第38話 捕獲成功
「乙女を侮辱したマウントワームさんなんか! 嫌いです!」
「そんなに当てたら死んじゃうじゃ……」
目に止まらぬ速さで、ソフィアは頭を出したマウントワームに向かって、次々と矢を打ち込んでいく。
「ソフィア! ダメだ! リック! 早くとめな!」
「はっはい!」
ソフィアを止めるため、リックはマウントワームの前に立った。リックを見たソフィアが、矢を射るをのはずだった……
「うわあ!」
頬に風を感じたリック、すぐ横を鋭い矢が飛んでいったのだ。彼がマウントワームの前に立っても、ソフィアは矢を放つのをやめなかった。彼女はリックが見えていないようだ。
「ふぇぇぇぇん!」
「あの! ソフィア!? 駄目だ!」
泣きながら矢を射続けるソフィア、慌てて剣を抜いたリックは、飛んでくる矢を剣で必死にはたき落とす。兵士から魔物を守る兵士という、変な図式がここに完成した。
「ちょっとソフィア! 俺だよ。これ以上は死んじゃうから!」
剣で矢を叩き、空いている左を大きく振って、必死に叫びソフィアに、気付いてもらおうとするリックだった。
「ふぇぇぇ!? あれ?! リック……」
「ふぅ…… もう」
リックに気づいた、ソフィアが弓をおろした。安堵の表情を浮かべ、剣を鞘におさめるリックだった。
「これ以上やるとマウントワームが死んじゃうからもうおしまいだよ」
「はい…… ごめんなさい…… ふぇぇぇぇん!」
地面に座ってソフィアが泣いてしまった。リックは振り返り、マウントワームの様子を確認している。たくさんの矢を受けたが、まだ息はあり体が小刻みに動いている。矢を受けて青い液体を垂れ流しながら、マウントワームはゆっくりと地中に戻っていく。だいぶ弱っているのか動きはだいぶ遅くなっていた。リックは地中で死なないように、祈りながらウントワームを見送る……
「えっ?! ちょっちょっと!」
「ふぇぇん! 私、重くないですよ! 重くないですー! ふぇぇぇん!」
「うん。わかってるよ。ソフィアは重くなんかないよね」
ソフィアが駆けて来てリックに抱き着き胸に顔をうずめて泣いている。重いと言われたのが相当嫌だったようだ。優しく声をかけ泣き続けるソフィアの髪をリックは軽くなでる。リックに撫でられたソフィアは急に顔をあげた。
「はっ!? そうだ! リック! 私を抱っこしてください!」
「えっ? なんで!?」
「だって! リックが私を持てば私が重くないってわかります。早く抱っこです」
上目づかいで抱っこしろと訴えるソフィア、リックが何も言わずにいると、頬をふくらませてどんどんと顔を近づけてくる。涙目で近づくソフィアにリックは困った顔をする。
「本当に抱っこするの? ここで?!」
「ふぇぇぇん!」
乗り気のないリックの返事に、ソフィアの目から涙がこぼれる。
「わかった。やるよ! やるから!」
「わーい」
両手を広げて嬉しそうに早く抱っこしろとアピールするソフィア、先ほどまで泣きそうだった彼女の変わり身の早さにリックは呆れるのだった。
「もう…… しょうがない。ほら!」
軽く膝を曲げリックは、右手をソフィアの背中にまわし、左手を両足の膝をもって彼女を抱き上げた。
「ふぇ! やった!」
「ちょっちょっと!? ソフィア…… 恥ずかしいよ……」
リックに軽々と抱き上げられた、ソフィアは首に手をまわして、顔を近づけてくる。視線を下げてソフィアの顔を覗くリック、リックの視線に気づいた彼女はニコっと嬉しそうに笑う。リックはほっと胸をなでおろす、彼は腕の中にいる相棒の泣き顔より、笑顔をたくさん見たいと思うただのだった。
「リック。私…… 軽いですよね?」
「うん。軽いよ。ほーら」
「キャッ!」
心配そうにたずねるソフィアに向かって、笑ったリックは彼女を高く持ち上げ、その場で回転して見せる。
「ふぇぇぇ! メリッサさーん! イーノフさーん! 見てください! 私は軽いですからね」
「わっ!? 動いたらあぶないよ」
抱っこされたまま岩の上に戻っていた、メリッサとイーノフに無邪気に手を振るソフィアだった。リック達を見てメリッサとイーノフはにやにやと笑っている。
「ほらほら。二人とも。イチャイチャしてないで岩に戻っておいでよ」
「フッ。そうだねぇ。仲が良すぎて見てるこっちが恥ずかしくなるね。あんた達いい加減にしなよ。任務中だよ」
「リック。もうおろしてください……」
メリッサに達に言われて頬を少し赤くして、ソフィアは恥ずかしそうにリックに下すように言うのだった。リック場はソフィアを優しく地面へとおろし二人でメリッサ達のいる岩へと戻るのだった。
「さて、ソフィアが必要以上に弱らせちゃったけど、そろそろ捕獲するよ」
イーノフがうなずいて視線を動かす。メリッサも同じように視線を動かす。
「そうだね。やっぱりここは……」
「ふぇ?」
メリッサとイーノフは笑顔をソフィアに向ける。リックはイーノフとメリッサがソフィアに何をさせたいかすぐに分かった。当のソフィアだけは驚いた表情をして何がわかっていないようだ。
「ほら! ささっと歩くんだよ。ソフィア!」
「ふぇぇぇぇん! 納得がいきません! リック! 助けて!」
「ソフィア…… ごめんね……」
振り向いて涙で助けを求めるソフィアから視線を逸らすリックだった。野原の真ん中にソフィアが立って、リックとメリッサがソフィアの二メートルほど後ろで、魔法電撃網の左右の端をもって網を広げて待っていた。リックとメリッサの十メートルほど。離れた後方でイーノフが周囲を警戒していた。
「ふぇぇぇぇん! やっぱり、嫌です! 私は重くないですもん! ふぇぇぇん!」
しゃがんでソフィアが泣き出してしまった。困った顔でメリッサはリックに視線を向けた。
「リック! なんとかしな!」
「えっ!?」
「いいから! 早くしな!」
メリッサから何とかしろと言われ、リックはどうすればいいかわからず考えいていた。
「リック! えっと……」
「えっ!?」
いい案があるのかイーノフが、リックに近づいて彼の耳元でなにやらささやいている。イーノフが顔をはなすとリックは首をかしげる。
「そんなんで、大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫だよ。ほら! 早く」
「わかりました…… ちょっと恥ずかしいな」
前を向いたリックは頭をかくしぐさをして口を開く。
「ソフィア」
「ふぇぇぇぇ!? リック……」
両手で目を覆って泣いていたソフィアが顔をあげリックを見た。リックは少し緊張した顔でつばを飲んで話を続ける。
「あっ歩いてるソフィアの姿とか、一生懸命に頑張ってるソフィアは素敵だよ! おっ俺の為に頑張って歩いてるところ見せてくれないかな?」
「えぇぇぇぇぇぇー!? リック!? ほんとですか?」
「うっうん!」
「私…… 頑張ります!」
なんかすごい弾けた笑顔になってソフィアは、立ち上がるとシャキッと背筋を伸ばして歩きだした。
「これでよかったんですか?」
「あぁ。よくやったね。上出来だよ」
イーノフはリックの背中を軽くたたくとまた後方へと下がっていく。ソフィアは歩きながらリックに向かって手を振ってる。リックはとりあえず手を振り返すと彼女はすごい嬉しそうに微笑む。心底めんどくさそうにして網を持つメリッサの視線がリックに突き刺さる。
「はぁ…… さぁ準備するよ」
ため息をつくメリッサ、リック達は捕獲作業を始めるのだった。ソフィアが野原を歩きだして、すぐに地中から音がして、土が盛り上がり隆起した土の塊が彼女の近くへと背後から向かって来る。リックは顔を横に向け、背後から近づくマウントワームを確認し、メリッサと顔を見合わせてうなすく。
「ほんとマウントワームさん! 嫌いです!」
「ソフィア。いいから。まだそのまままっすぐ歩いて」
後ろ見て恨みがましい表情を浮かべるソフィア、リックは彼女に前を向いて歩き続けるように指示をした。土の盛り上がりが魔法電撃網を広げ、ソフィアの後ろを歩くリック達の後ろまできた。
「ソフィア! 止まって!」
「はい」
ソフィアが止まると土を、かき分けるようにして、マウントワームが姿を現す。リック達の背後一メートルほどで、マウントワームが頭を胴体をだして口を開ける。
「リック! いくよ!」
「はい」
リックとメリッサが左右に広がり手に持っていた魔法電撃網を持ち上げる。マウントワームが突っ込んでくるソフィアの頭の上の間に魔法電撃網を広げた。地中で生活してるマウントワームには、目がないので魔法電撃網に気づかれる可能性は低い。
「リック! 結構な衝撃がくるからね! ソフィア! いまだ! 走って!」
「はっはい!」
ソフィアが走って逃げるようにかけだした。獲物が逃げたのを察知した、マウントワームは口を大きく開けたまま、ソフィアを追いかける。リック達が広げた魔法電撃網にマウントワームは突っ込んだ。
「うわぁ! 引っ張られる…… うおぉぉぉぉ!」
マウントワームが魔法電撃網に突っ込んで来た衝撃で、網を持つリックは体を持っていかれそうになる。彼は腰を落として網を持った両手に力を込めて踏ん張るのだった。マウントワームは網に頭を突っ込んだことに、気づいていいないのか、網で止められたマウントワームは、ソフィアの方へとグイグイと進んでいこうとする。半分ほど土の中にあったマウントワームの体が、網を押し込みながら少しずつ地中から出て来ていた。イーノフはその様子をリック達の後ろからジッと真剣に見つめている。
「よし! 土から体が全部出た! メリッサ! リック! 網を離して!」
「あいよ」
「はい」
二人が魔法電撃網から手をはなす。張られていた網はたゆみ、完全に体が地中からでた、マウントーワームの全体を包み込んでいく。同時に網が青白く光りバリバリという轟音が響いて電撃が走った。
「グシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」
マウントワームが鳴き声を上げた。網の中で動いていたマウントワームの動きが、徐々に静かになり丸くなっていく。丸まったマウントワームhが激しく体をビクンビクンと痙攣させている。
「イーノフ! 魔法で眠らせて!」
「はいよ」
イーノフが杖をマウントワームに向けた。彼の口がかすかに動くと、杖の先から青い光が発射された。青い光はマウントワームに当たると拡散して全体に広がっていった。光が瞬くと煙のようになって、空に上がって消え、マウントワームは動かなくなった。
「動かなくなりました。さすがイーノフさんです! 魔法の効果が早いです」
ソフィアが嬉しそうに笑った。メリッサはマウントワームを見て大きくうなずいた。
「うん。これで捕獲完了だね! みんなお疲れ様! 特にソフィアの体重が大活躍だったね」
「ふぇ!? メリッサさん嫌いです」
「ははっ」
口をとがらせてメリッサにそっぽを向くソフィアだった。メリッサは笑っている。リックはソフィアが機嫌を損ねないか気が気でなかった。
「じゃあこれを一旦祠まで持って行くよ。リック」
「わかりました」
メリッサが魔法電撃網を外しリックも手伝う。リックは魔法電撃網を外しながら、この大きな魔物をどうやって運ぶか気になっていた。おそらく魔法などで一瞬で転送したり……
「ほい。リック。あんたが先頭だよ」
「はい……」
リックは力なく返事をする。魔法も使わず素手持ち上げて運ぶだけだった。リックは勝手に期待して勝手に少しがっかりしていた。リックが先頭でマウントワームの頭を持ちあげ、ソフィアとイーノフが胴体をささえて尻尾をメリッサさんが支える。
マウントワームは外殻と牙と口と簡単な消化器官しかなくて見た目と比べて軽い、しかも寝て丸まっている状態を伸ばすと、外殻のせいでピンと伸びて棒みたいになりより運びやすくなる。
「リック! イーノフはちっさいんだから! もう少し下げてやんないと届かないよ」
「あっ! すいません! 下げますね」
身長はメリッサが一番高くてリック ソフィア、イーノフの順なのであんまり高くあげると、イーノフの手が届かないのだ。
「こっこら! メリッサ! 僕はそんなに小さくは…… これで大丈夫だよ」
メリッサの言葉を必死に否定するイーノフだった。
「(いやいや…… 無理ですよね。不満げに見ないでくださいよ。こっちだって好きで大きくなったわけじゃないんですよ。まったく…… えっと……)」
必死にマウントワームを持とうと手を伸ばしてプルプルと震えるイーノフだった。リックはどれくらいまで下げればいいか考える。彼の肩の上くらいちょうどイーノフさんの頭だったので、脇に抱えるようにして運ぶことにした。肩の上に抱えいたマウントワームを下して脇に抱えるように持ち替えたリックだった。
四人はマウントワームと一緒に祠まで戻って来た。フェリペはまだ起動した祠の前で、勇気の印に向かって祈りを捧げていた。リックは戻って来たことを知らせようと背後から彼に声をかける。
「祈ってる途中ですみません。フェリペさん。ただいま戻りました」
「はい! お帰りなさい……」
元気に返事をしたフェリペが振り返った……
「ギャー! かっ神よ…… 祠を起動したのに魔物が…… 」
「悲鳴? リック! あんた! 何してんだい!?」
「えぇっ!? 俺は何も!?」
フェリペが悲鳴をあげて気絶し祠の前に倒れた。
「どっどうして…… あっ! そうか! マウントワームに……」
リックはマウントワームの自分の右腕の脇に抱えている。膝をついて祈っていた、フェリペが振り向くと、ちょうど目の前にマウントワームが見えて脇に立っていたリックは見えなかったのだ。彼は背後からマウントワームに、襲われたと勘違い気絶してしまったようだ。
「フェリペさん! 大丈夫ですか?」
「……」
「ダメだ……」
フェリペに声をかけるが返事はない。気絶し意識を失っている。マウントワームを置き四人で順に声をかけるがフェリペは起きない。
「あちゃー、こりゃあまずいよ」
「そうだね。一旦隊長に報告に戻ろうか。マウントワームも引き取ってもらわないと行けないしね」
「じゃあフェリペさんは僕がまた転送魔法で先に王都に連れ行くよ」
「ありがとう。リック、ソフィア、私達も隊長に報告するから王都に戻るよ」
「わかりました」
フェリペを抱えたイーノフが光に包まれて消えた、彼は先に転送魔法で王都に戻ったのだ。マウントワームを小屋の前に置いて、リック達も王都へと向かう。担当兵士ににマウントワームを、祠に引き取りに行ってもらう手配して詰め所へと戻る。
カルロスに任務の報告をしたリック達は、イーノフさんが帰ってくるのを待っている。そこへとイーノフが戻って来た。戻って来たイーノフの表情がどこか暗い。戻って来たイーノフは詰め所の扉の前に立って全員に聞こえるように話をする。
「フェリペさんは気絶したショックで倒れた時に、腰を痛めてしばらくは安静だって……」
「じゃあ早く代わりの神官を手配しないとね」
「それが…… 今、神官はみんな出払ってるみたいで、もう勇気の印はほっとけばできるから代わりに僕らが何とかしろって言われてしまったよ」
「はぁ!? あたし達が神官の代わりなんか……」
イーノフはカルロスの元に行って何か書類を渡している。その書類を見ながら、カルロスはリックの顔に目だけ向けている。少し考えてカルロスは今度はリックにゆっくりと顔をむけた。
「リック! アイリスは友達だろう。神官の代わりはお前さんがやりなよ」
「なんで、そうなるんですか!?」
「お前さんならアイリスの相手をできるだろうし。それに代わりって言ってもそんなに難しくないしさ。頼むよ」
立ち上がりカルロスは代わりの神官にリックを指名し、彼にイーノフから受け取った書類を見せてくる。書類には”勇者への勇気の印譲渡手引書 神官編”を書かれていた。確かに難しい内容ではない、訪ねてきた勇者にパープルスターフラワーを取ってくるように言って、持ってきたのを確認して勇気の印を渡すだけだ。
「あぁ。そうだね。それがいい。だいたいあんたが脅かしたのが原因だし」
「うっ…… わかりました。やります。はぁぁぁ」
「じゃあ、私もリックと一緒に祠で神官やります! 私達は相棒ですから」
「それは、かまわないけど…… ソフィア、お前さんは別にいいんだよ、無理に……」
「やります」
リック一人でも構わない任務だったがソフィアが手を出して一緒に行くという。
「ありがとう。ソフィア。心強いよ」
「はい。気にしないでください。私たちはずっと一緒です!」
優しくリックに微笑むソフィアはすぐに下を向いて怖い顔をする。
「リックを…… あの勇者と二人っきり…… させないんだから……」
「なんか言った? ソフィア?」
「なんでもないですよ! 頑張りましょう!」
「うん!」
顔をあげて天使のような優しい微笑みをするソフィア、リックは嬉しそうに大きくうなずくのだった。
「よし、じゃあ決まりだな、二人ともよろしく!」
「はい」
「わかりました。頑張ります」
リック達はフェリペの代役として、北の山に待機することになったのだった。




