10
日が沈み始める夕暮れ時。目を覚ますと、僕は賀茂家の一室で蒲団の上に寝かされていた。
「う・・・僕、確か二条城で牛鬼と闘ってて・・・」
「晴支、目が覚めたか。何処か具合の悪い所は無いか?」
起き上がろうとする僕に手を貸しながら、貴人が問い掛ける。「大丈夫。」と答えていると、近くに控えていた葛の葉庵の皆や信楽先生、孝行達も集まって来る。
神崎さんの魂は?
僕が貴人に問おうとした時、パタンッと部屋の扉が開く。
「皆さん、御迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。助けて頂いて、有難う御座いました。」
神崎さんは深く頭を下げると、楓君と一緒に部屋の中に入った。意識を取り戻し元気になった神崎さんの姿を見て、僕はバッと勢い良く立ち上がり彼女の許へ駆け寄った。
「神崎さんっ!意識が戻ったんだねっ!!大丈夫?もう何ともない?」
両肩を掴んで一気に話し掛ける僕に神崎さんは一瞬目をパチクリとさせるが、「私は大丈夫です。」と優しく微笑みかけてくれた。
「・・・良かった。」
ほっとして力が抜けてしまった僕は、へなへなっとその場にしゃがみこんだ。
「心配かけて、済みませんでした。」
申し訳なさそうに眉尻を下げ微笑みながら、神崎さんも僕と目線を合わせる様にそっとしゃがむ。
「敵の幻術に苦しんでいた時・・・神崎さんの声が聞こえたんだ。君の声のお蔭で、僕は幻術から抜け出せる事が出来た。有難う、神崎さん。」
「土御門君の役に立てたのなら・・・良かった。とても嬉しいです!」
僕と神崎さんは互いに向かい合って嬉しそうに笑い合う。そんな2人の様子を、皆は優しい眼差しで静かに見守っていた。
賀茂家に一泊してしっかり体を休ませた僕達は、宇迦御魂神様に報告と挨拶を済ませた後、東京に帰る事になった。
「晴支。ちょっと良いかな?」
帰る直前、孝行が僕を呼び止め部屋へと誘う。
「晴支、君は人間にも、妖にも優し過ぎる。闘いの最中に甘さを見せれば、それは隙になるし、弱みになる。君のその甘過ぎる優しさが、いつか君自身に災厄を齎すかもしれないよ。」
真っ直ぐ僕を見つめ、静かに語り掛ける孝行。彼の言っている事は正しいと思う。僕の甘さが、僕や周りの大切な人々を危険に晒す事になるかもしれない・・・。でも、それでも僕は・・・。
「孝行の言う通り、僕の考えややり方は甘いのかもしれない・・・。でもやっぱり・・・僕は人間でも、妖でも、助けを求められれば手を差し伸べられる陰陽師でありたいと思う。」
僕が力強く、はっきりとそう述べると、孝行は少し困った様に眉尻を下げ苦笑する。
「君は本当に頑固者だな。一度決めたら、絶対に引かない。」
「アハハ。自分でもそう思うよ。」
2人の間の緊張が少しずつ緩んでいき、僕達はくすくすと笑い合った。
「引き留めて悪かったね。中庭で皆が待っているだろうから、そろそろ行こうか。」
「うん。」
2人で中庭に行くと、先に皆が集まっていて賑やかにお喋りしていた。
「紫苑ちゃん、今度お勧めの可愛い小物雑貨の店や美味しい抹茶シェイクのお店を紹介しますわ。太陰さん達や紗矢さんも誘って女子会しましょう。!」
「はい、是非!」
神崎さんと道華は楽しそうに女子トークに花を咲かせている。いつの間に仲良くなったんだろう?
「白虎!お前は勝手な行動ばかりして・・・いい加減にしろ!!」
六合は白虎に説教をしているみたいだ。でも白虎は素知らぬ顔で大きく手を広げて楽しそうに語り出す。
「もうっ。六合は怒ってばっかりですネェ。スキップでもして落ち着いたらどうですカ?いや・・・六合にはスキップは必要無いですかネ。ねぇ、剣治君?」
「!?はぁっ!?何で僕に聞くんだよっ!?」
突然話を振られた剣治は何故か顔を真っ赤にしている。むすっと頬を膨らませている剣治の周りを、白虎は揶揄う様にスキップで回り始める。
「晴支!孝行!何処行ってたんだよ?皆待ってたんだぜ。」
僕達の姿を見つけた壮吾が手を振りながら呼び掛ける。
「御免、ちょっと2人で話をしてたんだ。」
「済まないね、待たせて。」
僕達は急いで皆の許へと駆け寄って行く。全員揃ったのを確認した信楽先生が、東京へ繋がる陣を出現させる。
「皆、本当に世話になったね。東京で何かあったときは、いつでも声を掛けてくれ。俺達もそっちに駆け付けるよ。」
「有難う、孝行。久し振りに会えて良かった。じゃあ、またね。」
「ああ、気を付けて。」
僕は孝行と挨拶の言葉を交わすと、陣の中へと飛び込み東京へと帰って行った。
晴支達が帰って静かになった賀茂家の屋敷。俺は書庫で調べ物をしていた。すると、コンコンというノックの音が響いてきた。
「孝行様・・・此処にいらっしゃったんですね。伸行様が捜しておられましたよ。」
紗矢は淡々とした調子で語りながらスッと此方に歩み寄る。
「父さんが?今回の騒動の事かな?」
僕は開いていた書物をパタンと閉じると今日の妖の事件について思い返した。
「晴支達が大きく動けば組織の妖達が喰い付くと思って準備していたけど・・・頭目は今回姿を見せなかったな。まあ、牛鬼の悔しがる顔が見れて楽しかったけどね。」
俺は本を棚に戻しながらくすっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「人が悪いですね。」
飄々と語る僕に、紗矢は真面目な表情で厳しく答える。
「ハハ。それにしても、晴支の中に眠る安倍晴明の力は凄まじいものだったな。晴支はまだ完全に力を使いこなせてはいない様だったけど・・・更に力を磨いて全力を発揮する晴支の姿を見てみたいな。」
遠くからでもビシビシと伝わって来たあの大きな気配・・・。晴支にはまだまだ強力な力が秘められている。彼なら、きっと晴明から受け継いだ大きな力を自在に扱える様になるだろう。
「そうですね。」
紗矢は楽しそうな俺の様子を静かに見守りながら、同意の言葉を呟く。
「さて、行くとしようか。」
俺はググッと一度腰を伸ばして体を少し解すと、紗矢を連れて書庫を後にした。
・・・俺達の実力が本当に試されるのは、これからだ。凶悪な妖には容赦しない。俺は大事な人達や居場所を護り抜く為なら、どんな事でもする。例え自分の命を犠牲にしたとしても・・・天逆毎を組織諸共滅ぼす!
俺はギュッと拳を固く握り、心の中で改めて己の覚悟を再確認したのだった。




