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葛の葉奇譚  作者: 椿
第5章:如意宝珠
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 絡新婦との闘いを終えて僕達が店に戻ると、店の庭に大量に積み上げられ伸びている蜘蛛の妖達と、何事も無かった様に店で作業をしている皆の姿があった。

 「お帰り、晴支。」

 「無事滝と合流出来たんだな。良かった。」

 庭に居た騰蛇と壮吾が笑って声を掛けてくれた。

 「店の方に来たのは、あの蜘蛛達だけっスか?」

 庭の蜘蛛達をまじまじと見つめながら、茨木童子が問い掛ける。

 「こっちは蜘蛛達が店の周囲を取り囲んだだけで、特に派手な攻撃はありませんでした。恐らく、足止め目的でしょう。」

 火車が客間から現れ、茨木童子に簡潔に報告する。

 「微妙な距離を保って威嚇してくるのがかなり鬱陶しかったです。」

 夜汰は火車の後ろから顔を出すと、蜘蛛の方をちらりと一瞥し、顔を顰める。

 「晴支、その怪我・・・また戦闘で無茶をしたんですね!」

 六合が僕の肩の傷を見るなり心配して駆け寄って来た。

 「大丈夫だよ、六合。もう傷口も塞がっているし、直ぐ治るよ。」

 苦笑しながら語る僕に、六合はキリッと力強い眼差しを向ける。

 「大丈夫な訳ないでしょう!晴支は自分の身を護ることを軽視し過ぎです!!もっと自分の身を大事にするべきです!!今貴人を呼んで来ますので、座って待っていて下さい!!」

 六合は眉間に皺を寄せムスッとした表情をしながらズンズンと廊下を歩いて行く。そんな六合の背中を見送りながら、僕は困った様に眉尻を下げる。

 「六合から聞いた。怪我を見てみよう。」

 貴人は直ぐに僕の所にやって来ると、瞬く間に僕の傷を完治させ、続いて滝の傷も治療する。僕達がお礼を言うと、貴人は僕に報告しておかなければならないことがあると一言述べ、ポケットから髪紐を取り出した。

 「これは・・・母さんの髪紐・・・。」

 手渡された髪紐を握り締め、僕はそっと目を閉じる。今でも、母さんの姿は心の中に鮮明に焼き付いている。

 「滝を襲った妖の仲間が、鋸草と一緒にその髪紐を残していったんだ。」

 やはり・・・今回の事件に、あの妖が関わっているのだろうか。

 髪紐を握り締める手に、思わずギュッと力が入ってしまう。貴人は黙ったまま、そっと僕の頭を撫でた。

 「僕が絡新婦を捕まえられていたら、あの妖に近付く手掛かりが掴めていたかもしれないのに・・・。」

 自分の力不足を悔やみ、ぽつりとそう呟いた。すると、隣に座っていた神崎さんが突然ガタンッと立ち上がり、僕の手を勢い良く握る。

 「敵の妖について調べるチャンスは、きっとまた訪れると思います!私も・・・出来ることがあれば何でもお手伝いします!!」

 気合に満ちた目で僕を見つめる神崎さんを前に、僕はキョトンと目を丸くする。すると、葛の葉庵の皆が一斉に近付いて来た。

 「そーだぜ!此処からが頑張り時だぜ!!」

 「悩んでる暇は無いんだからね!!」

 笑いながら明るく声を掛けてくれる皆の優しさが、僕にはとても有難かった。

 「ですが晴支、自分の身の安全を顧みない様な危険な真似は止めて下さいよ。」

 にっこりと穏やかな微笑みを浮かべながら無言の威圧を掛けてくる六合。僕は「ハハハ・・・」と小さく笑いながら無意識に視線を少し逸らした。

 「それより・・・これからどうする?向こうはまた滝の持つ“如意宝珠”を狙いに来るかもしれないし・・・何か対策を考えないと。」

 天空がぽつりと問い掛けた言葉に、茨木童子が何か思い出した様にいきなり「あ!」と大きな声を出す。

 「そうだ!滝、冥府で働いてみる気はないっスか?」

 「え!?私が・・・冥府で!?」

 突然持ち掛けられた話に、滝も、僕達も目を丸くして驚く。

 「実は、閻魔大王様と酒呑童子様に話を通しておいたんスよ。2人に“如意宝珠”を管理して貰えば奪われる心配は無いし、どんな妖も冥府を敵に回すことは中々出来ない筈っス。それに冥府は万年人手不足だから、仕事を手伝ってもらえるととても助かるっス。」

 確かに、冥府で保護してもらえたら、敵もそう簡単に滝に手が出せなくなるだろう。彼女の身の安全を確保出来る筈だ。

 「私に冥府の仕事がきちんと出来るか不安はあるけど・・・頑張りますっ!宜しくお願いします!!」

 滝の決意を聞き、茨木童子達も歓迎の意を示す。僕達も「頑張って。」と応援の言葉を掛ける。

 「でも驚いたねぇ。いつの間に手を回したんだい?」

 太陰が感心しながらそう述べると、茨木童子はフフンと誇らし気な表情を見せる。

 「蜘蛛の妖が襲撃してくる前に、酒呑童子様に滝のことを相談したんス。俺、こう見えて優秀な男っスから!滝も、俺のことをドンと頼って良いっスからね!!」

 「俺に付いて来い。」と言わんばかりに胸を張る茨木童子に対し、滝は「はっ、はいっ!」と少し戸惑った様子で返事をする。

 「茨木童子様、新人に変なこと吹きこんじゃ駄目ですよ?」

 「酒呑童子様に締め上げられちゃいますよ?」

 火車と夜汰が揶揄う様に注意すると、茨木童子は「そんなことしないっスよ。2人は意地悪っスね~。」と焦った様に少しあたふたとしながら言い返す。しかしその直後、茨木童子は片耳に手を当て、誰かと会話を始める。

 「あ~、そろそろ戻らないと。色々と手続きとかやること沢山あるから、滝と一緒にさっさと帰って来いって、百目鬼が五月蠅いっていうか、怖いっていうか・・・。」

 眉尻を下げ口許を引き攣らせながら笑う茨木童子の言葉に、火車と夜汰も、「あ~・・・。」と複雑な表情を見せる。



 茨木童子達が帰り支度を終わらせた時、滝はタタッと僕の方に近寄って来た。

 「晴支っ!本当に有難う!!また葛の葉庵に遊びに来るね!!」

 ギュッと手を握り、明るく話す滝に、僕も「うん、いつでも遊びに来て。」と笑い返す。そんな僕達を、太陰や白虎達が「おやぁ?」とにやりと笑いながら見守っている。

 滝は僕と挨拶を交わした後、今度は神崎さんの所に駆け寄り、何かこそこそと耳打ちする。

 「!?ちょっ、たっ、滝さん!?つっ、土御門君は・・・その・・・」

 「僕のこと、呼んだ?神崎さん。」

 「ふぇっ!?」

 自分の名前が話題に上がったのが聞こえたので話し掛けたら、神崎さんビクッと肩を大きく震わせ、慌てた様に手をパタパタと動かす。

 「あのっ、そのっ・・・なっ、何でもありませんっ!気にしないで下さいっ!!」

 早口でそう語った神崎さんは、少しそわそわと落ち着かない様子だ。

 「顔が少し紅いけど・・・熱があるんじゃない?具合悪い?大丈夫?」

 少し様子がおかしかったので、僕は心配で彼女の額に手を当てて、熱が無いか確かめようとした。すると、彼女は更に頬を紅らめ、一歩後ろに下がる。

 「しっ、心配いりませんっ!本当に大丈夫ですからっ!!」

 彼女は僕が口を開く前に天后達の居る方にパッと走って行ってしまう。

 大丈夫なのかな?

 何故神崎さんの様子が普段と違うのか理由が分からず、僕は不思議そうに首を傾げる。


 ・・・晴支の朴念仁。


 葛の葉庵の面々や冥府の妖達がじれったそうに眉を顰める。そんな皆の責める様な視線に、僕は全く気付かないのだった。



 「お邪魔しましたぁ!」

 大きく手を振りながら冥府へと帰って行く茨木童子達。そんな彼らに、僕達も手を振り返し、賑やかに思い思いの言葉を掛け見送る。



 「はぁ。もう、あんな虫攻めは懲り懲りだよ・・・。」

 少し静かになった庭で、太裳が蜘蛛の大群を思い出してうんざりといった表情で呟く。彼に同意する様に頷くと、僕達は店の中に向かって行った。僕達の作るお菓子を待ってくれているお客様達の為に、僕達は気合いを入れ直し、店の仕事に取り掛かる。



 茨木童子さん達を見送り、葛の葉庵の皆が店の仕事に向かおうとしている中、私は去り際に掛けられた滝さんの言葉が頭から離れず、暫しその場で立ち尽くしてしまう。


―晴支はのんびり屋さんだから、もっと積極的にアプローチしていかないと駄目だよ!もたもたしていると、私が盗っちゃうよ?―

 

 滝さんの言葉を気にしない様に頭をフルフルと振ってみるが、全く効果は無い。それどころか、意識しない様にしようとすればする程、余計に意識してしまう。

 もうっ。滝さんが私のことを揶揄って突然あんなことを言うから・・・。うぅ・・・。私・・・変に思われたでしょうか?

 私は顔を紅くし、大きく、深い溜め息を吐く。

 「紫苑、早く行こう!」

 「ぴぃっ!」

 私が1人立って考え事をしていると、ハク君と家鳴ちゃん達が傍に来て声を掛けてくれた。

 「すみません。今行きます。」

 肩や頭に家鳴ちゃん達を乗せた私の手を、ハク君が軽く引っ張る。手を引かれ店の中に入ると、少し先に店に戻った土御門君と目が合ってしまう。私はドキドキと速まる鼓動を抑えようと1度深呼吸し、それからハク君達と一緒に彼の下に駆け寄って行った。



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