71話 王都へ
ドォーン.....
「んぁ...... 」
日が登るより前にノースラント村を出た俺達は、数日前にも利用したペンドラゴへ続く街道を進んでいた。
ガラガラと車輪が転がる音が規則よく鳴り、馬車が揺れる。
俺は村を出た直後は前回みたいな事が無い様に集中して周囲を警戒していたが...... 溜まった疲れからか、いつの間にか浅い眠りに落ちていた。
そんな心地よい微睡みの中で、遠くから物音が聞こえた気がした。
その物音で、俺の意識はこちらの世界へ呼び戻された。
「あ、 ミカド起きたの?あと少しでペンドラゴに着くけど、もう少し寝てて良いんだよ?昨日余り寝てないんでしょ?」
「ん...... セシルか...... 大丈夫...... ある程度寝れたから問題ないよ...... んっ」
ゆっくり目を覚ますと、右隣に座っていたセシルがこちらを覗き込んでいる。
馬車に設けられた窓から差し込んだ光がセシルの可愛らしい顔を照らしている。
うん、やっぱセシルは可愛い。
そんな事を寝惚けた頭で考えながら体を起こす。硬いソファに凭れ掛かりながら寝た所為で背中が痛い。
背中の筋肉が硬くなっている感覚を感じながら、瞼が閉じない様に目元をガシガシと強めに擦った。
よし、意識がハッキリしてきた。
俺の右隣にはセシルが、反対側の壁にはドラルとレーヴェがうつらうつらと船を漕いでいた。
あれ?マリアの姿が見えない... ...
「なぁセシル。マリアは?」
「え?あぁ......マリアちゃんなら...... 」
「呼んだ...... ?」
「うぉ!?」
「あはは...... 後ろに居るよ 」
ボソッと、何気なしに小さく呟いた次の瞬間、姿が見えないと思ったマリアが真後ろに立っていた。
セシルは困った様な笑いを浮かべているが、寝起きの俺にこのドッキリは心臓に悪い。
お陰で目は完全に覚めた訳だが......
と言うか、マリアはいつの間に気配を消すなんて高等技術を身に付けたんだ。
「いきなり後ろから声を掛けないでくれ。ビックリするだろ?」
「ごめん...... 出来るだけ気をつける 」
「出来るだけなんだ...... それより、どこに隠れてたんだ?」
ハッキリ目が覚めた俺は改めて馬車の内部を見渡した。
外から見ると大きかったこの馬車だが、1歩中に入ると内部は意外と狭い。
人が隠れられそうな所と言ったら、内部に置かれた簡素な造りのソファの物陰位しか無いのだが......
「隠れてない...... あそこに居た...... 」
「あそこ?」
マリアがボソッと呟き、馬車の前方を指差す。
その方向を見ると、御者さんが座る部分と客車の中間地点に位置する天井の一部に丸い穴が開けられており、そこには小さな梯子が架けられていた。
「ん、あの梯子を登ると、馬車の屋根から顔が出せた...... 」
あぁ、なるほど。
あの丸い穴と梯子は戦車で言うところのキュポラーみたいな物か。
「でもマリアちゃん。なんで外の様子を見に行ったの?」
「変な物音が聞こえたから...... 」
「変な物音......?私は聞こえなかったけど......」
「......マリアは聞こえたのか?」
「ん...... 」
マリアは確かに、1回力強く頷いた。
俺も物音が聞こえた気がしたが、マリアもその物音を聞いたとなると、どうやら俺が見た夢ではない様だ......
この五感の鋭さ...... さすがエルフ。
「どの方角から聞こえたか分かるか?」
「えっと......あっち...... 」
ドォーン......
改めてエルフの五感の鋭さに感心していると、マリアは物音が聞こえたと言う方向を指差した。
それと同時にマリアが指を差した方向から、何かが爆発する様な音が今度はハッキリと俺にも聞こえた。
マリアが指差さした方向は、進行方向真正面......
この真正面にある物と言えば......
まさか!?
「っ!」
「ミカド!?」
嫌な予感がした。いや、予感と言うより、大変な事が起こっていると本能が直感した。
セシルの声を無視し、先程マリアが言った梯子を勢い良く登って馬車から顔を出すと、馬車は丁度ペンドラゴを一望出来る小高い丘の頂上に着く頃だった。
「ん...... 今度はミカド様ですか?どうかなさいましたか?」
「御者さん!少し急いでくれ!嫌な予感がする!
「嫌な予感?何の事で...... ん?なんだ......あれ...... 煙?」
「あっ!」
俺が馬車から顔を出すと、ギルドの制服を着た御者さんが不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
が、俺の慌てた様子を見て首を傾げた御者さんも顔を前に向けると、空へ登る幾つものも黒煙に気付いた。
「っ !!」
「な......何て事だ!」
そうこうしている内に、馬車は丘の頂上に到着した。
そして、この丘の頂上から見えた景色は、数日前からは想像も出来ない物だった。
眼下には重厚な城壁や大きな堀に囲まれたラルキア王国の王都、ゼルベル国王の居城が有るペンドラゴが広がっていた。
が、今回は明らかに異常だった。
空に立ち込める黒煙。
燃える建物。
微かに鼻に付く、肉が焼ける様な臭い。
一部崩れ落ちた城壁。
ドォーン!と言う爆発音と同時に聞こえる悲鳴と、吹き上がる炎。
その光景は、まさに戦場その物だった。
ラルキア王国最後の砦、王都ペンドラゴは攻撃を受けていた。
さっき聞こえた物音はこの爆発音だったのだ。
「み、ミカド!今、爆発音が!」
「何かあったのですか!?」
「何だ何だ!?何が起こってる!?」
「ミカド...... 」
「皆!」
数秒前に聞こえた大きな爆発音を聞き眠気が覚めたのか、さっきまで船を漕いでいたドラルやレーヴェを始め、セシルとマリアが馬車の中から身を乗り出してきた。
「な...... ! これって...... !?」
「ペンドラゴが!!」
「攻撃されてる!?」
「...... !」
「ミカド!どう言う事だよ!」
予想外の事態にレーヴェが俺の胸倉を掴み上げてきた。
レーヴェの整った額に冷や汗が滲んでいる。
「俺だって分らねぇよ!でも...... 確かなのは、ペンドラゴは攻撃を受けている!」
俺の考えは直感から確信に変わった。
まさか昨日話した最悪の結末が、こんなにも早く実現する事になるなんて!!
「あれ......で、でもミカド!敵の姿が見えないよ!?」
「なんだと!?」
「まかさ......もうペンドラゴ内部に!」
状況から見て違和感しか感じないセシルの言葉。
その言葉を受け再度ペンドラゴの方を注意深く見てみたが、確かに敵と思しき姿は確認出来なかった。
この厳重で難攻不落の大要塞ペンドラゴを攻撃するなら、最低でも万単位の兵士が必要になる筈だ。
だが、周囲にそれらしい者の姿は見えない。
( くっ!ドラルが言う様に、敵はもうペンドラゴ内部へ侵攻したのか!? あ、あれ? )
一瞬その考えが頭を過ぎったが、俺はもう1つ、ある事に気が付いた。
ペンドラゴの周りには、敵の姿だけでなく死体の1つも見当たらない...... まさに、猫の子1匹見当たらなかったのだ。
仮に敵が攻めて来たとしてその敵が軍略の大天才だったとしても、この要塞都市を1人の死者も出さずに攻略出来るわけが無い。
( ならペンドラゴは誰に攻撃されている? 消去法で残る可能性は......クソ...... どう考えても、この可能性位しかねぇじねぇか!)
「兎に角ペンドラゴに向かうぞ! 御者さん急いでペンドラゴに向かってくれ!全速力でだ!」
「は、はい!」
「セシル!マリア!ドラル!レーヴェ!戦闘態勢だ!俺達はこのままペンドラゴに突入する!」
「戦闘態勢!?で、でも敵は!」
「敵は居る!ペンドラゴの中にだ!!」
「それって!?きゃっ!」
怒号が飛び交う中、停まっていた馬車が物凄いスピードで動き出した。
その勢いは凄まじく、あっという間にペンドラゴの城門の1つ...... 巨大な東門へ迫っていた。
「み、ミカド様!橋が!跳ね橋が上がっていきます!」
「何!?」
馬車の外から、御者さんの絶望的な叫び声が聞こえた。
急いで相棒の太刀を手に取り再度顔を馬車の外に出すと、目の前に迫る東門の前の地面が、ゆっくりと上へ釣り上げられる様に動いていた。
このペンドラゴは辺りを大きな空堀や水堀に囲まれている為、城外へ出るにはこの道を通らなければならない。
以前もこの道を通った事があるが......不覚にも巨大過ぎて、これが跳ね橋である事を見落としていた。
この道幅40mは優に越えようかと言う巨大な跳ね橋は、今、地面から20センチほど浮き上がっている。
「御者さん!このまま突っ込め!」
「なっ!?何言ってるんですか!無茶ですよ!!」
「行くしか無いんだ!今このタイミングを逃したら、ペンドラゴは城外と隔離させちまう!これがラストチャンスなんだ!」
「あぁ!!もう!どうにでもなれ!!」
「皆何かに捕まって歯を食いしばれ!吹き飛ばされるなよ!」
アドレナリンが出ているのか...... 自暴自棄になってしまったのか...... ヤケに踏ん切りが良い御者さんの操縦で、馬車は更にそのスピードを上げた。
「いっけぇぇえええ!!」
そう叫んだ次の瞬間。
体を浮遊感が包み込んだ。
内臓が体内でフワッ...... と、浮き上がる感覚を感じた刹那、ガシャァァアン!と言う轟音と共に、凄まじい衝撃が俺達を襲った。
「っく...... 皆大丈夫か!」
「な、なんとか...... 」
「私も大丈夫です...... 」
「ぼ、僕も...... 」
「問題無い...... 」
壁に頭をぶつけたのか...... 俺は軽い目眩に襲われつつも皆の安全を確認したが、どうやら皆無事な様だ。
「そうだ!御者さんは!?」
皆が無事とわかった俺は、馬車を飛び出した。
馬車の外に広がる景色は、先日見た豪華な街並みからガラッと変わってしまっていた......
建物が崩れ落ち、黒煙が至る所から立ち昇っている......
そして、その人は地面に倒れていた。
「大丈夫か!?」
「は、はい。ちょっと体を打ちましたけど、問題ありません..... 」
「そうか。無茶を言ってすまなかった......貴方はとても勇敢な人だ......名前は?」
「の、ノースラント村ギルド支部...... 3級職員...... ノーマス・ブラウン...... 」
良かった。どうやら御者さん...... ブラウンは馬車から投げ出されたみたいだが、命に別状は無さそうだ。
俺はこの勇敢な御者さんの名前を胸に刻み込んだ。
彼の力が無ければ、俺達はこうしてペンドラゴ内部に来れなかっただろう。
「ブラウン...... 良い名前だ。立てるか?」
「はい...... っ...... 」
「とりあえず軍の所に行こう。そこなら手当をしてくれる筈だ」
「賛成です...... 」
「ミカド!御者さんは大丈夫!?」
ブラウンの安全も確認すると、セシル達もそれぞれの武器を携えこちらに駆け寄ってきた。
俺は彼女達に心配いらないと言う様に手を上げる。
「あぁ大丈夫だ。でも念の為、ラルキア王国軍と合流して彼の手当をしてもらおう」
「そうですね...... あ!! ミカドさん!前方にラルキア王国軍が!」
ブラウンに手を貸し体を起こしていると、ドラルが安心した様な声を上げた。
顔を前に向けると、ラルキア王国の紋章が刻印された鎧を纏った一団が俺達の方へ向かって来るのが確認出来た。
「た、助かった...... お〜い!」
「ま、待て!ブラウン!」
味方を見つけた安心感からか、ブラウンが大きな声を上げながらラルキア王国軍の一団へ手を振る。
そして手を振るブラウンをハッキリと指差した1人の騎馬武者が、馬足を速めこちらへ走ってくる。騎馬武者の手には眩しく輝く長剣が握られていた。
そんな騎馬武者の姿を見たブラウンも、俺の静止を無視して手を振り払い、お覚束ない足取りでその騎馬武者へ駆け寄って行った。
「助かった...... 自分達はノースラント村から来たギルド職員とギルド組員達です!是非軍に保護して...... 」
ザシュッ!
ブラウンの言葉が途切れたと思った次の瞬間、赤い雨が降った。




