エリクサーを作ろう 2
用意された部屋でエリクサーを作ることとなったジュリは、さらに増えた神官達に四方を固められ、圧迫面接を受けているかのような息苦しさと戦っていた。
この人数、もしかしたら上級神官全員来ているんじゃないだろうか。
彼らの目は真剣そのもので、世界樹から与えられた恩恵の力を目に焼き付けようと必死だ。
しかし……。
「いや、ほんとわざわざ見世物にするような派手な作業ないんだけど」
そう何度も言ったのだが、敬虔な信徒には通じなかったようだ。
仕方ないと諦めて、エリクサーを作り始める。
すり鉢の中に世界樹の青々とした瑞々しい葉っぱを入れると、すりこぎですり潰していく。
魔法ですれば簡単なのだが、世界樹の葉は魔法を通さない。
それ故全て手作業でするしかないのだ。
ごりごりとゆっくりとすり潰していくが、量が量なので時間が掛かる。
貰ったものの半分だけをすり潰すことにして、残りの半分は指輪の中に収納した。
形のなくなった葉を布の上に乗せ、ぎゅっと力を入れて搾る。
一滴も無駄にしないようしっかりと最後まで搾りきると、ボールの中にうす緑色の液体が残される。
針を手に取ると、おそるおそる指先に針を刺し、出てきた血を一滴ボールの中に落とす。
すると、うす緑色だった液体があっという間に黄金色に変色していった。
エリクサーはこれで完成。物は大層だが本当に作る工程はこんな簡単なのだ。
できたエリクサーを香水の瓶に入れる。
籠半分の量で香水の瓶一本分のエリクサーが作れた。
元々あった葉の量を考えるとかなり少ない量しかできなかった。
数枚の葉しか落ちなければ、それはエリクサーなど作れないだろう。
葉には寿命を伸ばすという使い道もあるのだから、その方法で使ってしまえばエリクサーなど作れない。
そもそも、管理者には治癒の属性も持っているので、大概の怪我や病気は治してしまえる。
必要ないので敢えて作らなかった者もいるはずだ。
ジュリもちょっとした興味本位だったに過ぎない。
治癒は治ってしまった傷は癒すことができない。つまり傷跡となってしまったものは消せないが、エリクサーは傷跡まで完全に癒すことができる。この違いを試してみたかったという軽い考え。
しかし、神官達にとってはそうではないようで、世界樹の奇跡の賜物を目にして感動に打ち震えている神官がほとんどだ。
極々簡単な作業だったのに「生きていて良かった」と、泣いている者もいる。
大袈裟でしょうと思ったが、教皇であるルーンバルツが誰よりも滂沱の涙を流し感動していた。
そんな神官達は放っておくことにして、ジュリはボールの中に魔法で水を入れる。
そしてその中に先程作ったエリクサーを一滴ボールに入れかき混ぜる。
「はーい、注目!」
そう言うと、全員の意識がこちらを向いたのを確認し、「味見したい人ー!」と爆弾を投下する。
当然貴重なエリクサーを口にできると聞き、神官達は信じられないといった表情で騒ぎ始めた。
「ななな、エリクサーを、頂けるのですか!?」
「そんな、そんなこと」
「したい!私は味見がしたいですぞー!!」
「私もだ!」
「はい、静かに!」
興奮冷めやらぬ神官達を静止すると、エリクサーを飲みたい神官達はピタリと止まる。
「エリクサーの効果を試したいの。
だからあげるのは怪我や病気をしてる人。治ったのが分かりやすい怪我の後がある人だとなおいいです。
この中にいる?」
そう聞くと、幾人かの手がぱっと上がった。
手を上げたのは結構多い。
特に年寄りは全員上げている。
まあ、年を取ればそれなりに病気もあるのだろう。
「じゃあ、手を上げた人順番に来て。ちゃんと全員分のはあるからゆっくりね」
まず来たのは腕を剣で切られたことがあるという男性。二の腕にはくっきりと切られた後が残っている。
これは効果を実感しやすい。
彼に一口与えると、傷跡は見る見るうちに跡形もなく消えていった。
「おおー」
「消えたぞ」
次は隻眼の男性。
右目が斜めに切られており、傷跡もだが目も失明しているそうだ。
これはやりがいがある。
男性はどこか不安の中に縋るような思いが見える。
失明した目が治るかもしれないというのだから当然だろう。
一口飲むと、傷跡がどんどん塞がっていき、傷跡は綺麗に消えた。
後は目が治ったかだが……。
「目を開けてみて。どう、見える?」
ぱちばちと目を閉じたり開けたりした男性の目は次第に潤んでいく。
「はい、見えます……。ありがとうございますっ」
ジュリの手を取り深く何度も頭を下げる。
薄めたのにこの効力。さすがエリクサー。
その後も病気、怪我をしていた神官達を全員治すことができ、喜んでいる神官達を満足そうに眺めていると、ルーンバルツが少し複雑そうな顔でやって来た。
「ジュリ様、よろしかったのですか?」
「何が?」
「エリクサーを与えたことです。神官達が治ったのは教皇としても嬉しいことではありますが、そのような貴重な代物を我らなどのためにお使いになって、本当に良かったのでしょうか?」
自分達のような者にと、卑下するような言い方をするルーンバルツにムッとする。
「何言ってるのよ、神官達だから私も使うのよ。
私だって馬鹿じゃないからエリクサーが貴重なことは分かるわ。争いを生まないためにもあまり使わない方が良いことも。
だけどここの神官達は私に凄く良くしてくれてるもの。感謝してるの私」
「ジュリ様……」
「神官達は神様と世界樹に人生の全てを掛けて仕えてる。ちょっとぐらいご褒美があっても良いと思うの。私が神官達にできることなんて数えられることしかできないし」
神官は結婚も子を持つこともしないそうだ。
その代わり自分の全てを神と世界樹と管理者のために使う。
突然異世界に来ることになって、寂しくなることもあるけど、それでも元気よくいられるのは神官達が親切にしてくれてるおかげだ。
良くしてくれてる神官達に、せめてものお礼のつもりなのだ。
「我らがジュリ様にお仕えするのは当然のこと。しかし、そんな風に我らに報いようとして下さりありがとうございます」
「ルーンも味見してみる?」
「ええ、頂きます」
***
できたエリクサーは指輪に収納し、部屋を出たジュリは、エリクサーを搾った後の葉っぱのカスを持って、そのまま畑へと向かった。
「ぎょぎょ」
「ぎょぎょー」
畑ではギョロちゃん達が急がしそうに働いていた。
コーヒーをたくさん作るのに拡張したため、畑は当初と比べかなりの広さがある。
神官の手伝いもあるので、今はギョロちゃん達だけでやっていけるだろう。
だが、いずれはもう少し拡張して他の食べ物も作ってみたいと思っている。
その時はギョロちゃんの数を増やすつもりだ。
ジュリは持ってきた葉っぱのカスを手に取ると、畑にぱらぱらと撒いていく。
「ぎょー?」
それ何?と言うように不思議そうに首を傾げるギョロちゃん。
じーっとジュリがやっていることを手を止め見ている。
「世界樹の葉っぱからエリクサーを絞ったの残りカスよ。
残り物だけど世界樹から取れたものだから、魔力はまだまだ豊富に含まれてるの。
だから肥料代わりにすれば、ここの畑で取れた食材がもーっと美味しくなるって寸法よ」
「ぎょー」
「ふふふ、多分ここで取れた食べ物を食べたら他では食べられなくなるわよ」
世界樹の御許で、世界樹の葉を栄養にして育った食材はきっと他では味わえない美味しさを持って育つはずだ。
「収穫が楽しみ」
コーヒー以外に植えた物はまだ収穫までにはいたっていなかったが、世界樹の影響か通常ではあり得ない速度で育っていっている。
この分なら収穫ももうすぐだろう。
楽しみではあるが、今のままだと喫茶店の店主というより農家ではないか。
何だか喫茶店から離れていっている気がして不安に思うジュリだった。
いったい店を持てるようになるのはいつになるのか……。