第27話 機嫌をとる兵士
テーブル越しにソフィアとシーリカがにらみ合っている。ソフィアが先に動き出しテーブルから身を乗り出しシーリカに詰め寄ろうとした。彼女の動きに気付いたリックは、左腕をソフィアの前に出して止めた。ソフィアはリックに顔を向け、目を少し大きく開いた。
「リック!? なんで止めるんですか? こういう人をドロボー猫っていうでんすよ!?」
「えっ? シーリカ様は何も取ってないよ。ソフィア落ち着いて! もう帰るよ!」
「あゎゎ! 何がドロボー猫だって?! このお化け乳が!」
「シーリカ様! 聖女がなんてお言葉を……」
とりあえず臨戦態勢の二人を引き離したリック。ソフィアに向いてリックは彼女に体を密着させ止める。それを見てどうして、自分の方に来ないのかという、さみしそうな表情をシーリカがするのだった。まぁ、リックがシーリカに向かわないのが、少しでも彼女に近づこうとするとミランダが、リックを睨みつけるからだったのだが。
「ふぅ」
隣の喧騒もどこ吹く風で茶を飲み切った、カルロスは一息ついて立ち上がり、にこやかに右手をあげた。
「では、私共はこれで失礼します。ほら、ソフィア、リック、帰るよー」
「はい。ソフィア行こう…… あっ! こら!」
「シーリカ様!!」
シーリカに向かって舌を出すソフィア、リックは慌てて彼女を止めて、後ろから手を脇の下から入れ、羽交い絞めにして部屋の外にでた。ソフィアに向かってシーリカも、同じように舌をしてミランダさんに止められていた。何とかソフィアをなだめながら、リック達は教会の外に出た。
外に出たリックはソフィアから手をはなす、羽交い絞めにした際に触れたソフィアの胸の温もりが残った手を、名残惜しそうに彼は見つめていた。カルロスはリックの背中を軽くたたいて声をかける。
「ふぅ、なんとかなったな!」
「隊長すみませんでした。俺のせいで……」
「なぁに、気にするな! お前さん達が問題を起こしてもそれを解決するのが僕の仕事だしな。これで委縮するなよ。それにこんなのメリッサに比べたら……」
細長い目をより細くして、斜め上を見上げながらさみしくつぶやくカルロスだった。リックはメリッサが何を起こしたのか、興味はあるが聞くのが怖いので黙っていた。
「あの聖女め……」
下を向いてソフィアがぶつぶつとつぶやいている、表情がリック達からは見えないが機嫌が悪いのは伝わって来る。
「リック。これであのソフィアを何とかしてやりなよ」
カルロスはリックの近づき耳元に小声でささきながら、ポケットからだした何かの紙を渡して来た。
「こっこれは?! 割引券……」
「そう! ソフィアの好きなアイスクリーム屋”リュージュハウス”の割引券だよ。これで機嫌直るはずだから……」
「はぁ……」
「お前さんからって言えば機嫌もすぐよくなるだろうし、もうすぐ昼休みだから帰ってくるのは午後でいいぞ。じゃあ、先に詰め所に帰ってるから」
笑顔で右手を上げるとカルロスはテレポートボールで詰め所へと戻って行ってしまった。リックは受け取ったアイスクリーム屋の割引券をまじまじと見つめている。
「(アイスクリーム屋の割引券かあ。まさかいくらソフィアでもアイスクリームくらいですぐに機嫌がよくなるのかな……今もなんか目が鋭いし……)」
リックが近くによると彼に気づいたソフィは、ほほ笑んでくれたけどまだ目つきがきつく機嫌は悪そうだった。リックは半信半疑で、そっとアイスクリーム屋の割引券を、ソフィアに差し出した。
「ソフィアー! リュージュハウスってアイスクリーム屋の割引券があるんだけど行く?!」
「ほぇ?! アイス!? しかもリュージュハウス!? そこのアイス! 私、大好きです! リックなんで知ってるんですか?」
「えっ?! まぁいろいろと……」
「やっぱりシーリカ様より、リックは私に興味があるんですね!」
不機嫌だったソフィアは割引券に喜び、勝ち誇った顔でリックを見るのだった。リックは彼女の急変に首をかしげるのだった。機嫌をよくしたソフィアとリックは、南門がある第七画のアイスクリーム屋のリュージュハウスへ向かった。リュージュハウスは第七区画の門の近くにある、木で出来た小さな看板がソリの形をしている小さな木で来た店舗で、店の外で食べられるテーブルと椅子の席が十席ほど置いてあった。
「どれにしようかな~? これとこれと…… あとこれも!」
「(えっ!? いくら割引券あるからって買いすぎじゃないか!?)」
横に居るソフィアを唖然とした顔で見つめるリックだった。ソフィアはカップに三つのアイスを、乗せたものを二つ購入し両手に持って満足そうにしていた。店舗の外に置かれた席に座る二人、リックの向かいに座ったソフィアは、機嫌良さそうにアイスをほおばっている。リックはソフィアが機嫌が直って嬉しく微笑んで彼女がアイスを食べるのを眺めていた。
「うーん! おいしいです! ありがとうリック」
「良かった。でも、割引券…… 実は隊長がくれたんだ」
「そうなんですね。でも、連れ来てくれたのはリックです。それにこれで私が好きなものわかりましたよね?」
「うん? なんか次を要求されてるような……」
「はい。そうですよ! 次はリックが自ら誘うんですよ」
笑ってうなずくソフィア、少々図々しい要求だが、入隊してから先輩として、リックはソフィアには世話になっている。彼は小さく息を吐きソフィアに答える。
「わかったよ…… 今度の給料が出たら一緒に来よう」
「やったー! 楽しみにしてます! じゃあご褒美です」
ソフィアはカップに盛られた、ピンク色のアイスをスプーンですくい、リックの前に差し出す。大きく開いたリックの口にソフィアはアイスを運ぶ。イチゴの程よい酸味と甘みがリックの口いっぱいに広がる。
「うん! おいしい!」
おもわずおいしいと口にだすリック、ソフィアは自分が好きなものを美味しいと言われ嬉しそうにしていた。アイスクリームを食べながら、急に何かに気づいたソフィアがリッに話しかけてくる。
「あっ! そうだ! 今日は午後に鍛冶屋さんへ行きますよ!」
「鍛冶屋ってエドガーのところに?」
「はい! リックのヘビーアーマーができたんです!」
ヘビーアーマーは魔物の群れの襲来とか、大規模戦闘用で全身を覆う鎧だ。新人のリックにはまだ支給されておらず、初日に体のサイズを測りエドガーの鍛冶屋に作成を依頼していた。そのヘビーアーマーが完成したようだ。
「じゃあ後で取りに行こうか」
「はい」
小さくうなずくソフィア、アイスクリームを食べ終わったソフィアを連れ、リックは詰め所に戻るのだった。詰め所に戻ってカルロスに割引券のお礼を言い、二人はそのまま鍛冶屋に向かう。リック達は詰め所から裏の通りにでた……
「うん!? なんの騒ぎだろう?」
「さぁ。とにかく行ってみましょう。通行の邪魔ですし何かの揉め事かもしれません」
「わかった」
裏通りに出たすぐのところで、二十人ほどが集まって人だかりができていた。何やら騒いでる様子だが詳細はわからない。リック達はすぐに人だかりの中心に元へ向かう。
「すみません。ちょっと通してください。兵士です!」
人だかりをかき分けて人だかりの中へと向かうリックとソフィア。人だかりの中心では、二人の男がにらみあっていた。鎧をつけた若い冒険者風の二人で、一人は大きな剣を背負ってもう一人は槍を背中に担いでいた。
「(なんだ…… 若者同士の喧嘩かな。若者と言っても二十歳くらいで二人とも俺より年上見たいだけど……)」
リックはにらみ合う二人を確認し話を聞こうと近づく。
「へぇ、初心者の冒険者のくせにいきがってんじゃねぇよ!」
「誰が? 初心者だと! お前が先にぶつかってきたんじゃないか!」
言い争いを始める二人、リックの予想通りただの喧嘩のようだ。リックとソフィアは、お互いの顔を見てうなずくと、喧嘩の仲裁に向かう。
「ほら! 君たちやめなさい。こんなところで喧嘩なんか……」
「うるせぇんだよ! 兵士のくせに! しかもガキじゃねえか! てめえ怪我したくなきゃ引っ込んでろ!」
冒険者の一人が槍を抜きいきなりリックを突い来た。リックは素早く反応し余裕をもって、体をひねって槍をかわした、胸元をかすめるようにして槍がリックの前を通過していく。メリッサの槍を受けた経験がある彼には、この冒険者の槍はハエが止まるレベルだった。
「クッ!」
槍の柄を右手でつかんで止めるリックだった。彼にとって剣を抜いて反撃して、即制圧するのは簡単だが、いたずらに血を流す必要もない。リックは槍をつかんだまま冒険者に淡々と冒険者に口を開く。
「ひっこめないんだな。兵士は町を守るのが仕事だから。後…… 大人ならこんなとこで喧嘩してんじゃねえよ!」
眉間にシワをよせリックは冒険者をにらみつけた。冒険者は必死に力をいれ、リックから槍を引き抜こうするが、がっちりとつかまれた槍はびくともしない。冒険者はリックが不気味で焦り始めた。
「うるせえ! はなしやがれ!」
「はいはい。ほらよ」
「うわぁぁーー!」
リックが軽く投げるようにして槍から手をはなすと、冒険者は簡単に吹き飛び転がっていった。無様にこけた冒険者は、周りの野次馬からは失笑をもらっている。もう一人の方にリックが目を向けると、既にソフィアが片付けていた。
「ギャー! しびれる……」
「ソフィア…… 電撃魔法は俺なら平気だけど普通の人にはやめてあげなよ。死んじゃうから……」
冒険者はソフィアの電撃魔法を浴び青白く光っていた。
「喧嘩はダメですよ! 反省しましたか?」
「はっはい…… 反省… しました……」
ほっと安堵の表情をするリック、ソフィアはちゃんと手加減をしてようだ。電撃でしびれて声が震え、髪の毛が逆立っている、冒険者の姿に子供が爆笑している。
「おっ覚えてろ!」
「くっくそが! 顔覚えたからな……」
どこかで聞いたことある、捨て台詞を残して、冒険者二人は去っていた。ソフィアが笑顔で手を振ると、また電撃が飛ぶと思ったのか、二人は急に走り出し、周りのやじ馬から笑われていた。
「一応逮捕した方がよかったかな……」
去っていく二人の背中を見たリックがつぶやく。
「もうすぐキラービー大発生で、冒険者さんが増えていますから毎回この時期はトラブルが多いんです。全部逮捕してたら冒険者さんいなくなっちゃいますよ」
「そういえばそんなこと隊長が言ってたね」
リックはカルロスの言葉を思い出していた。キラービー駆除のために、王国中の冒険者をかき集めていた。
「でも、冒険者さんのなかには元兵士さんや騎士さんも多いから話して分かる人も多いんですけどね」
「へぇ。そうなんだ」
「キラービーの駆除のために二年おきに兵士と冒険者への転職を繰り返す人もいますよ」
「それはすごいな……」
騒ぎを収集したリックとソフィアは、目的地である裏通りのエドガー鍛冶店へと向かった。この間と同じようにカウンターにいる、髭の老人に話しかけてエドガーを呼んでもらう。
「(そういえば…… このおじいさんは一体何者なんだろう……)」
鍜治場に向かう老人の背中を見てリックは首をかしげた。すぐにエドガーが呼ばれリック達の前に来た。
「リックおにーちゃん! いらっしゃい! ヘビーアーマーはもうできてるよ。あと予備の剣をまたつくったからもっていくといいよ!」
リックを見たエドガーはすぐにヘビーアーマーを出してきた。リックは出されたヘビーアーマーを装備する。
「リックは似合いますね」
「そう? ありがとうソフィア」
ヘビーアーマーを装備したリックを見てソフィアは微笑む。兵士が使うヘビーアーマーとは、全身を覆ういわゆるプレートメイルだ。鉄とグラント王国でとれるグラディア鋼という、金属の合金でできており、軽くて動きやすく防御力は騎士の鎧よりも高い。胸の部分に盾の横に翼が生え上に王冠がついた防衛隊の紋章が入っている。兜の顔面部は視界を確保するため開いており、額の下と頬の部分が金属におおわれ、頭は頭頂部から後頭部にかけてほぼ金属におおわれている。リックはヘビーアーマーを装備した状態で、手足を曲げたり体をひねったりして動きを確かめる。
「すごいな。軽くて動きやすい」
「はい。ほとんど少し重いくらいでライトアーマーと変わらず動けるんですよ。さすが親方さんです」
「そうだね。さすがエドガー」
二人に褒められたエドガーは恥ずかしそうに頭をかくような仕草をする。動きを確かめたリックはヘビーアーマーを外しカウンターの上に置いていく。
「ヘビーアーマーはこの魔法道具箱にいれておくと携帯できるからね」
「へぇ。そうなんだ? ありがとう」
エドガーが小さい手のひらにのる、宝箱のような箱を出してカウンターに置く。これは魔法道具箱といって魔法の力で、物体を小さくして保管できる箱だ。使用方法は通常の宝箱と一緒で、蓋を開け物を箱の上に持っていくだけで、自動で小さくなって箱に吸い込まれて収納される。この魔法道具箱にヘビーアーマーをいれ、ポケットや袋などに入れておけばヘビーアーマーを持ち運べる。王都の防衛隊ではみんなこの魔法道具箱にをいれ携帯し、緊急時にいつでも使用できるようにしている。
魔法道具箱にヘビーアーマーをしまうリック、エドガーがつくってくれた予備の剣も魔法道具箱にしまった。用事も終わったリック達が、そろそろ帰ろうかとしようとすると、鍛冶屋の扉が開き誰か入ってきた。
「こんにちは! エドガーいるかい?」
「あれ? メリッサさんも買い物ですか?」
「おぉ。リックとソフィア。あたしのヘビーアーマーのメンテナンスしにね。二人は?」
「俺のヘビーアーマーを受け取りにきたんですよ」
エドガー鍛冶店に入ってきたのはメリッサだった。中に居たリック達に驚きながらも、嬉しそうに会話してエドガーの元へ向かう。
「あっ?! メリッサおばさんこんにちは!」
「今日はあたしのヘビーアーマーのメンテナンスをお願い」
「わかったよ。うん…… リックおにーちゃんもヘビーアーマーだったよね。なんかあるの?」
「ほら、もうすぐキラービー大発生だろ?!」
「あぁ! そっか…… 頑張ってね」
エドガーとメリッサに視線を向けリックが首をかしげた、二人がキラービー大発生について会話してるがやけに雰囲気が暗いのだ。魔法道具箱からヘビーアーマーを出し、エドガーに預けたメリッサがリック達の方にやって来た。
「リック、どうだい? エドガーは良い腕してるだろう?」
「はい! でも、メリッサさんはへびぃアーマーなんて必要ないくらい強いのにやっぱりキラービー大発生って大変なんですか?」
「まぁキラービー大発生はそうでもないんだけどね。しっかり準備しないとなんせ四分の一だからね」
「そうそう。メリッサおばさんがいくら強くても…… あの人に当たったら…… 怖いしね……」
メリッサの鎧を確認していた、エドガーが会話に参加しメリッサに同調してきた。リックは二人の会話の意味が分からなかった。
「四分の一とか当たるって何のことですか?」
「あっ! そうかリックは初めてだね、あの聖女の力を見るの!」
「そうなんだ!? リックおにーちゃん怖いんだよ。全滅聖女デスシーリカの威力は!」
「えっ? なにそれ? 全滅聖女って……」
エドガーから出た全滅聖女デスシーリカという言葉にリックは思わず声をあげるのだった。




