61話 受諾
陽登は、居心地悪そうに背を丸めていた。
「…猫谷陽登です…よろしくお願いします」
「うんうん、猫谷さん。来てくれてありがとね〜」
町田の柔らかい物言いにも、陽登は警戒心は解かずに会釈を返す。
「谷口くんが気に入るのは無理ないなぁ〜かっこいいね〜」
町田が覗き込むように身を乗り出すと、陽登は軽く視線を落とした。
「そうですか。ありがとうございます…でも、すみません。僕は今日お断りにきました」
「え」
審査陣が固まると、猪介は静かに座り直す。
「やっぱり、生活やご家族の都合ですか?」
「はい。アイドル…芸能を仕事にするのは僕にはとても」
「ではなぜ来てくださったんですか?電話一つで済む話です」
猪介の責めるような物言いに、清水はちょっと…ととりなしを試みた。
「すみません、それも家族の都合です」
「と言いますと?」
陽登は心を決めたように息を吸い込むと、猪介の目をじっと見つめた。
「弟たちがパンフレットを見つけたんです、谷口さんにもらったやつ」
「はい」
「それで…元々僕があるアイドルのファンっていうのがあって…それと重ねたんでしょうね『にいちゃんアイドルになるの?』って無邪気に…」
猪介は大して興味がなさそうに書類を捲る。
「これで選考も受けないってのは…ちょっとまずくて」
「まずい?」
反応したのは町田だった、陽登は強く頷き真っ直ぐに町田を見つめる。
「うちは正直、裕福ではないです。夢を見るような状態にない。でも、弟にはそんな風に思ってほしくない。俺がここで断ったら?それを弟が…自分たちのせいでと思ったら…」
消え入るような言葉に、清水は悲しそうに目を細めた。
「…だから、すみません。お手数おかけするんですけど…電話なりなんなりして欲しいんです、弟には挑戦したけどダメだったってことにしたいので」
「そうですか」
猪介が返答すると、陽登は安心したように肩を落とした。
「じゃあ実技を」
「え??」
「家庭事情はわかりました。でも給与面での心配はさせないと、以前お話ししたはずです。断る理由はなんですか?」
「ちょっと谷口くん…」
清水が慌てて猪介を抑えると、陽登は眉間に皺を寄せた。
「前も言いました。俺アイドルって向いてないです、確かに愛想笑いはできますよ?でもファンのためにとか…みんなの前で輝きたいとか…そういうのないです」
「はい。今回はそのような基準での選考ではありません」
「……アイドルってそういうのじゃないですよ、人に夢見せるっていうか。その点俺にとっての夢は…寝る時に見るもので、Toy Boxの皆さんみたいな感じ…絶対無理です」
「Toy Boxは別ユニットです」
猪介が淡々と打ち返すと、陽登はため息混じりに笑った。
「じゃあなんですか?谷口さんは俺に何をしろって?」
「仕事としてのアイドルです」
「だから」
「仕事として、アイドルをやるとして。あなたはファンを裏切りますか?」
「愛してるよ〜とか?こんな適当でいいならやりますよ」
陽登があからさまな作り笑いで一蹴すると、猪介はPCを覗き込む。
「最低限、スキャンダルなど起こさなければいい。あなたは弟の夢を守るためにここまで来たんですよね?それができるなら充分です」
「充分って…弟の件はもっと打算的っていうか、可愛くないじゃないですか〜?すっごい現実見てる感じ」
「私達が求めているものがそれです」
陽登が睨みつけるように固まっていると、町田は大袈裟に手を打った。
「そう!そうなんですよ猫谷さん、信じられないかもしれないけど…私共はそういった人材を求めています!」
「………そうですか、でも僕は加えて素人です。いいのは顔だけですよ」
どこか攻撃的な口ぶりだったが、猪介は大きく頷いた。
「でも、準備はしていただけましたよね?実技」
「………まぁ、一応…最低限の礼儀じゃないですか」
「はい、結構です」
陽登は投げやりな態度で「じゃあやります」と姿勢を正した。
用意した楽曲の伴奏が流れると、清水は小さく口元を抑えた。
「GGTだ」
サバイバルオーディション番組にて結成されたユニット、GGT。そのセカンドシングルだった。
「…」
木村は腕を組み、指先でトントンと腕を叩く。
確かに全体的に荒い。
動き一つ一つの止めが甘く、流れている。加えてリズムも遅れ気味だ。
猪介の言動のせいか、陽登の心境そのものが表情に乗り全体的に無表情。
町田は頬を抑え、首を傾げていた。
(練習でなんとかなりそうなレベルではあるけど…)
これは皆の共通認識だった。
しかし、大サビに差し掛かると陽登の表情が変わり、一瞬口元を引き締めた。
高難易度のダンスブレイクが差し込まれる。
ステップからのターン、一度しゃがんでから着地と同時のステップ。
動きの荒さはそのままだが不思議とリズムが合い始めると、清水が微笑んだ。
「RIKU〜」
おそらくこのパートを担当しているメンバーだろう。
陽登にそれが聞こえたのかはわからなかったが、彼は決めのポーズでぱぁっと笑顔を咲かせた。
「…」
藤井は静かに髪を撫で、頷いた。
「……」
楽曲が終了すると、陽登は気まずそうに目を伏せた。
猪介は満足そうに何度も頷き、机に手を置く。
「充分じゃないですか?」
「いや…あの、そんなわけないですよ」
「確かにこのままデビューはできないですけど、うちは練習期間を設けますし」
「まぁそうだね、Societyは元から練習期間前提の募集だし…」
猪介と清水が呟くと、町田が目尻を下げた。
「猫谷さん、弊社としては是非うちへ来ていただきたいです。でも、一番大切なのはあなたの気持ちです。家族や給与など様々な理由があるのはわかります。その上であなたはどうしたいですか?」
「……」
「あなたが感じている通り、技術ではまだまだ外へ出せるものではありません。だから、あなたが仕事としてダンスや歌、演技に取り組めそうか…仕事としてアイドルとして務められそうか。どうでしょう?」
「……」
陽登が静かに前髪を整えると、町田は軽く手を叩いた。
「いやぁ、申し訳ない。うちの社員が詰めるような物言いをしてしまって。でもやっぱり、やる気がないことにはどうしても…なので…」
「…そうですね」
「うちとしては是非来て欲しい、でもあなたが嫌だというのなら無理強いはできませんよ」
「………」
「お電話はもちろん差し上げます」
沈黙が続くと、陽登は静かに身を抱いた。
「……」
「…大丈夫ですよ、猫谷さん」
町田が悲しげに微笑むと、陽登は目を閉じた。
「断る理由を考えてます。弟が学校でなんて言われるのかとか今の仕事辞めるって言ったらどうなるかとか…だから……」
陽登の呟きに、町田は静かに相槌を打つ。
「俺…多分やりたいんだろうな……」
静かに目を開いた陽登は、審査陣を一望した。
「できるできないならできないと思うけど、嫌ではないんだと思います。でも、その程度の志です。」
「…はい」
町田が微笑むと、猪介は書類をまとめた。
「志を持った上でやる仕事ばっかじゃないですよ」
それを聞いた陽登の口元が歪むと、清水が手を合わせた。
「猫谷さんはアイドルが本当に好きだからこそ!その分敷居が上がってるんだと思います!」
町田はそれにあー…と納得したように頷いた。
「…でもそれがあるから頑張ってくれそうかなって…!」
清水がにこにこと明るく言うと、陽登は腕を抱いた。
「あ…いや、そんな……そうなのかな……はは…」
先ほどまでの乾いた笑みではなく、照れを含んだ柔らかいくすぐったそうな笑みだった。
今までずっと冷たく場を見守っていた藤井が書類を町田へ渡すと、町田は立ち上がった。
「練習期間を含めると四年、お力添えいただけますか?」
「…………」
陽登は恐る恐る町田から書類を受け取ると、控えめに頷いた。
清水はそれに和やかに拍手し、木村と山本は猪介へ視線を向ける。
猪介は時計を見つめ、小さく「良かったっすね」と二人へ呟いた。




