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葛の葉奇譚  作者: 椿
第5章:如意宝珠
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 海底にどっしりと聳え立つ巨大な宮殿。そこは、竜達が手を取り合いながら暮らす、平和の楽園だった。その宮殿の中で私は、この海の竜達を統べる竜王の娘として、大切に育てられたのだった。


 

 「・・・良し。ばれては・・・いないよね。」

 用心深く辺りを確認した後、私は宮殿の裏門をヒョイッと飛び越える。そして気付かれない様に、そろりそろりと音を殺して宮殿の中へと向かおうとしていたのだが・・・

 「外は楽しゅう御座いましたか、姫様?」

 恐る恐る声の方に振り返ってみると、眉間に皺を寄せて仁王立ちしている婆やのハツエの姿と、その隣に無表情で立つ従者のイチの姿が目に入った。

 「ハツエ・・・イチ・・・2人共御機嫌よう。2人そろってこんな所でどうし・・・」

 「また勝手に外出なさって!危険ですので1人で外を出歩いてはいけないと、いつも申し上げておりますでしょう!!」

 ぎこちない笑顔を2人に向けながら語る私の言葉を、ハツエがぴしゃりと遮る。

 「少しくらい外に遊びに出たって構わないでしょ!宮殿の周りを散歩して回るだけだから、別に危なくもないし。心配し過ぎよ、2人共!!」

 ムスッと口を膨らませる私に向かって、イチが静かに近付く。

 「父君と母君が心配なさっております。中に入りましょう、姫様。」

 イチは何を考えているのか全く掴めない冷めた表情のまま、有無を言わせず私を宮殿の中へと引っ張って行く。私は彼女の無言の圧力に抵抗出来ず、渋々ついて行った。



 「滝、皆を困らせては駄目じゃないか。」

 「勝手な行動はいけませんよ。」

 竜王とその妃―私の両親が居る王の間に来た私を待っていたのは、耳に痛いお説教だった。

 「宮殿の傍から離れていないし、ちょっとお気に入りの場所に遊びに行っていただけよ。もう、心配性なんだから。」

 私はもう200歳を超える大人なのだ。いつまでも子供扱いしないで欲しい。私は頬をぷくっと膨らませ、ぷいっとそっぽを向く。そんな不機嫌な私を前に、両親は苦笑を浮かべる。ハツエとイチは私達3人の様子を唯静かに見守り、私の背後に控えていた。

 「元気一杯なのは良いことだが、程々にする様に。」

 私を心配して説教をする両親に対し、私はツンッと拗ねてみる。すると、部屋の外からドタドタという大きな音が此方に近付いて来た。その音が王の間の前で止まると、その大きな扉が、バンッと勢い良く開いた。

 「申し上げます!突然現れた侵入者に襲撃され・・・門の警備が突破されました!!」

 宮殿の門の警備の1人が、片腕を押さえながら緊急事態を告げる。全身に多くの斬り傷を受け、彼の衣服は紅い血に染められていた。

 「侵入者が何処に向かって行ったか分かるか?」

 お父様が尋ねた質問に警備が答えようと、口を開きかけたその時―

 ドゴォンッ!!

 王の間の扉が、報告をしていた警備と周りの壁を巻き込んで強烈な威力で吹き飛ばされた。砂埃が部屋中に舞い上がる中、破壊された扉の方へと視線を向けると、扉の向こうに2人の女性が立っているのが目に入った。1人は花の刺繍がされた袴を着た長髪の可愛らしい少女。その後ろに、花魁風の妖艶な女性が立っていた。少女はお父様の方に視線を向け、二ヤリと冷たい笑みを浮かべる。

 「お前が、竜王か?」

 「いかにも。随分と派手な来訪だが・・・私に何か用か?」

 竜王の問いに対し、少女は王の間の奥に保管されている1つの宝珠をゆっくりと指差した。

 「妾の目的は、お前の持つその“如意宝珠”。快く差し出せば、此処の者達には危害を加えぬ。」

 如意宝珠―竜王に代々受け継がれる、私達竜の一族の宝。如意宝珠は、強力な力を生み出したり、毒を浄化したりと、持ち主の様々な望みを叶えることが出来る不思議な珠だ。如意宝珠が悪用されない様に管理するのは、竜王の大切な役目の1つである。

 「悪いが、君の要求を聞き入れることは出来ない。大人しく帰ってくれないか。」

 強い眼差しで相手の要求を跳ね返す竜王。対する少女も、鋭い眼差しで見つめ返し、一歩も引かない。2人の間に火花が走る。2人から放たれる威圧感が、ピリピリと突き刺さる。

 「あら、交渉決裂ね。どういたしましょうか。」

 少女の後ろに居た女性が、少女の肩に手を掛け、静かに問い掛ける。

 「ふむ・・・。困ったのう。」

 声をかけられた少女は顎に手を当て、くすりと笑う。

 「お引き取り願おう。」

 お父様がそう告げると、警護の兵達が少女達に近付き出口へと誘導しようとする。すると、少女は突然兵士を掴み上げ、思い切り投げ飛ばしてしまう。

 「ふふ・・・まさか警護兵程度に妾を止められるとは思っておるまい。なあ、竜王?」

 少女は邪悪な笑みを浮かべると、竜王の方へ一直線に駆け抜けて行く。兵士達が少女の前に立ちはだかろうとするが、少女の鋭い爪が兵士達を容赦無く切り刻んでいく。竜王の眼前まで接近すると、全身の力をその足に込めて思い切り蹴り上げる。竜王はその強烈な蹴りをぐぐっと踏ん張って受け止めると、少女を前方に押し返す。お父様は宝珠に手を伸ばし、その手に掴み取る。すると、宝珠はお父様の手からフッと姿を消すと、その直後に私の手元に現れた。お父様が目を閉じると、その体が光り輝き、本来の竜の姿に変わる。そして少女へ向けて水を巻き上げた波動を放つ。少女は手を前に翳してその波動を跳ね返す。お母様も竜の姿となって、お父様に加勢しようと少女目掛けて攻撃を仕掛ける。

 「姫様、今の内に此処から離れましょう。」

 事態を飲み込めずに立ち尽くしている私の手を引き、イチは出口の方へと走り出す。

 「ちょっ、イチ!お父様とお母様が戦っているのに、私だけ逃げるなんて出来ない!!私も一緒に闘う!!」

 イチが引っ張る力に抗い、私はお父様達の居る方へ向かおうともがく。しかし、イチは決して私の手を放そうとはしない。無言のまま、更に強く手を引く。

 「ふふ。そう簡単に逃がしはしないわ。」

 花魁風の女が私達の方へ手を翳すと、私達は何かに縛られたかの様に身動きが取れなくなってしまう。女が私達の方に迫って来る・・・。彼女から少しでも離れようと私達がもがいていると―

 スパァン

 水の刃が私達の体を締め付けていた糸を切り裂いた。

 「早く行きなさい!」

 お母様が水の刃で更に攻撃を仕掛けながら叫ぶ。イチと私は出口に向かって再び走り出す。そんな私達の前に、子蜘蛛の群れが立ち塞がる。私達に襲い掛かろうとする子蜘蛛達を、ハツエが繰り出す水の妖術が蹴散らしていく。

 出口に辿り着いた私は、ちらりと後ろを振り返ってみる。ハツエが、お母様が、そしてお父様が、2人の侵入者に立ち向かっている。3人に声を掛けようと口を開きかけたその時―

 ハツエの体中から、突然血が噴き出す。無数の斬り傷を受けながらも立ち上がるハツエの周りを、子蜘蛛達が取り囲んでいく。お父様とお母様は、少女に向かって同時に攻撃を仕掛けていく。息のぴったり合った連携攻撃を、少女は弾き返していく。お母様がもう一撃加えようと構えたその瞬間、少女は己の手に妖気を込めると、それをお母様に向けて容赦無く放つ。お父様は水流を巻き上げ少女の背中にぶつける。壁に衝突し、苦悶の表情を浮かべる少女。少女を捕まえようと2人が近付いた瞬間―

 少女の鋭い爪が2人に襲い掛かる。少女は母の首を掴むと、ブンッと力一杯投げ飛ばした。振り返った少女を、水の渦が飲み込む。少女は自身を覆う水を、覇気を放ち弾いてしまう。そして少女は背後に居たお父様の胸目掛けて尖らせた爪を振りかざす。その鋭い爪はお父様の体を躊躇無く貫いた。

 「お父様!お母様!!ハツエ!!」 

 目の前で私の大切な人達が傷付けられていく・・・。

 何とか皆を助けようと己の手に力を込める私を制し、イチは私を連れて王の間を後にする。王の間を去る直前、お父様達の血を浴び、冷たく笑う少女の姿が目に入った。



 カツンカツンと必死に走る足音と、苦し気に息を切らす声が廊下に響き渡る。

 「お父様達・・・酷い怪我をしてた。助けないとっ!お父様達が危ないっ!!」

 「いけません。姫様には、大事な役目がある筈です。」

 「大事な・・・役目・・・?」

 イチは私の腕の中で輝く1つの珠にちらりと目をやる。

 「この場を切り抜け、その如意宝珠を奴らから守り抜くこと・・・それが竜王様から託されたあなたの役目です。宝珠が奴らの手に渡れば、きっととんでもない災いが起きるでしょう・・・。姫様、絶対に宝珠を手放してはなりませんよ。」

 イチの言葉に、私はこくりと頷く。

 お父様がずっと守り続けてきた如意宝珠・・・。自分達の目的の為に平気で他者を傷付け、殺すあんな妖達に、この宝珠は絶対に渡さない。

 イチは様々な場所へと繋がる特別な泉のある部屋へと私を連れて行く。泉に近付こうと私達が歩を進めようとしたその時―

 私の足を何かがいきなり絡め取り、私は躓いて勢い良く転んでしまう。

 「あらあら・・・一体何処に行くつもりかしら?」

 振り返ると、王の間に居た筈の少女と女性が立っていた。足に絡まる糸を水の刃で切り裂き、私はイチと並んで彼女達と向かい合う。少女の顔や衣服は、紅い血で染められていた。

 「お父様達を・・・どうしたの?」

 少女をキッと睨み付け問い掛ける私に、少女はフンッと冷たく嘲笑う。

 「竜王達なら嬲り殺してやった。大人しく宝珠を差し出せば、苦しまずに済んだものを・・・。馬鹿な奴らじゃ。」

 少女から放たれた残酷な一言が、私の体を一瞬硬直させた。

 そんな・・・まさか・・・お父様達程の強力な妖が、負けるなんて有り得ない・・・。

 「嘘だぁっ!!」

 私は自身の心の動揺を振り払う様に水を大きく巻き上げると、それを2人に力任せにぶつける。渦は2人を呑み込むが、少女が片腕を軽く振ると、いとも簡単に弾き飛ばされてしまう。

 「このっ!!」

 私は冷静さを失い、少女達に向かって飛び掛かろうと一歩踏み出す。そんな私を落ち着かせようと、イチが素早く前に立つ。

 「冷静になって下さい。怒りに身を任せ敵に飛び込むことがあなたのやるべきことではない筈です。」

 私の目を真っ直ぐ見据え、静かに語るイチだったが、その声は緊張でピリリと張り詰めていた。

 「あなた達に如意宝珠は渡しませんよ。」

 イチは少女達を鋭く睨むと、水の幕を反射させ、私達の姿を隠す。

 「姫様。必ず、逃げ伸びて下さい。」

 イチはぽつりとそう呟くと、私を泉の方にトンと突き飛ばす。水の幕を破り迫って来た女の一撃を擦れ擦れで躱すイチだったが、体勢を少し崩した一瞬の隙を突かれ、少女の鋭い蹴りを喰らってしまう。イチの体を、女の操る糸が絡め取る。身動きが取れなくなったイチに向かって少女の鋭く尖った爪が振り下ろされる。

 「やめてぇっ!!」

 私はイチに向かって必死に手を伸ばす。しかし私の手が触れたのはイチではなく、目の前で躊躇無く斬り裂かれたイチの血だった。

 「イチィッ!!」

 大切な家族達が・・・居場所が・・・奪われていく・・・。

 突如襲い掛かって来た絶望に涙を流しながら、私は泉の中へと落ちていった。


 挿絵(By みてみん)




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