第6話 ここから
第6話 ここから
肌を刺すような凍てつく風が強い早朝。
約束の時間よりも少し早く来てしまったユウキは、店の前で氷のように冷たい手を温めていた。
「おはよう!ユウキ」
その声は冷たい風にかき消されることなく、ユウキに届いた。
元気な声の元は、太陽の様な笑顔をした可憐な少女だ。
ユウキを見つけた途端、今にでも飛び付きそうな程の勢いでこちらへと向かってきていた。
「ゴメンっ!待たせちゃったかな…?」
「ううん、全然そんなことないよ」
「そう?それじゃ、行こっか!」
恋人同士のような短いやり取りを交わす二人。
栗色の短い髪と碧眼の透き通った瞳、その少女の名は、ナツキといった。
合流した二人は迷いのない足取りで、ベルトピアの街の西門を潜り、街の外へと踏み出した。
目の前に広がる果てしない光景に歩み出す前に、ナツキはベルトピアの街の方に振り向いた。
「今までありがとう…。ベルトピアの街に負けないくらい素敵な場所をつくるよ」
そう言ってナツキは、長年の感謝を伝えるかのように頭を深く下げた。
「…家族とは、ちゃんと別れを告げてきた?」
それは、きちんと別れを告げたユウキだからこそ言える言葉だった。
「…うん、もう済ませてきたよ」
ほんの一瞬、複雑な表情を見せたナツキだったが、迷いを断ち切るかのように正面を見据えた。
「ベルトピアからどういう道のりで、南西の大森林まで行くの?」
ふと疑問に思ったユウキがナツキに問いかける。
ナツキは「うーん、そうだね」と呟いた後、腰に付けたポーチから一枚の紙を取り出した。
「ベルトピアの街から南西の大森林に行くルートは三つあってね――」
そう言って取り出した世界地図をユウキに見せながら説明する。
「一つ目、ベルトピアの街から北西に真っ直ぐ進み、《中央都市》"イグラドル"を経由するルート」
「でも、この地図を見ると大分遠回りじゃない? このまま西に進んだ先にある"死怨の砂漠"を直行するルートが一番早そうだけど」
「それは多分、ムリだと思う」
ユウキの提案はナツキによって却下される。
「"死怨の砂漠"はね、大昔に起こった大戦の影響で、汚染された魔力が砂塵と一緒に吹き荒れているの。長時間いるだけでも自殺行為になっちゃう」
「なるほど、それじゃあ三つ目のルートは?」
その言葉を聞いて、ナツキは地図の中の死怨の砂漠よりも下に位置する場所を指さして言った。
「三つ目は、この"混沌の原始林"を行くルート」
「…でも確か、混沌の原始林は並の冒険者でも歯が立たない強力な魔物が生息していたはず…」
安全性を考慮した結果、ユウキはこのルートは危険だと判断したのだ。
「大丈夫だよ、ユウキ。混沌の原始林はね、奥に近ければ近いほど強力な魔物がいるの。逆を言えば端っこの方には弱っちい魔物しかいないっていうわけ」
「つまり、最端を歩いていけば大丈夫ってことね」
「そういうこと!」
ふむ、とユウキが考え込む。
一つ目のルートだと、確かに安全に目的地にたどり着けるが、旅の途中で路銀が足りなくなる恐れがあった。
二つ目に至っては論外。
それなら、ユウキが導き出す答えは一つしか無かった。
「それなら、三つ目のルートで行こう」
「ユウキならそう言うと思った!」
そう言ってナツキがニカッと笑い、ユウキの手を取った。
「行こ!日が暮れるまでに混沌の原始林に着いちゃお!」
「ちょ、ちょっと…!ナツキ、そんなんじゃ体力が持たないって」
「大丈夫!今は逆に有り余ってるくらいだから!」
そういって手を繋いで走りだす。
勢いよく駆ける二人の姿にもう迷いはなかった。
*
「はぁ…はぁ、待ってよ〜ユウキ…」
息も絶え絶えの様子のナツキが、私の服の袖を引っ張って懇願してきた。
「…はぁ、言っとくけど、先に走り出したのはナツキだからね?」
「わ、分かってるってば!」
急に手を繋がれて走り出したと思ったら、次は『混沌の原始林まで競争よ!』と言われて驚いたものだ。
「最初はワタシが前を走ってたハズなのに…」
私だって、負けず嫌いだからね。
「なんでワタシはこんなにも疲れてるって言うのに、ユウキは息の一つも切らしてないのよ……?」
「うーん…」
ただの鍛錬によるもの、としか言いようがない。
いや、一つだけ意識している事があったんだった。
「日頃の鍛錬のおかげってのもあるけど、昔親友に言われた、とあることを大切にしてるんだ」
「どんなこと?」
「例えば、急に走り出したり、無理な状態を維持したりすると直ぐに息が切れちゃうでしょ?」
「た、確かにそうね」
「だから自分が出せる力をそのまま維持することが大切なの、そうすれば長い間走ることができる」
私の言葉を聞いて何かを理解した様子のナツキ。
「つまりユウキは、自分が引き出せる力の維持が上手いってことね!」
合っていたので「そういうこと」と頷いてみせる。
「何はともあれ!日が暮れるまでに到着できて良かった。
今、私達の目の前に広がるのが"混沌の原始林"だよ!」
「これが…」
そこには、太陽の光さえ通さないような生い茂った木々の群生地が広がっていた。
「今日はもう暗いし森から少し離れた所で野宿しよっか」
「そうだね」
ナツキの提案を受け、私は焚き火などに必要な枝などを集める。
その間、ナツキは背負っていた重そうなバックパックから調味料のような物を取り出していた。
「ナツキ、もしかして料理できるの?」
「ふふーん、期待しててよね!」
そう言ってナツキは焚き火の準備をささっと済ませ、見事な手さばきで火をつけた後、バックから小さな箱のような物を取り出した。
「この箱は?」
「これはね、ワタシの魔法で冷凍保存しておいたウサギのお肉だよ!」
そう言って蓋を開けると、冷気が出るのと同時に、そこには新鮮なお肉があった。
「ナツキ…珍しい魔法だね」
「細かいことはこの際気にしないで!ワタシが飛びっきり美味しく仕上げてあげるから!」
そう言ってナツキは料理の為に集中モードへと入ってしまった。
色々と聞きたいことはあるけど後にしよう。
隣で調理過程を観察していたのだが、ナツキの料理スキルは素晴らしいの一言に尽きるものであった。
お肉に正確に包丁を入れ、食べやすい大きさにカットされていく。
「ユウキは多めがいい?それとも少なめ?」
「そ、それじゃあ多めでお願い」
そう言ってナツキは枝を鋭く削った串のようなものに、肉を差し込み、それをそのまま焚き火の近くに置いた。
パチパチと音を立てて、赤みがかった色からだんだんと、きつね色へと変わってゆく。
「焼けるのを待ってる間、雑談でもしよっか」
そう言って私の隣に腰を下ろした。
「そう言えばワタシ、ユウキのこと何も知らないのよね、よければ教えてくれない?」
そう言ってなんの曇りもない眼でこちらを見つめてくる。
その目を見て、ナツキになら話してもいいと思った。
「それじゃあ私が旅に出た理由、教えてあげる」
思い出すのは、"私"としての記憶じゃない。
一度目の…それは、はるか昔の原初の思い出。
*
ある日、剣の鍛錬をしていた時だ。
森で迷子になった少年と出会った。
おかしなことに、その子は何も覚えていなくて帰る場所すら覚えていなかった。
それでもたった一つだけ、自分の"名前"だけは持っていたんだ。
その子の名は――"アルト"
不思議と共通点が沢山あって、アルトと打ち解けたのはすぐだった。
一緒に剣術を磨き合う仲になり、関係は次第に親友と呼べる程になっていった。
お互いの夢を語り合い、そして十八歳の旅立ちの時に 約束を交わしたんだ。
『ねえ、■■■…。これが一生の別れじゃない。もし次会う時があれば、それはお互いの"夢"を叶えた時だ』
その時は辛くても、胸を張って別れを告げたんだ。
『その時は、■■■と僕、どっちが上か決着をつけよう!!』
あの時の情景が頭の中で再現される。
これがアルトと交わした、果たせなかった誓い。
*
「ユウキが旅に出た理由はそのアルトって子との約束のためなのね」
「うん、この約束と将来の夢が、今の私を形作ってる」
「そう言えば、ユウキの夢はなんなの?」
そう言われて、ナツキに私の夢を言っていなかったのを思い出す。
「私の夢はね、世界で一番の剣士になることだよ」
「世界一の剣士!いいわね!」
そう言えば、アルト以外の友達とこうして夢を語り合うのはナツキが初めてで、胸の奥から温かい何かが溢れ出ているのを感じた。
ちょうどその時、焚き火の方から焦げ臭い匂いがした。
「あーっ!お話に夢中で料理のことすっかり忘れちゃってた……」
ナツキの手にはかなり焦げてしまっているウサギ肉があった。
「ふふっ」
その光景が面白くてつい吹き出してしまった。
「うぅ…任せてって格好つけたのに、恥ずかしぃ……」
赤面したナツキが、今にでも消えそうな細い声で呟いた。
「捨てるのは食材に申し訳ないし、ワタシが責任を持って食べなきゃ…」
「それじゃあ半分こしよう、私の長話に付き合わせちゃったせいでもあるからね」
それを聞いたナツキが感謝の眼差しで見つめてきた。
「ありがとう、ユウキって優しいのね」
「こちらこそ感謝だよ、こんな美味しい料理作ってくれたんだから」
焦げたのは火に最も近かった一本だけで、他は何ともなかったのだ。
とても美味しい、とナツキに伝えると気恥しそうに顔を背けられてしまった。
少し間を置いてからナツキに、まだ赤みが残った表情で「ユウキ」と呼ばれた。
「ありがとう。ワタシの誘いに乗ってくれて」
「急にどうしたの?」
「えっ?!いや、なんか言いたくなっちゃってさ…!」
ナツキはそう言って恥ずかしさを隠すようにウサギ肉にかぶりついた。
「さて、と!お腹いっぱい食べて、明日のためにも早く寝なくちゃね!」
「そう?それじゃあ私のも少し分けてあげるよ」
「もう!ユウキったら、私はそんな食いしん坊じゃないってば!」
家を出てずっと一人だったから、誰かと過ごす野宿は初めてだった。
ふと、隣にいるナツキを横目に見た。
ナツキとなら、もしかしたら……。
旅はまだ始まったばかり。
大丈夫、全ては…ここからなんだ。




