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葛の葉奇譚  作者: 椿
第5章:如意宝珠
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 「この部屋は誰も使っていないから、自由に使ってくれて良いよ。」

 一通りお店の中を案内してくれた後、晴支は私を空いている部屋に通してくれた。如意宝珠を狙う妖達から身を護る為、落ち着き先が決まるまでこの葛の葉庵に匿ってもらうことになったのだ。

 「此処は強力な結界で護ってあるから、悪い妖達も簡単には入って来られない。だから安心して、ゆっくり休んで。お店の方か、部屋には皆居るから、何かあったら遠慮なく言って。」

 晴支は私にそう話し掛けると、私に気を使ってくれたのか、そっと部屋を出ようと立ち上がる。

 「あっ・・・待って!」

 無意識に声が出てしまった。晴支は不思議そうにキョトンと首を傾げながら、ゆっくりと此方に振り返る。

 「その・・・話し相手になってくれないかな?あっ・・・でも別に無理にとは言わないから・・・」

 おずおずと遠慮がちに声を掛ける私を、晴支は静かに見つめる。そして彼は黙ったまま此方の方にすたすたと近寄ると、私の隣にすとんと正座をした。物陰から私達の様子を窺っていた家鳴達も、そろそろと近付いて来た。

 「気になっていたんだけど・・・晴支って一体何者なの?私が蜘蛛達から逃げていた時も、何かの術で追い払ってくれたし・・・。それに、普通の人間とは、気配が少し違う。」

 彼が人間であることは間違いないと思う。しかし、彼から放たれる気配には、人とは違う何か強い力が潜んでいる様に感じられる。

 「僕は陰陽師の家系の末裔なんだ。学業や店の手伝いの傍ら、妖退治もやってる。」

 家鳴達に頬をちょんちょんと突かれたり、肩にぶら下がられたり・・・と色々ちょっかいを出されながらも、晴支は落ち着いた様子でゆっくり答える。

 「晴支はとっても強いんだよ!家鳴達が前棲んでた旧校舎の怖い幽霊も倒してくれた!!」

 晴支がそっと出した指にじゃれつきながら、家鳴の1匹が誇らしげに語る。

 「旧校舎の幽霊?」

 私が興味を示して問い掛けると、家鳴達は晴支が解決した旧校舎の事件について詳しく話してくれた。荒れ狂う凶悪な霊に勇敢に立ち向かったこと、行き場に困った家鳴達に手を差し伸べたこと・・・旧校舎での彼の活躍を、家鳴達は嬉しそうに力説する。

 「妖との闘いで・・・大怪我をするかもしれないし、命を失うことになるかもしれない。晴支は・・・怖くないの?」

 晴支は私の問いに暫し黙考した後、柔らかな笑みを浮かべ、口を開く。

 「まぁ、軽い怪我とかはしょっちゅうするし・・・危ない目に遭って怖い思いをすることはよくある。でも僕が何より怖いと思うのは・・・自分の大切な人達が傷付くことなんだ。だから、皆を護る為なら、僕はどんな妖とだって闘える。」

 彼はギュッと拳を握り締め、力強く答える。仲間に対する強い思いが彼の瞳の奥で強く輝いている様な気がした。

 大切な人達を護る・・・か・・・。

 「晴支も以前大切な人達を失ったんだよね。やっぱり・・・今でも辛い?」

 両親や宮殿の皆のことを思い出し切なくなった私は小さく蹲る。

 「あの時の光景を思い出して苦しくなることは今でもよくあるよ。でも、僕には自分を支えてくれる大切な人達が居るから、平気だよ。」

 優しく微笑みながら語る晴支の姿が、何故だか少し頼もしく感じる。

 それから晴支や家鳴達と少しお喋りをしていたら、トントンと扉をノックする音が響いてきた。扉からひょこっと顔を出したのは、勾陳さんだった。

 「晴支。店の方が少し混み始めたから、悪いけど手伝ってくれねぇか?」

 「分かった。滝、僕は店の方に戻るけど・・・大丈夫?」

 晴支が心配そうに私の方に目を向け、話し掛けてくれる。

 「うん、大丈夫。引き留めて御免ね。有難う。」

 「何かあったら、声を掛けて。」

 去り際に軽く手を振ってくれた彼を見送った私はふぅと1つ寂し気に溜め息を吐く。

 「もう少し・・・お喋りしたかったな・・・。」 

 家鳴をギュッと抱きながら、ぽつりと呟く。晴支は辛い過去にも負けず、自分の志を貫こうと一生懸命闘い続けている。

 晴支は優しくて強い人なんだな・・・。

 彼との会話を思い出し、私は思わずふっと笑みを浮かべる。あの時晴支達が助けてくれなかったら、私は奴らに殺されていただろう。今頃如意宝珠も奪われ、とんでもない悪事に利用されていたかもしれない。彼らには感謝してもしきれない。

 「・・・私も、出来ることをしないと!」

 パシッと軽く頬を叩き気合を入れ直したその時―

 “葛の葉庵は・・・居心地良い?”

 「!?」

 どうして“葛の葉庵”の名が!?奴らの仲間!?私の居場所が・・・ばれている!?

 頭の中に突然声が響いてきた。私は衝撃の余り、思わず立ち上がる。

 “声を出しては駄目。私がこれから言う指示に従って。分かったら、心の中で返事をして。”

 有無を言わせぬ口調で語り掛けてくるのは、聞いたことのない少女の声。可愛らしく、そして芯に強さを持った声だ。

 「分かった。私は、何をすれば良いの?」

 言われた通り、頭の中に言葉を思い浮かべ、彼女と会話を試みる。緊張で、鼓動が速まるのを感じる。

 “誰にも気付かれない様に、葛の葉庵を出て。”

 「!?」

 “あなたの考えや行動は、私には全て分かる。あなたが変な行動をすれば、葛の葉庵の人達が危険な目に遭うことになる。だから、私の言う通りに、静かに店を出て。”

 何を考えているのか分からない感情の希薄な声で、少女は淡々と命令する。もし私が指示に従わなければ、彼女達は容赦無く葛の葉庵の人達に襲い掛かるだろう。・・・宮殿でお父様達を殺した様に。

 「大人しく此処から出て行く・・・。だから、葛の葉庵の人達には何もしないで。」

 “・・・分かった。”

 私が素直に従うと、頭の中に響く声はその言葉を最後に沈黙する。

 ・・・急いで此処を離れないと。晴支達に迷惑を掛けてしまう。

 私は書き置きを残し、家鳴達が気持ち良さそうに眠っているのを確認する。そして、私は部屋の窓からそっと静かに店を出て行った。



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