わがまま王女と少年の絆
部屋の空気が凍った。
顔を真っ赤にして興奮したフィアが、俺を睨みつけている。
バタンッ!
そして大きな音を立ててドアを閉め、再度部屋に戻っていった。
「……どうしたのよ、あの子」
アイリスが眉をひそめる。
「……」
思い当たる節は……ないわけではない。
(いやでも……あいつが、そんなことで……)
俺はフィアの部屋の前に立ち、ノックをして彼女に呼びかける。
「フィア、入るぞ」
バァン!
その直後、大きな音と共にドアが揺れた。
中から何かをぶつけられたようだ。
「入ってくるな! ですぅ!」
今のフィアの激情は相当なものだ。
生意気な口を利かれたことは数知れないが、ここまでの怒りをぶつけられたことはかつてない。
(やっぱり……あれだよな……)
この部屋に鍵はない。
俺は躊躇しながらも、話をしなければ始まらないと思い、彼女の部屋へ足を踏み入れた。
足元に枕が転がっている。
今ぶつけられたのはこれか。
フィアはベッドに顔をうずめてこちらを見ない。
小さな背中が、わずかに上下している。
「フィア、あのな」
声をかけた瞬間──
「うるさい!」
即座に遮られた。
彼女は、俺をはっきりと拒絶している。
原因は……やはりホワイトデーのお返しだろう。
マシュマロ。
意味は……「あなたのことが嫌い」らしい。
もちろん、そんな意味なんて込めていない。
ただ、フィアに美味しいと思ってもらいたくて贈っただけだ。
(俺に嫌われたとして、こんなに怒り出すなんてな……)
「……なんで」
「えっ?」
「なんで、あんな陰湿なやり方をしたですか? フィアが嫌いなら、ちゃんと顔を見て言えですぅ!」
「違う!」
思わず声が大きくなる。
「フィアのことなんて嫌ってない! あれはただ、俺が気が利かなかっただけなんだ!」
俺は、彼女に自分の本心を伝えることにした。
「マシュマロにそんな意味があるなんて知らなかったんだ……でも、言い訳だな。フィアのことをこんなに傷付けちまって、後悔しかないよ」
「……」
「お前、俺のことをよく見てくれてるよな。お前は口が悪くて生意気だけど……お前の気遣いに俺は何度も救われてきたんだ」
フィアは何も言わない。
俺の言葉は伝わっているのか。
「リヴが遠慮して踏み込めないところにも、来てくれるのがお前だ。お前は人の心が誰よりもわかる、優しい子だ」
構わない。
今はただ、俺の気持ちを正直に伝えるんだ。
「……そんなお前が俺は大好きだ。そんなお前に酷い贈り物をしちまった俺は、大馬鹿野郎だ……頼む。また今までみたいに、俺と仲良くしてくれないか」
「……」
沈黙。
部屋の中に、時計の音だけが響く。
……ダメか?
フィアに俺の気持ちは伝わってないのか?
「……ほんとですか?」
「……!」
顔を上げないまま、声だけが返ってきた。
「ああ、本当だ」
彼女が反応したことで、俺の胸が少し軽くなる。
「ほんとに、ほんとにフィアのことが好きですか?」
「本当だ。俺はフィアのことが大好きだ」
「……ほんとに、フィアは今まで通りでいいんですか?」
「ああ。今まで通りでいてくれ」
「……」
……どうだ?
機嫌直してくれたのか?
「……ふっふっふっ」
「!?」
「そうですかぁ! お前はフィアのことが大好きですかぁ!」
突如、フィアが態度を一変させた。
「そこまで言うならしょうがないです! お前の大好きなフィアが、今まで通りお前の主人として振る舞ってやるのです!」
「……あっ!?」
ここで俺は、やられた! と思った。
「お前、もしかして嘘泣きだったのか?」
「ふっふっふっ、お前なんかにどう思われようと、フィアが気にするわけないのです! 常にフィアはお前の一歩先を行っているのです!」
彼女はしたり顔で俺を見下ろした。
「言質もしっかり取ったのです!」
フィアがスマホを取り出す。
『俺はフィアのことが大好きだ』
『今まで通りでいてくれ』
録音された俺の声が、部屋に流れる。
「望み通りにしてやるから、ありがたく思うのですぅ!」
彼女は勝ち誇るように宣言した。
……やられた。
こいつがあんなことで落ち込むタマじゃないなんて、少し考えればわかるはずだったのに。
こいつは、俺をやり込めるいいきっかけができたと、ほくそ笑んでいやがったんだ。
「……もう二度と、お前の心配なんてしねーよ」
「フィアはお前に心配されるほど落ちぶれてないのですぅ」
彼女はケロッとした顔で言い放つ。
「それより美味そうなもん食っていやがったですね。フィアにもよこせですぅ」
何事もなかったかのように、俺を素通りして居間へ。
俺は深く息を吐き、頭を掻きながらその後を追いかけた。
そして部屋には誰もいなくなった。
俺は知らなかった。
ベッドの上には、これ以上ないほどぐっしょりと濡れた枕だけが残されたことを。




