58話 丞相
「失礼ですが、貴方は?」
魔術研究機関 局長ダルタス・マーラル専用の研究室の前で俺は名前を呼ばれた。
振り返ると、そこにはスーツの様なピシッとしたシルエットの黒服を着たボディーガードと思しき20代位の男性が6人と、気難しい顔をして俺達を見つめる40代程の男性が4人。
そして、白地に黄金の装飾が施されている服を着た初老の男性が、先に述べた10人を率いる様に立っていた。
俺に声を掛けたのは、この金色の装飾を施した服を着た初老の男性だろう。
歳は50半ば程、綺麗に整えられた長い白髭が特徴的だ。
だいぶ前、ユリアナと初めて会った時、普段の様なフランクな口調で話しかけ失敗した経験があったから、当たり障りない言葉遣いを意識しつつ返事をして初老の男性達に振り返った。
「これは失礼した。私はラルキア王国の丞相を務めているベルガス・ディ・ローディアと申す者。以降お見知り置きを」
「「「「「丞相!」」」」」
丁寧な仕草で自己紹介をして頭を下げる初老の男性の正体を知り、俺を含め、セシルにティナ、レーヴェは思わず声を上げてしまった。
この時、俺は険しい顔をしているマリアに気が付かなかった......
【丞相】...... ミラに教えてもらったが、丞相とはこのラルキア王国で政治に関わる人物が付く最高位の位。政治の責任者だ。
つまり、丞相と言う称号は国王のゼルベル陛下他王族に次ぎ、軍隊の最高位責任者【元帥】と並ぶこの国のナンバー2と言うことになる。
だが、なぜ政治界のナンバー1たる丞相が俺の名前を知っているんだ?
「いや、いきなり声をかけて申し訳ありません。
その黒い髪に黒い瞳...... もしや以前、ユリアナ姫殿下の危機を救った英雄のミカド様かと思い、お声を掛けさせていただきました。
本来でしたら、以前ミカド様方が王都にいらっしゃった時にご挨拶申し上げたかったのですが、何分多忙な身故、それも叶わずと言った訳で.... 」
俺が疑問に思っている事をベルガスと名乗った丞相は、自ら俺の名前を知っている訳を苦笑い混じりに説明してくれた。
思い返してみれば、以前王都ペンドラゴに招待して貰いゼルベル陛下と謁見した時には、ゼルベル陛下に当事者のユリアナ、妹のローズに執事のギルバートさんしか居なかった。
この分だと、俺の知らない所で俺の名前が一人歩きしているのかも知れない......
「そうだったのですか...... 失礼しました。私が西園寺 帝です」
「おぉ、やはり! 件の英雄にお会いでき光栄です!」
「はは...... 恐縮です。ですが、ユリアナ殿下救出は私1人の力では成し遂げられませんでした。
隣に居るセシル・イェーガーの助力が有ったからです」
「ご謙遜とは...... 若いのにしっかりしたお方だ」
改めて自己紹介をした俺の言葉を聞き、ベルガス丞相は笑みを浮かべながら右手を差し出してきた。
「改めて、ユリアナ姫殿下を助けてくださり、ありがとうございました」
大袈裟すぎる位の反応に、思わず苦笑いになりつつ俺は差し伸べられたベルガス丞相の右手をしっかり握り返した。
握手をするベルガス丞相は、年老いた見た目からは想像も出来ない程力強く、俺の手を握った。
ベルガス丞相の後ろに控えているボディーガードやお付きの人達の睨みつけてくる視線がちょっと怖いが......
「して、ミカド様方は何故この魔術研究機関に?」
握手を交わし、何方ともなく手を離せばベルガス丞相が俺の顔を覗き込んできた。
こちらを見つめるベルガス丞相の瞳は、何もかも見透かしている様な怪しい光を纏っているみたいだった......
「話せば長くなるのですが...... 自分を始め、後ろにいるセシル・イェーガーに龍人族のドラル・グリュック、獣人族のレーヴェ・グリュック、そしてエルフ族のマリア・グリュックは、最寄りのノースラント村ギルド支部で発案された【ラルキア王国全土で起こっている爆破事件】の調査を任されました」
「ふむ、大方、ギルド条約の発令で人手を取られているギルドや、国家防衛戦闘態勢が発令されている軍に変わって...... といった具合ですな?」
「その通りです。我々は、この爆破事件には特殊な魔法具が使用されたと考え、本日は魔術研究機関にその調査の協力を頼みに来ました。
そして、此処に居る魔術研究機関の技術者、ティナ・グローリエに調査の協力をして貰えるようダルタス局長に許しを貰った所です」
「なるほど。しかし...... ラルキア王国全土で起きている爆破事件か......」
「はい。我等はこの事件を解決する為に此処へ来ました」
俺は自分達が此処、魔術研究機関に居る理由を説明しつつ、ミラが認めてくれた【ノースラント村ギルド支部発案:ラルキア王国 同時爆破攻撃事件 独自調査(仮)】の依頼書をベルガス丞相に差し出した。
ベルガス丞相は直ぐにこの依頼書の意図を見抜いたらしく、真剣な表情で依頼書に目を落とす。
「仔細分かりました。我々ラルキア王国議会も今回の爆破事件の調査を始めたばかりですが何分情報が少なく、難儀しておりました。
ですが座して傍観している訳にはいかず、こうして政府機関等に足を運び、異常がないか視察しに来た次第です」
「なるほど...... しかし何故わざわざ丞相閣下が足を運ぶ必要が?
現段階ではまだ王都で爆破は確認させていませんが、絶対安全という訳ではありませんよね?」
「ラルキア王国は現在、国家防衛戦闘態勢とギルド条約第2項第1条が発令されております。
これにより王都に詰めていた近衛兵他、ラルキア王国軍は被害のあった各駐屯地や防衛の要となる砦に増援として出払い、更にギルド本部もギルド条約第2項第1条の発令で、被害があった各支部の被害状況の確認や、担当区域の治安維持に人手を割かれている為、今ラルキア王国は何処も人手不足なのです。故に私が直接足を運んだのですよ」
「なるほど...... 」
静かに今ラルキア王国が置かれている状況を語るベルガス丞相だが、その顔には焦りが見て取れた気がした。
ベルガス丞相が此処に足を運んだのは、異常がないか自身の目で確認する為らしい。
「正直な所、今ラルキア王国は更なる被害を食い止める事で手一杯で、この件の調査までしている余裕がありません。
ミカド様達のような有能な方々が率先して、この件の調査をしてくれるのは僥倖です」
「丞相...... お時間が押しております。そろそろ...... 」
ベルガス丞相の話が終わるのを見計らっていた様に、区切りのいい所でタイミング良く後ろに控えていた中年の男性が険しい声でベルガス丞相に耳打ちする。
お互い忙しい身、これ以上の会話は今後のスケジュールに支障をきたすと判断したのだろう。
「お忙しい所、時間を取らせてしまい申し訳ありません。では、我々はダルタス局長にご挨拶しなければならないので、これにて失礼します」
「はい。何か力になれる事があれば是非伝えて下さい」
「えぇ。では、また」
最後に2、3言葉を交わすとベルガス丞相は柔らかい笑顔を浮かべ、お供を引き連れてダルタス局長の部屋に入っていった。
「ベルガス丞相...... 偉い人の割に話しやすい良い人だったな」
ベルガス丞相がダルタス局長の部屋に入っていったのを見届けた俺達は、魔術研究機関の廊下を入り口目指しながら、先程会話した初老の男性の印象を語る。
「そうだね。丞相って言うくらいだからもっと威張ってるかと思ったけど、優しそうな人だったね」
「はい。変に緊張せずに済みました」
「ちょっと腰が低すぎだと思ったけどな。あ、あとあのベルガスってオッさん、多分先祖にエルフが居るぞ」
「え? そうなの?」
「あ、言われてみれば、確かにあの人の耳、少し尖っていた様に思います」
セシル達がベルガスの印象を語り合っている。
先祖にエルフが居ると言うのに気付いたのはレーヴェだ。 ラルキア王国は奴隷と呼ばれる他大陸の人達に寛容、もしくは同情的な人が多いから、こういった事もあるのだろう。
それにしてもベルガスという男性は腰が低く、威圧感も無し。それに優しい人だった。
数分話しただけだが、人として優れている事がハッキリ分かる。
将来働くなら、こんな上司の下で働きたいな......
「あ! って言うかミカド! ミカドはユリアナ殿下を助けた事があるのか!?」
「ま、まぁな...... 」
「うぉおお! すげぇ! なぁ、詳しく教えてくれよ!」
「レーヴェ、少し落ち着きなさいよ...... あら? マリアどうかしたの?」
「ん...... ちょっと...... 」
何故か鼻息を荒くするレーヴェに俺は苦笑いを向ける。
すると、ティナの声が聞こえた。
後ろを振り返ってみると、何やら難しい顔をしたマリアが丁度小さく口を開いた。
「さっきのベルガス丞相か、後ろの人か分からないけど...... 誰かから嫌な気を感じた」
「え...... 」
気...... エフル族という種族は人や動植物から発せられる気配を感じ取る事が出来る。
マリアもこの例に漏れず、人の発する気に敏感で、先程会話したベルガス丞相一行から何か違和感を感じ取った。
「嫌な気って...... ?」
「ミカドやセシルみたいにキラキラした温かい物じゃ無くて...... もっと暗くて、冷たくて...... ドロドロした感じ...... 前に奴隷商人達から感じた気に近かった......」
「なんだって!?」
「誰の気か分からないの?」
「11人も居たから分からない......でも、あの11人の中に嫌な気を発してる人が居る...... 」
奴隷商人と聞いたレーヴェ、ドラルが声を荒げる。
マリア達は以前、奴隷商人に捕まった事があるだけに過敏に反応した様子だ。
それにしても、やらかした......
さっきベルガス丞相には、俺達の身元を確認させる為に名前や住所が書かれている依頼書を見せてしまった。
マリアが奴隷商人達に感じた気と近かったと言う点からも、恐らくだが、マリアが感じた気の持ち主は彼奴らと同じ外道の可能性が高い......
くっ...... もっと慎重になるべきだった......
「で、でもさっきのベルガス丞相を含めた10人に気をつければ良いよ!ね?」
「そうだな...... 過ぎた事を言っても始まらない。これからはもう少し慎重になるよ...... マリア、気づいてやれなくてごめんな...... 」
「ミカドは悪くない...... 気にしないで」
このマリアの言葉を最後に、なんとも言えない雰囲気になってしまい、魔術研究機関の入り口に着くまで誰も口を開かなかった......
「それじゃ、私は例の魔法具の仕組みを調べれば良いのよね?」
入り口に着いた俺にティナが無理に明るい口調で問いかけてくる。
ティナなりにこの気まずい雰囲気を案じての事だろう......
「あぁ。俺達は他にも調べなきゃならない事があるからもう帰るけど、暫くはメインストリート沿いにある【パセテ】って宿を拠点にしてるから、何か分かった事があったらパセテに来てくれ」
このパセテと言う宿は、王都ペンドラゴのメインストリート沿いにあるホテルの事で、ギルド関係者御用達らしい。
今回王都で調査をするにあたり、ミラが此処を拠点として利用できる様に経費として50万ミルを前もって貰っている。
それと同時に、このパセテの一室を借りれる様に手配してくれていた。
「あぁ、あそこね...... わかったわ。何かあったら連絡するわね」
「それじゃティナちゃん。後はよろしくね?」
「「「よろしくお願いします」」」
「任せておいて。セシル達も調査頑張って」
こうして俺達はティナと別れ、魔術研究機関を後にした。
マリアが感じた悪い気の持ち主と言う、新たな不安材料が出来てしまったが、今はラルキア王国爆破事件の黒幕を見つける事に集中しなければ......
ここまでご覧いただきありがとうございます。
どうでもいい事ですが、最近作者が退職&転職した事でバタバタしており、更新が大幅に遅れてしまいました。
まだ暫く更新が遅れるとは思いますが、今後とも『ロリババア神様の力で異世界転生』( ロリ転 )をよろしくお願いいたします。
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