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星の降る線路の上で  作者: カイトの冒険の中の人
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第一章 〜五十分の一の少女〜 SCENE2

 三崎はさりげなく隣のベンチに目をやると、新たな電車の待ち人を観察した。

 待ち人はその視線に気づくふうもなく、足をぶらぶらさせながら、涼しげな顔でジュースの缶を口につけている。

 三崎は自らが手にしている缶を訝しげに見ながら、思考を巡らせていた。

 五十分の一――

子供の頃に聞いた記憶に間違いが無ければ、自動販売機の『当たり』の出る確率は、確かそれくらいだったはず。

 でも、隣に座っている少女は、三崎が次に『当たり』を引き当てるのを知っていた。

 いや、ひょっとすると……彼女自身が何らかの方法で『当たり』にしたのかもしれない。

 ――だとしたら……

この少女は超能力とか予知能力と呼ばれている、何か不思議な力を持っているのだろうか。

 それともただの偶然?

 考える程に謎は深まる。ただ一つだけはっきりしていることは、その答えを持っているのは三崎では無く、隣にいる少女であった。

 三崎は意を決すると大きく息を吸い込み、そのままの勢いで口を開いた。

 「あ、あのさ……」

 「お兄ちゃん、一人?」

 うわずった声を遮るように、唐突に少女が質問していた。

 「そ、そうだけど……」

 「どこから来たの?」

 「東京……だけど」

 「ふーん……」

 その二つの情報に納得したのか……少女は前を向いて沈黙する。

 少しの間三崎は続きの言葉を待っていたが、少女が口を開く気配が無かったので、手にしている缶を口につけた。

 冷たくて微かに甘い酸味が喉に心地よい潤いを与えた。

その時、少女が突然に声を上げた。

 「捨てられたんだ、女に!」

 絶妙なタイミングであった。突き刺すような少女の言葉に、強烈に刺激的な酸味が喉元を逆流する。

それが計算だったかどうかはわからないが効果は絶大で、三崎は涙が出るくらいむせ返ると、何度か大きく咳き込んだ。

 「ち、違う……」

 必死に否定するものの、取り乱したその声と仕草には微塵の説得力も感じられない。

 「隠さなくていいの。背中に書いてあったわよ。さっき、ちゃんと見えたんだから……」

 目の前の事実を淡々と述べるような少女の口調に、三崎は思わず自らの背中をのぞき込みそうになる。

 慌てて背中から視線を戻すと、三崎は少女の瞳にその答えを求めた。

 「あたしには見えるの……」

 そんな三崎の心を見透かしているように、少女は透き通った瞳で答えを告げた。

 抑揚の無い落ち着き払った声に、背筋が凍りつく程の畏怖の念が湧きあがる。

 ――本当に見えている?

 緊張に息を飲み見つめる三崎に、それまでの真剣な表情を解くと、少女は向日葵のような笑顔を浮かべた。

 「だって、こんな何もないところに一人で来るなんて、傷心旅行以外考えられないじゃない」

 そう言って無邪気におどけてみせる少女にほっと胸を撫で下ろす。と同時に、言いようのない怒りが込み上げてきた。

 自分よりも一回りも下であろう少女に、完全に主導権を握られ翻弄している自身への怒りでもあった。

 「そ、そっちだって一人じゃないか!」

 三崎は激しい感情を解放すると、少女に指を突きつけながら喚いた。

 「学校はどうした? まだ夏休みじゃないだろ。サボって家出でもしてきたんじゃないのか!」

 「そのとおりよ」

 「へ?」

 「あたしはこんな小さな町を出て、もっと大きな世界で生きていくの」

 肩透かしを食らったままの三崎を置き去りにして、少女は堂々と宣言した。

 「そんなちっぽけな用意で?」

 体制を立て直した三崎が、赤色の小さなリュックを嘲笑混じりで指差す。

 「アフリカのジャングルを探検しに行くんじゃないんだから、これでいいの!」

 見下ろすような大人の視線に口を尖らせると、少女は鋭く三崎を睨みつける。

 三崎も負けていない……相手が一回以上年下であることも忘れ、張り合うように冷ややかな視線で少女を睨み返す。先月二十七歳を迎えたばかりの三崎にとって、いささか年齢に相応しくない行為にも思えたが…

 「……で、どこに行くつもりなんだ?」

 「行き先なんか決めてたら家出なんてできないわ……電車に乗って、窓の外を眺めながらゆっくりと考えるの。たんぽぽの子供達が風に乗って、新しい地に旅立つようにね……」

 皮肉いっぱいの三崎の言葉など、まるで気にもかけていないように少女は瞳を輝かせた。その視線の向こうには、眩しいくらいに希望に満ちた未来が描かれているのだろうか。

 「お好きに……風に乗ることができたらな」

 三崎は余裕に満ちた表情を浮かべると、不敵に笑ってみせた。

 「どういうこと……?」

 少女がけげんに問う。

 僅かではあるが、自分に向けられた瞳に不安を宿しているのを見逃さなかった。

 三崎はたたみ掛けるように芝居がかった声で尋問する。

「俺がどうしてここに一人でいると思う?」

 「失恋したから」

 微塵の迷いも無く少女が即答する。

 これ以上に無い完璧な正解であった。三崎は自ら墓穴を掘ったことに後悔すると天を仰ぐ。

 「……いや、そうじゃなくて、だ」

 うなだれる様に何度か首を振り否定すると、ためいきと共に少女に訴えかけた。

 「来ないんだよ、電車が。もう三十分以上も到着時間を過ぎているのに……」

 三崎が突きつけた現実に、少女は少しの間キョトンとしていたが、すぐに明るさを取り戻すと嬉しそうに言った。

 「いいじゃない、そのお陰で素敵な出会いがあったんだから」

 「出会いがあと五年先だったらな」

 少しは動揺すると思っていた目論見を見事にかわされてしまった三崎は、その苛立ちを隠すこと無く少女にぶつけた。

 「何よ! 子供扱いして」

 少女が声を荒げ気色ばむ。今までの余裕の態度が一変して、真剣に三崎を睨み付けていた。

 その変貌に三崎は一瞬怯むが、ここで引くわけにはいかない。

 「大人の特権だ。俺も昔は何度も同じ悔しさを噛み締めてきた」

 「ふん」

 さも面白くなさそうにそっぽを向く少女に、追い討ちをかけるように続ける。

 「それが嫌だったら、早く大人になることだ」

 「大人になんか、ならない……」

 「時間が止まるか死なない限り、いつまでも子供ではいられない」

 「じゃあ、あなたみたいな大人にはならないわ、絶対に!」

 うんざりとしたように三崎をまっすぐに睨みつけると、少女は断固とした決意で言い放った。

 予想外の逆転打を放たれた瞬間、三崎の中にあった闘争心が一気に熱を失うと、自分でも思いもよらない一言をつぶやいていた。

 「……俺も、そう思っていた」

 「な、何よ。それ……」

 突然の降伏宣言に戸惑いの声を上げると、少女はキョトンとした瞳を三崎に向けていた。


 空は相変わらず雲ひとつ無く青かった。

 セミ達の声は一向に衰える気配が無く、鼓膜を刺激し続ける。

 新旧二人の電車の待ち人は言葉を一切交わすことも無く、完全に風景に溶け込み、その一部と化してしまっていた。

 少女との気まずい沈黙を何とかしようと考えていた三崎だが、大人げない意地がそれを邪魔して自分から歩み寄ることができない…

 そんな重い沈黙の協定を最初に破ったのは少女の方だった。

 「ねえ……」

 独り言のようにそう切り出すと、三崎の返事を待つこと無く続けた。

 「あたし達、いつまでこの駅の置物になってればいいの?」

 それを一番知りたいのは三崎自身であったが…あえて言葉にはしなかった。

 炎天下の太陽に身も心も消耗し、無意味な論争をする気力も湧かなかったのだ。

 「このままじゃ干からびちゃうよ! この若さでミイラになるなんて、まっぴらごめんだわ」

 少女の吐き捨てるような訴えに、三崎はカイロ博物館に眠る一体のミイラを思い出していた。

 『最も偉大なファラオ』と呼ばれたラムセス二世。

 長きに渡ってエジプトを統治し、生涯に五十人の妻を持ち、数々の伝説を残した王でさえも、死んでミイラになってしまえば、もうそれ以上何も考える必要なはい。

 自分の国の未来も、失ってしまった最愛の存在のことも。

 「ねえ! さっきからずっと黙ってるけど……聞いてるの?」

 殺気立った少女の声が、三崎を三千年前の古代エジプト文明から呼び戻す。

 どうやら思いつく限りの悪態をつき続けたらしい。三崎は意識を現実に戻すと、少女との回線を繋いだ。

 「聞いてるよ……他に誰もいないんだから」

 「じゃあ、何とかしなさいよ!」

 「何とかって……どうすりゃいいんだ? 魔法のステッキでも振りかざして電車を呼べばいいのか?」

 「知らないわよ、そんなこと! あなた大人なんでしょ? だったら自分で考えなさい」

 「大人って……」

 少女が突き付けた理不尽な要求に、三崎の中で何かが音を立てて崩れた。

 「そんなにここにいるのが嫌なら帰ればいいだろ! 誰がいて欲しいって言った?」

 湧きある怒りに任せて声を荒げると、もうたくさんだ……と言わんばかりに激しい感情をぶつけた。

 「静かに待ってられないんだったら、さっさと帰れ!」

 少女は驚いたように目を見開くと、小さく擦れた声でぽつりとつぶやいた。

 「いや……帰りたくない、絶対に」

 負けずに言い返してくるのものだと構えていた三崎は、想定外の少女の行動に戸惑う。

 ――少し言い過ぎたか……

 三崎はゆっくりと隣のベンチに目をやった。

 少女は寂しげに瞳を落とすと、ただ黙って両膝の上で握った拳を見つめていた。

 あともう一度、心に衝撃が加わるとその拳に涙が落ちそうな空気だった。

 成り行きと言え、彼女を傷つけてしまった罪悪感が胸を締め付ける。

 ――何とかしなければ……

 涙を見せる女性ほど強い存在はいない……それがいかなる年代であっても。

 三崎は急いで少女にかけるべく言葉を探したが、気ばかり焦って上手く見つけることができなかった。素直に謝る……の選択肢もあったが、それは最後の最後まで使いたくなかった。その謝罪は安易で的を射ていないような気がするし、彼女自身がそれを望んでいないように思えたから。

 そんな三崎をせかすように、少女の瞳が涙でいっぱいになる。

 焦燥感に追い詰められた三崎は、とっさに見切り発車の選択をした。

 「あのさ……」

 「そうよ!」

 三崎の声を掻き消すように少女が声を上げた。

 「きっとそうよ!」

 少女は力強くうなずくと、隣で口を開けたままの三崎のことなど眼中にないように、自分自身に言い聞かせる。

 「待ってるのよ……」

 「へっ?」

 「あたし達が来るのを待ってるの」

 「だから……何が?」

 何かに取り憑かれたように繰り返されるその言葉が、誰に向かって発しているのかわからなくなった三崎は、それを確かめるために少女の瞳をのぞきこむ。

 視界に飛び込んできた三崎を真っすぐに見つめると、少女はどこまでも真剣な眼差しで、当然と言うように言い放った。

 「電車に決まっているじゃない!」

 少女は勢い良くベンチから立ち上がると、呆然とする三崎に背を向けて歩き出す。

 「お、おい……どこへ行くんだ?」

 釣られるようにベンチから腰を上げた三崎は、少女の背中に呼びかける。

 少女はゆっくりと振り向くと、落ち着いた口調で言った。

 「迎えに行くのよ……電車を」

 何をわかりきったことを……そう言いたげな瞳を残して踵を返すと、ホームの先に歩きだす。

 「迎えに行くって……一体どこに?」

 それに答える代わりに、少女はホームの先から勢いよく飛び降りると、ホームの下から三崎を見上げ、右手の指を真っすぐに伸ばすと、躊躇いの欠片も無く言った。

 「この線路のずっと先よ」

 「ずっと先って……」

 三崎は少女の指差す方向に目を凝らす。当然のことながらそこには線路しか存在しない。

 「線路を走らない電車を見たことがある?」

 「そりゃあ、そうだけど……」

 「まだわからないの? 電車があたし達に迎えに来いって、そう言ってるのよ」

 早く目を覚ましなさい! 三崎を見上げる視線が、まるでそう言っているようであった。

 「あたしは自分の足で答えを見つけに行く。あなたは?」

 ――俺……?

 その瞬間まで他人事だと考えていた三崎は、突然に突きつけられた意思確認に、戸惑いを顕わにする。

 断片的に見れば少女の言っていることは間違いではない…でも、だからと言って、そこから導き出す結論としてはかなり強引で、あまりにも現実離れしすぎている。

 「いいわよ、そこでずっと待ってなさい。百年経っても電車なんか来ないんだから!」

 答えを出せずにいる三崎に痺れを切らしたのか……少女は指を突きつける勢いでそう言い残すと、三崎に背中を向け歩き出した。

 「お、おい……」

 「じゃあね、ジュースごちそうさま」

 礼儀正しく吐き捨てると、三崎を振り返ることも無く手を振った。

 「ちょ、ちょっと待てよ。電車が来たらどうするんだよ?」

 「その時はあたしの考えが間違っていたことが証明されるだけよ!」

 少女は毅然と言い放つと、自らの信じる道を力強く歩き続けた。

 「確かにその通りだけど……」

 遠ざかっていく少女の後ろ姿を眺めながら、三崎は小さくつぶやく。

 「何考えてるんだ、いったい……」

 三崎はゆっくりと、ホームの先から線路を見下ろした。

 線路までの高さは僅か一メートル…三崎が一歩を踏み出して重力に身を任せれば、あっという間にそこに行ける。

 でも……その小さな一歩は、非日常への大きな一歩…そこに足を踏み入れることは、今までに信じてきた常識、概念を全て捨ててしまうことになるような気がした。

 ――できるわけがない……

立ち尽くす三崎の耳に、ふと少女の言葉が蘇る。

 ――あたしは自分の足で、答えを見つけに行く。

 直接心に響き渡るような少女の声に、三崎は大きく息を吸い込むと深く目を閉じる。

 考えれば考える程、彼女の言い放った一言が、この世の中で一番確かなもののように思えた…

 「どうかしてるよ、まったく……」

 二度、三度小さく首を振ると、三崎は観念したように小さな笑みを零し、ホームから数歩下がる。

 そして、ベンチにある自らのリュックサックを掴むと――ダッシュと共に勢いよくホームの先から跳躍した。

 まるでスローモーションのように三崎の体は宙に舞い、長い滞空時間を経てゆっくりと線路に降り立った。

 靴の底に感じる地面の感触を確かめると、線路の先に視線を向ける。

 次に取る行動は簡単だった。

三崎は線路の先を遠ざかっていく少女の背中に照準を合わせると、躊躇うこと無く駈け出していた。 

 走り出してすぐに、ベンチに忘れてきた時刻表のことを思い出したが、取りに戻ろうとは思わなかった。

 三崎は今までの旅の相棒に別れを告げると、新しい相棒を目指し走る速度を上げた。

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