第36話 勇者を迎える準備をしよう
頭を抱えるカルロス、リックは顔を引きつらせて笑う。彼は王国最高級の勇者の才能を持ったのが、あのアイリスだということを信じられなかった。何かの悪い冗談だと思いカルロスを問いただす。
「隊長、アイリスって? 冗談はやめてくださいよ」
「お前さん、僕は冗談なんかいわないよ。ほら! これを見ろ!」
「あっ……」
カルロスが書類をリックの目の前にかざす。彼の目の前に突き出された書類には、確かにS1級勇者アイリス・ノームと名前が書いてあった。出生地もリックと同じマッケ村になってるおり、同姓同名の別人ではなく、間違いなく彼の幼馴染のアイリスだった。また、帰還の理由が王都の北の山で、勇気の印をもらうためと記載されていた。
「リック! アイリスがS1級って!? どういうこと!?」
「いや、そんなこと、俺に言われてもわかりませんよ」
「確かに彼女…… いや、彼からはすごい魔力の潜在能力を感じたけど、S1級って……」
信じられないというイーノフだった。リックはアイリスが勇者として、選ばれたのは知ってるが格付けまでは知らなかった。
「どうしたんだい? そのアイリスって誰なんだい?」
アイリスと面識のないメリッサが問いかける。ソフィアがにやりと笑って答える。
「メリッサさんは途中で帰ったら知らないですよね。あのイーノフさんが好きな…… 下水の汚い女勇者です! いっぱいイーノフさんが抱き着いてました」
「あぁん!? イーノフ! ちょっと!」
「ちっちがう! ソッソフィア!? メリッサ! 誤解だ!」
怖い顔でイーノフを睨み、背後からマントをつかんでメリッサが締め上げる。
「ソフィア…… 汚い以外は全部逆だよ」
「えぇー!?」
とぼけた顔で舌を出し、リックに向けるソフィア、後ろではメリッサに締め上げられるイーノフが苦しそうにしている。おそらくソフィアは先ほど会費を奢らされそうになったので、イーノフに仕返しをしたのだろう。せっかくいい雰囲気になっていた二人が険悪になっている。リックはメリッサを止める。
「あの! メリッサさん。いまソフィアが言ったのは冗談で、ただの俺の幼馴染で下水道管理の時に偶然助けたんですよ。それに、アイリスは男です!」
「えっ?! 男? それなら私にソフィアが嘘を!?」
「ちっちがうんです! 女勇者ってのは半分正解で…… いやちがう! とにかくアイリスはややこしくて女みたいな男勇者なんです」
「はぁ?! ちゃんと説明してくれないと!? イーノフがどうなっても!?」
不明瞭なリックの説明に、イライラした様子で彼を睨み付け、イーノフのマントを引っ張って首をしめるメリッサだった。
「いやいや、説明しますから! まずはイーノフをさんを解放してあげてください!」
メリッサがイーノフのマントから手をはなし、アイリスのことを説明するリック。限りなく女の子に近い男勇者ということを聞いて、メリッサもポカーンとしてたけどな。話を聞いたナオミが、アイリスに興味を持ったようで、会ってみたいとい言っていた。
その後…… アイリスの見た目が女の子でデレデレしてたと、ソフィアが余計なことを言って、イーノフとメリッサの修羅場第二段が発生していた。カルロスはがその様子を見ながら、楽し気にお酒を飲んでいた。イーノフが青い顔をし始めたので、リックはソフィアに肉をあげて、おとなしくさせてからメリッサを説得してやっと騒ぎがおさめるのだった。
イーノフは苦しそうに、首を押さえながらカルロスの横へやってきた。
「アイリスさんとはあまり関わりあいたくないので…… この任務は辞退しましょう」
任務から下りようというイーノフ、カルロスは苦い顔でイーノフを見た。
「イーノフ、お前さんらしくもない! たとえ相手が誰だろうと兵士は任務を放棄してはダメだよ。それにもう注文しちゃったし既に飲み食いもしてるだろ!? 無茶言うなよ! じゃあイーノフが打ち上げの会費を全部出してくれる?」
「そっそれは…… 僕も今月は…… 週間聖女通信とか聖女新聞とかの支払いがあって……」
「そうだ。隊長の言う通りだよ! イーノフ! とにかく! やるよ!」
もう打ち上げは始まって、料理も酒も届いており、後戻りをできない。また、ソフィアから食事、メリッサから酒、を取り上げるのが、なりよりも危険だということを、彼はわかっていた。イーノフは、力なくうつむくのだった。打ち上げは隊長とリックとイーノフはなんか暗く、メリッサさんとソフィアは楽しそうに過ごすのだった。
翌日…… 第四防衛隊は、アイリスの帰還の目的地である、北の山へと向かうため北門に集合した。王都北門は住宅が多く、ほとんどが集合住宅となっていて複数の家族が住んでいた。これは北の平原は大規模な農場があり、労働力として雇われている人が多いからだ。
「リック、ソフィア! おはよう!」
「メリッサさんです。おはようございます!」
「あっ! メリッサさん! おはようございます! イーノフさんは?」
「あぁ。神官を迎えに行ってるから、もうすぐ来るよ!」
王都の中心に目を向けてメリッサが答える。今回のアイリスの帰還には教会の神官に立ち会ってもらう必要がある。今回、アイリスは北の山の中腹にある祠にまつられている勇気の印を受け取るために王都へ帰還する。勇気の印はグラント王国の勇者として、認められた証であり、船に乗ったり他国にいく際の関所を通る時などに役に立つ。また、神の加護で持っている勇者の、様々な能力が向上する言われている。
勇者は王様の命令でこの勇気の印を取りに行くのだが、その祠の神官が勇者と認めず、勇気を試すために山頂にあるパープルスターフラワーを取るように言われる。勇者は山頂に登り、パープルスターフラワーを摘んで祠へと戻り、パープルスターフラワーを神官が確認し、勇者として認められ勇気の印を受け取る。
北の城門でアイリス用の神官とイーノフさんを待っている。北の山にある祠には小屋があるだけで、食料も水もないので、勇者が山に向かうだいたい七日前くらいに防衛隊が護衛して北の山まで神官を送り届けるのだ。ちなみに七日間の間に勇者が、こなかったら神官の担当は交代する。
「お待たせ」
北門にイーノフがやってきてリック達に声をかける。彼の横には白い神官服に身をつつんだ五十歳くらいの神官が立っていた。神官は落ち着いた雰囲気の黒髪に白髪が混じった真面目そうな男性だ。七日分の食料を持っていのか重そうな袋をかついでいた。
「はじめまして、アイリス様の勇気の印を担当するフェリペと申します!」
「私達は護衛担当します、第四防衛隊のメリッサ、こっちはリックとソフィアです! よろしくお願いします」
「こちらことよろしくお願いします」
メリッサがしリックとソフィアを紹介し挨拶をかわした。挨拶が終わるとすぐにメリッサが指示を出す。
「じゃあ、まずはフェリペさんを祠に送り届けてから、私達は北の山のレベル適正化の作業するからね」
「わかったよ! 隊列は僕とメリッサが前に行く。後ろはリックとソフィアに任せたからね」
「はい!」
「了解です」
メリッサとイーノフが先導し、真ん中にフェリペ、最後尾にリックとノエルとという、隊列を組み北門を出て北の平原を行く。北の門の向こうは平原には広大な畑が広がっていた。リック達はその農場を超えて北の山を目指す。農場を超えると草一面の平原に風景が変わった。人の行き来が途絶えのどかな平原を五人は進む。歩きながらリックはソフィアに声をかける。
「北の山って俺は行ったことないんだけどソフィアは行ったことある? 遠いのかな?」
「私も北の山はないですね。でも、お父さんが王都から半日くらいで頂上まで行って帰って来れるって、言ってましたからそんなには遠くないと思いますよ」
「へぇ」
平原の先に山が見えていた山が大きくなり、街道の周りに徐々に木が多くなり始めた。農場を抜けた平原で魔物が数回ほど襲ってきたが、先頭のメリッサとイーノフが簡単に蹴散らしていた。
「こっちだよ」
街道から脇に伸びる、山に向かう小道へと入る。小道はゆるい上り坂で、山に近づくにつれて木がどんどんと増えてついには森となった。道が上に上がりながら、森の先に入っていっていた。この森が山の入り口のようだ。リック達はそのまま森へと入っていく。
森の道を歩きしばらくすると、少し開けた野原のような場所に出た。真ん中に大きな少し黒っぽい石柱と、その横に小屋があり、石柱と小屋を囲むように小さな柵が見える。石柱を指さしてメリッサが口を開く。
「あの石柱が目的地の祠だよ。チッ! みんな静かに! 止まって! 小屋に誰かいるよ」
「えっ?!」
メリッサは舌打ちをして、急に振り返り止まるように指示をする。リックは立ち止まって小屋に視線を向け口を開く。
「誰がこんなところに?」
「どうせ山賊かなんか勝手に使ってるんだろう。フフ…… 不法占拠で逮捕だね。じゃあちょっと私が様子を見てくるから」
「メリッサ! 僕も行くよ! 二人はフェリペさんをお願いね」
「はい!」
二人は中腰で身を小さく隠しながら小屋に向かってゆっくりと進んで行っている。リックとソフィアは、フェリペの横に立ち、二人の様子を見ていた。
「えっ!?」
何かを発見したメリッサが、槍を出して小屋に向かって駆け出した。二人の気配に気付いた小屋から、五人くらいの人間が出てきた。慌てた様子のイーノフがメリッサを追いかけて行く。
メリッサの言う通り山賊が小屋を占拠していようだ。毛皮のフードをかぶり、茶色い皮の鎧を着た山賊達が、武器のようなものを構えてメリッサさんに向かっていくのがリックに見える。
「リック!? メリッサさん達が山賊に突っ込んで行っちゃいましたよ」
「もう…… 様子を見てくるだけじゃないのか…… しょうがない。ソフィア! 俺達も行こうか」
「はい。フェリペさんは私達から離れないでくださいね」
「わかった」
リックとソフィアの二人は、フェリペを連れて慎重に小屋に近づいていく。メリッサに追われた山賊の一人がリック達の方へと駆けてきていた。リック達に気付いたのか駆ける足が早くなる、おそらくリック達の方がメリッサよりも、くみしやすいと判断したのだろう。剣に右手をかけリックは前に出て山賊に警告する。
「止まれ! 不法占拠でお前を逮捕する」
「うるせー! 死ねガキが!」
山賊はリックの警告を無視して、必死な形相で柄が木の小さい斧を。振りかざしながら向かって来た。
「リックどうします? 私が弓で攻撃します?」
「いや大丈夫だよ、ありがとう! 生け捕りするから縄を準備して」
「はい」
笑顔でソフィアに答えたリックは、腰にさした剣を抜き、切っ先を地面に向けて構えた。
「どけぇーーーーー!」
山賊は剣を構えたリックに、叫びながら突っ込んで来て、斧を彼の脳天を狙って振り下ろす。
「遅い……」
一歩だけ横に移動するリックだった。彼は斧をなんなくかわし、木製の柄を狙って剣を振り上げた。柄はスパッ切れて刃が回転しながら地面に落た。
「げっ!?」
地面に突き刺さった斧の刃に目を大きく見開いた山賊の顔が映った。武器が破壊され固まって動けない山賊の肩にリックはゆっくりと剣を置いた。
「動くな! 両手をあげろ!」
「うぅ……」
観念して悔しそうな表情で、ゆっくりと山賊は両手をあげた。恨みがましい目でこちらを見る山賊にリックは、反対側に逃げずに自分に向かって来た彼の自業自得だとあきれる。まぁ、反対に逃げたら、ソフィアの弓で射抜かれるだけだが……
「ソフィア。こいつを逮捕してくれ」
「はーい」
返事をしたソフィアは縄で山賊を拘束した。三人が小屋の方向かうと、メリッサとイーノフが既に山賊を一人縛りあげていた。逃げた他の三人は…… 体や頭に穴が開いた状態で、横に転がったり、丸焦げになってたりして、もう何も言わなくなっていた。
山賊を捕獲して近づくリック達に、メリッサは右手を上げて口を開く。
「悪かったね、一人に逃げられちゃってさ! なんせ、こいつら急に切りかかってくるもんだから」
「ほんとにメリッサは慎重に行動してよ。もしフェリペさんに何かあったらどうするのさ?」
「はいはい、わかりましたよ。ほらあんたこいつらを王都へ連れて行きな」
「わかったよ」
拘束した二人の山賊をイーノフが転送魔法で王都へと連れていく。死体となった山賊は、フェリペにアンデッド化防止の祈りを捧げてもらい、近くの崖から谷に投げ捨てる予定だ。
「じゃあ、みんな行ってくるね。この祠に転送魔法では戻れないから、もどってくる時は歩きになるから少し時間がかかるよ。ごめんね」
「大丈夫だよ。あんたが帰ってくるまでに、私が終わらせとくよ」
「ダメだよ! すぐに無茶をしようとして! リック、ソフィア! メリッサのことちゃんと見張っといてね」
「わかりました」
「はい。了解です。私がメリッサさんの面倒をみます。行ってらっしゃい」
「ははは。よろしくね」
敬礼して自信満々に答えるソフィアに、笑顔で手で合図をすると呪文を唱えた、山賊二人と一緒にイーノフは飛んで行ってしまった。メリッサはイーノフの姿が、見えなくなるまでずっと空を見つめていた。彼女の様子を横で見ていたソフィアが嬉しそうに笑う。
「イーノフさんはいつでもメリッサさんのことを心配しているんですね。なんかうらやましいです」
「えぇ!? そうかい?! うっとうしいだけだよ。それにあたしがあいつを……」
「はい!? メリッサさんがイーノフさんをどうするんですか!?」
「あっ! なっなんでもないよ! ほっほら! 早く祠を起動してもらわないと! 行くよ!」
顔を赤くして慌ててメリッサは小屋へと入っていく。メリッサの様子にソフィアは優しく微笑み小屋に入る彼女を見つめいた。
「うわ! なんだこりゃ!?」
小屋に入ったメリッサが声をあげた。リックとソフィアは、顔を見合わせてうなずくと、すぐにメリッサの元へ急ぐ。
「どうしたんです? って…… こりゃあ…… ひどい……」
メリッサの後に続いて小屋にはいったリック達が目にしたのは、山賊たちの衣類や食べ物が散乱する室内だった。小屋が無人なのをいいことに、山賊たちは好き勝手に汚し放題だったようだ。
「ちょっとこれでは…… 勇者様を迎えいれられませんな……」
ドアの隙間からフェリペが、小屋の中の惨状を見て、眉間にシワを寄せて不快な表情をする。
「どうします?」
「さすがにこれじゃあね。フェリペさんは祠を起動してもらわないといけないし…… あたし達で片付けるよ。リック、水を汲んできて。ソフィアはあたしと部屋の片付けるよ」
「はっはい。お掃除頑張ります。リックも水汲み終わったら手伝ってください」
「はぁ…… わかったよ」
リック達は山賊が散らかした小屋の掃除をする。
「違いますこうです」
「えぇ!? だってこの方が早い……」
「ダメです。汚れが落ちません。メリッサさん普段お掃除してませんね。ナオミちゃんかナオミちゃんのおばあちゃんにお願いしてますね」
「うう……」
水汲みから戻ったリックが目にしたのは、ソフィアに激しく注意されるメリッサだった。リック達が掃除している間、フェリペは外の祠でずっと祈ったり捧げものしたりしていた。
数十分後…… 掃除が終わり、フェリペに中を確認してもらうリック達。
「こんなものでどうですか? フェリペさん?」
「おぉ! これなら! 勇者様を迎え入れられます! ありがとうございます」
笑顔でうなうくフェリペにほっと胸をなでおろす三人だった。部屋の汚れはすさまじく、ゴミの中からベッドとテーブルとイスが四脚でてきた。また、暖炉もゴミに埋もれていた。暖炉を使えなくして冬になったら、山賊達はどうするつもりだったんだろうか。
「祠の起動の方は大丈夫かい?」
「はい、もう起動しますよ!」
メリッサの問いかけにうなずくフェリペだった。通常ここにある祠は無人なので、普段は何も起きないようになっている。必要な時だけお祈りと、捧げものをして魔力を注入して起動する。起動すると聖なる力で柵の中への魔物の侵入を防いでくれる。
勇気の印は教会特製のお守りを、起動した祠に一日祭ると完成させる。リック達は祠へと向かう。小屋の近くに置かれた祠は、細長い先が丸くなった石柱で、上から少しのところに穴が開いていてるだけのものだ。メリッサは祠を見ながらリック達に話をする。
「祠が起動してる時に、祠に触ると体力が回復するんだよ」
「すごいですね! でも普段は無人でご利益はないんですよね?」
「まぁここは街道からも少し外れてるし需要がね」
「はは」
リック達は祠の前に並ぶ。一歩前に出たフェリペは振り返り笑った。
「じゃあ皆さま祠を起動しますね」
前を向いて石柱と向かい合うフェリペ。石柱の根元には、三段ほどの段差があり、祭壇のようになっており。祭壇の左右両脇にろうそくがさしてあり、真ん中には捧げものであろう肉が置いてあった。
「(うん!? こら! ソフィア! お肉をじっとみないの! あれは祠への捧げものだよ!)」
ソフィアの視線が捧げものの肉に、固定されているのに気づいたリックだった。
「では、しばしお静かに……」
フェリペが祠の前で膝まついて祈りだした。静かな厳粛な空気が流れると、石柱の穴の開いたところに、緑の光の玉が現れた。それがどんどん大きくなっていき祠と周囲を照らす。
「うっ!?」
緑の光が激しく光ってリック達の視界か真っ白になる。リック達が手で顔を覆う、徐々に光はおさまっていき視界が元に戻る。光がおさまると石柱がはなち、優しい緑の光が周囲を包みんでいた。
「お待たせしました。これで起動完了です! 後は勇気の印を作成すれば勇者様を迎えることができます!」
満足そうに光を放つ祠を見た、フェリペは立ち上がりリック達の方に笑顔で振り向いた。フェリペの言葉にソフィアとメリッサさんは少し安心した表情をしている。これで祠は起動が完了だ。次は山の魔物のレベル適正化が作業が始まるのだった。




