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「う・・・」
目覚めると、私は見知らぬ部屋の中に居た。壁や床はとても古く、所々傷んでいる。何処かの古い廃屋の中でしょうか?
「・・・神崎さん?」
声のする方に振り返ってみると、そこには行方が分からなくなっていたクラスメイトの千葉柚綺ちゃんが居た。彼女の他にも、数人の女性が座っているのが見える。
「良かった、無事だったんですね。行方が分からなくなったと聞いて、心配していたんですよ。」
千葉さんの傍に近付き、彼女の様子を見てみる。目立った外傷は無い様だ。
「そっか。ごめんね、心配かけて。神崎さんも、猿の姿の変な連中に襲われたんだね。」
「えぇ。苦しそうにしている人が居たので声をかけたら、襲われて・・・。」
話をしていると、バタンッと大きな音が響き、2人共そちらの方に目を向ける。すると、長い黒髪の少女が、猿の妖にこちらの方へ引っ張られていた。妖は少女を私達の方へドンッと乱暴に押すと、直ぐに部屋を出ていった。
「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
私の前に倒れて来た少女に話しかけ手を差し伸べると、少女はゆっくり顔を上げる。中性的な綺麗な顔立ちの少女だ。でも、初対面の筈なのに、以前何処かで会った気がするのは何故だろう?それに、誰かにとても似ている気がする・・・。
「やっぱり、此処に連れて来られていたんだね。見つけられて良かった。」
「えっ!?」
少女は、私にしか聞こえない程の小さな声でこそっと話しかけてきた。驚いた私は、一瞬動揺してしまうが、彼女の制服の中から白い紙が少し手を振る様に動いたのを見て、ある人物が頭の中に浮かんだ。
「もしかして・・・土御門君ですか?」
問いかけると、少女は小さく頷いた。
「うん。式神から事情を聞いて助けに来たんだよ。」
土御門君は、いつも通りのマイペースな調子で答える。転んで汚れたスカートをパンパンッと払いながら隣のクラスメイトをちらりと一瞥する。それから、何事も無かったかの様に周囲を見渡し、状況を確認している。
「神崎さん、その娘知り合いなの?」
こそこそと話している私達の様子が気になったのだろうか、千葉さんが少女の姿の土御門君を見つめながら問いかけてくる。
「あっ・・・えっと・・・とっ、友達ですっ!」
私はあたふたしながらぎこちなく笑って答える。まさか、この少女が自分のクラスの男子生徒だとは千葉さんは夢にも思わないだろう。
「晴子です。」
落ち着いた様子で名乗る土御門君。どんな事態にも動じない彼の度胸は凄いなと、感心してしまう。
私と土御門君は、不思議そうに首を傾げる千葉さんに一言声をかけてから少し離れた場所に移動した。
「神崎さんが千葉さんと一緒に居たから、ちょっとびっくりした。ばれたらどうしようって少し緊張したよ。」
「えっ、そうだったんですか?落ち着いている様に見えましたけど・・・。」
「?そんなことないよ。結構動揺したよ。」
普段通りのまったりとした口調でそう語る土御門君。とても緊張している様には見えないのですが・・・。
「千葉さんは怪我も無いみたいですし、大丈夫だと思います。私もこの通りぴんぴんしています。ご心配おかけして、すみませんでした。」
また土御門君を危険に巻き込んでしまい、本当に申し訳なく思う。彼には、色々と助けてもらってばかりだ。
「無事な姿を見て安心したよ。間に合って良かった。」
土御門君は、ほっと安堵の笑顔を見せる。
「あの、どうやって此処まで来たんですか?それと・・・気になっていたんですけど、その恰好も陰陽師の術なんですか?」
「あぁ、これは狒々達を釣る為の囮だよ。女性の姿に化けて狒々達にわざと捕まれば、隠れ家まで来ることが出来ると思ったから。変化の術は僕の十八番なんだ。因みに、陰陽術ではないよ。」
陰陽術とはまた別の“変化の術”・・・。一体どういう仕組みで行われる術なのでしょうか?どこからどう見ても女の子にしか見えない・・・凄いです、“変化の術”!
「此処まで辿り着けたのは、これのお蔭なんだけど。」
そう言って彼が取り出したのは、甘い香りのする小さな布の袋。
「これは妖を惹き付ける特殊な香料を使った匂袋なんだ。この香りで狒々達を誘き寄せる作戦がうまくいったんだ。」
この甘く、芳醇な香りは妖でなくてもうっとりしてしまう。
「その背中の傷、狒々に襲われた時にできたの?傷は浅い様だけど・・・。」
土御門君が背中の傷に視線を向け、心配そうに指摘する。恐らく移動した時に見つけたのだろう。ひりひりと鈍い痛みはあるが、大した傷ではないみたいだ。
「実は、猿の妖に襲われた時に突然背後から黒い刃に斬り付けられたんです。」
私は妖に襲われた時の経緯を、彼に詳しく説明した。
「黒い刃か・・・。狒々以外に別の妖が居たのか・・・?」
土御門君は顎に手を当て、ふむむ・・・と考え込む。
「いっ、痛いですっ!乱暴に引っ張らないで下さいよ、もうっ!!」
2人で話し合いをしていると、突然聞き覚えのある声が聞こえてきた。妖に連れて来られたのは、何と天后さんだった。必死に抗議の声を上げる天后さんを、妖が荒っぽく突き飛ばす。天后さんは、妖が出て行ったのを確認すると、真っ直ぐ私達の所へとやって来た。
「晴支様、紫苑さん。大丈夫でしたか?あの妖達、とても乱暴でしたから、酷いことされませんでしたか?」
心配そうに私達を交互に見つめ、そっと話しかけてくれる天后さん。
「僕も、神崎さんも大丈夫だよ。天后は大丈夫だった?」
「はい、私は平気です。此処に居る人達皆あの妖達に連れて来られた人達なのでしょうか?」
天后さんは部屋を見廻し、中に居る女性達1人1人を確認する。
「恐らく、そうだと思う。ねぇ、神崎さん。此処に居る人達以外にも被害者が居たかどうか、分かるかな?」
「私が目を覚ましたのは、土御門君に会う少し前だったので・・・。千葉さんなら、分かるかもしれません。」
私達は千葉さんの下に駆け寄り、彼女が此処に捕まってから何があったのか問いかける。
「あなた達が来る少し前に、3人の女性があの変な化け物に連れ出された・・・。何処に連れて行かれたのか、彼女達がどうなったのか・・・私には分からない。」
千葉さんは俯き、肩を震わせながら小さな声で語る。私は彼女の抱える恐怖が少しでも紛れる様にそっと背中に手を当てる。
「そうか・・・。ここに居る人達以外にも、被害者がまだ居るんだね。」
土御門君は妖達が出入りした扉の方へじ~っと視線を向け、沈黙する。すると、千葉さんが「あっ」と声を出し、顔を上げる。
「そういえば、私の鞄無くなってる・・・盗られちゃったのかな?」
・・・ん?鞄?・・・ちょっと待ってください。
私はきょろきょろと辺りを見廻し、ある物が無くなっていることに気付く。
「わっ、私のバスケットも、無くなってます!」
部屋の中を探してみるが、バスケットは何処にも見当たらなかった。
バスケット・・・何処に行ったんでしょう・・・?
「バスケットって・・・中に何が入ってたの?」
バスケットを失くして落ち込む私を気にかけ、土御門君が問いかける。
「サンドイッチです。葛の葉庵の皆さんに差し入れにと思って沢山作って来たんですけど・・・」
ショックのあまり、しょんぼりと項垂れてしまう。
土御門君にも、沢山食べてもらいたかったのに・・・。
「やっぱり、猿の化け物達が持って行ったのかな?・・・サンドイッチ、食べられるのかな?」
う~ん・・・と唸りながら腕を組み、考え込む千葉さん。
「連れて行かれた人達の安否も心配だし・・・ちょっと外の様子を見て来るよ。バスケットや鞄も、あの妖達から取り返せるかもしれないし。天后、皆のことを頼む。」
そう言うと、土御門君は扉の方へすたすたと歩き出す。
「あっ、危険ですっ。無茶はしないで下さいっ。」
私は思わず土御門君の手を掴み、引き留めてしまう。もし彼が大怪我をしてしまったら・・・そんな不安が、頭から離れない。
「僕なら心配いらない。安心して待ってて。」
彼は私を安心させる様に優しく微笑むと、そっと手を解き扉の方へと近付いていく。
「“隠”」
土御門君が呪文を唱えると、彼の姿がすぅっと消えてしまう。そして扉がキィッとゆっくり開き、数秒経った後に静かに閉まった。土御門君の姿が消えた瞬間たまたま目を逸らしていた千葉さんは、「あれ、あの女の子は?」と首を傾げる。
「晴支様なら大丈夫です。あの方は、とてもお強い人ですから。」
天后さんが私の肩に手を置き、力強く答える。
きっと大丈夫。土御門君は、無事に戻って来てくれる・・・。
私はぎゅっと拳を握り締め、自分にそう言い聞かせる。無事を祈り、信じて待つことしか出来ない自分に歯痒さを感じながら、私は暫くの間、彼が出て行った扉をじっと見つめていた。




