとリックに話かけてくる。
「ねぇリックさん。さっきの手紙を持ってきたかわいいエルフさんは恋人かい? いいなぁ」
「えっ!? こっ恋人!? ソフィアがですが? ちっ違いますよ! ソフィアは仕事の……」
「えっー!? 違うのかい?! じゃあおじさんが頑張ってあの彼女にアピールしてもらっちゃうよ!?」
ゲルプは拳を握った両手を広げ、交差させる動作と、軽く膝を曲げる動作を繰り返して笑っている。彼の言葉にリックは即座に反応する。
「ダメです!」
「はっはっは。冗談だよ。なに顔を赤くしてムキになってるだい? リックさんは?」
顔を真っ赤にするリックだった。ゲルプはニヤニヤしながら彼の様子を見ていた。
「それに残念だけど…… 僕には愛しい女房がいるからね。悪いが彼女には諦めるように言ってくれないか!?」
「はぁ……」
ゲルプはかっこつけて顎に親人と人差し指を当てて、どうだみたいな顔していた。このふざけた様子がどこかカルロスに似てリックは親しみと少しの怒りをゲルプに抱くのだった。静かにため息をついたゲルプがゆっくりと語りだす。
「ふぅ…… 愛する奥さんと僕はですねね。この砦の二週間の勤務が終わったら、僕が兵士を辞めてね。ホワイトガーデンから奥さんの田舎に引っ越すんですよ」
「そうなんですか?」
「うん、田舎でお花屋さんをやるのが奥さんの夢でね。僕も一緒にそこでお花屋さんを手伝って暮らすんですよ。いいでしょう?」
リックは同意を求められても答えられずに考えこんでしまう。二か月ほど前に兵士になったばかりで、現状に満足できている彼に、やめて次の職業につくと言ったことは想像できなかった。リックが言葉を発せずにじっと考えていると。
「へへ! まっ若い人にはわからない夢かもしれませんねぇ……」
満面の笑みでリックに向かって、少し自慢げに話しているゲルプは、幸せそうに空を見上げていた。リックはゲルプをうらやましそうに見つめていた。
「(でも、夢か…… いいな…… 俺の夢は騎士になって王女様を守ること…… はぁ…… その夢はいつになったら実現するのかなぁ。それに…… 俺の守りたい人は実は王女様じゃなくて影武者だったしな。本物はあれだし……)」
脳裏にエルザの顔がよぎって少し落ち込むリックだった。事情を知らないゲルプは急に元気がなくなったリックに首をかしげるのだった。
巡回業務が終わり日は傾いて夕方になった。砦の修理作業は続くが、リックの任務はこれで終わりだ。作業報告を砦の隊長に報告し、王都グラディアへと帰還する。砦の出口に向かうと、彼とペアを組んでいたゲルプが、見送りへにとやってきた。
「じゃあリックさん。いろいろとありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」
「こちらこそ! お世話になりました。お花屋さんうまくいくといいですね」
「ありがとうございます! 後二週間で兵士ともお別れだと思うと少し寂しいですけどね」
ゲルプに笑顔で手を振って砦を後にしたリック。笑顔でゲルプはいつまでもリックに手を振ってくれていた。
「本当にいい人だったな…… すぐ調子に乗るけど…… さぁ王都に戻ろう」
砦を出たリックはポケットから、青い小さな球テレポートボールを取り出して握った。
「グラディア西門」
白い光に包まれたリックは、王都の西門から、少し離れた街道の横に一気に転送された。一面の雪だった世界から、緑豊かな王都の平原に来ると違和感を覚えるリックだった。グラント王国は東西南北に広く、南は砂漠から北は雪山まで広大な領地を支配している。
「さぁて詰め所に帰って隊長に報告をしないとな」
西門を入ってすぐの一番大きな通りを、まっすぐ行くと真正面にみえるのは、大きな石造りの王国の旗がなびく立派な五階建ての建物。リックは立派な建物を通り過ぎ、隣にある小さな木造りで、扉に四の数字が入った平屋の詰め所へと向かう。
「あれ!? 明かりついてないし…… 扉には鍵もかかってる」
リックが扉のノブに手をかけて、開けようとしたが、鍵がかかっており誰もいないようだ。さみしいと手紙をくれたソフィアは、待っててくれると思ったのに、少し寂しい思いをするリックだった。
「しょうがない、報告書だけでも隊長の机に置いて帰ろう」
リックは鍵を取り出し、詰め所の扉を開けて中に入った。詰め所の中は四つ向かい合わせに並んだ机と、その机を見るように置かれた隊長であるカルロス机があって、奥には二段ベッドが二つと箱が置いてある。リックの机は入って一番手前に向かい合わせに置かれて机の右側だ。
「あっあれ!? 俺の机にメモが…… これはソフィアの文字だな」
リックの机の上にメモが置かれていた。メモにはさっきもらった手紙と同じで、綺麗なソフィアの文字で伝言が書いてある。
「なになに…… リックお帰りなさい。今日はみんなで”樫の木”で会食しながら打ち合わせをしますので来てください。
みんなは詰め所の裏通りにある酒場”樫の木”で打ち合わせのために移動したようだ。
「はい」
詰め所に扉が急に開く、リックは誰か尋ねて来たのかと思い振り返る。詰め所の扉らには小さな人が立っていた。
「イーノフさん…… おかえりなさい」
扉を開けて入って来たのはイーノフだった。自分の机に向かっていきながらイーノフさんが俺の顔を不思議そうに見ている。
「リック! どうしたの僕の顔を見て驚いた顔して!?」
「いや…… 俺の机のメモにみんな樫の木にいるって書いてあったからてっきりイーノフさんも一緒かと……」
「樫の木!? あぁこれか…… 僕の机にも同じメモがあるね」
自分の机の上にあったメモをイーノフがリックの方に向けてくる。同じ内容の物がイーノフの机にもあったようだ。ここでリックはイーノフ不在で会食が、始まっていることに気付き顔を引きつらせる。
「僕はちょっとまだ仕事があるしから、後で向かうよ。リックは先に行ってくれるかい?」
「えっ!? ちょっとメリッサさんがイーノフさんがいないと……」
「大丈夫だよ。打ち合わせって書いてあるのにみんなが揃う前にさすがのメリッサも泥酔はしないかな。多分……」
メリッサは酒癖が悪く飲んだ状態だと、イーノフがいないと制御できない。以前も散々な目にあわされたリックは少し不安だった。
「じゃあ先に行ってますね」
「ごめんね。すぐ行くからね」
リックは詰め所を出て、すぐ裏の通りに向かう。詰め所の裏通りは鍛冶屋や薬屋などが並んでいる。その一角に防衛隊の腹を満たす酒場”樫の木”もある。樫の木の扉を開いたリックは、慎重にと静かに店内に入る。
「あっ! 隊長達いた……」
店内の一番奥の席にカルロスとソフィアが、居るのが見えたリックは静かに近づいていく。二人のテーブルの近くにナオミもいる。ナオミがリックをみた。リックは片手を挙げて軽くあいさつした……
「あれ!? でも、メリッサさんが…… いない! どこだ!?」
リックは気づいたメリッサがどこにもいないことに……
「ナオミちゃん? えっ!? 後ろ!?」
必死にナオミがリックの後ろを指して何かを伝えようとしている。
「リッキュー! みーちゅけた……」
メリッサの普段とは似ても似つかない甘えた声…… その声が不気味な魔物よりも、さらに恐怖を呼び起こし、振り向きたいけど振り向けない背筋が凍る感覚がリックを襲うのだった。




