第1章 視覚障害者になって
私は目が見えない。26歳の時、網膜色素変性症と医者に言われてから、徐々に視野が狭くなって7年前に盲目になった。けれども、昔は見えていただけマシだと思う。生まれつきの盲目だったら、色もわからないし、あの空の蒼さも雲の流れる様も、四季折々の美しさもイメージできなかった。あるものを失うことの方が辛いと言う人もいるだろう。しかし、思い出すのは美しい風景ばかり。それを見ることができただけでも幸せだったと思える。私は、幼い頃から絵を描くのが好きだった。画用紙の中に切り取られた風景は、なんと誇らしげに見えることだろう。ありきたりな石段が影を映し、どことなく茶色けていたりコケむして緑がかっていたり、石が欠けていたりと集中すると全く違う風景に見えてくる。しかも、そこには無いだろう色を加えるだけで、ずっと自分が思う石段に近づくから不思議だった。緑の木の葉の中に紫色が潜んでいたり、キラキラ光る陽の光が散りばめられたりして、それが風にそよいで様々な色に変化する。その一瞬を切り取って色を乗せても、自然 of 美しさには遠く届かない。絵を描くたびに、自分の腕の未熟さに唇を噛んだ。それでもその年齢にしては上手いと評価されて、入賞を重ね両親は期待してくれていた。しかし、私自身は満足はしていなかった。筆を入れると逆に鮮烈な感動が薄れていく。あの頃は見えていた。しかし、本当のところ捉えていたかというと疑問が残る。美術館が好きで、よく行っていた。決して美しい絵ではないのに、何故か印象に残る。自分の深い部分に刺さって来る。不協和で、醜くもある作品が忘れられなかったり。誰が見ても素晴らしい作品なのになぜか印象がなかったり。本当の色や形から外れているのに、そのものよりも本質を捉えているように思える作品もあった。写真と違うのは、デフォルメできたり、もはやそのものを映していない作品でもインパクトがあったり。そもそも、作品の前に立っているだけでエネルギーを感じるものもある。その証拠に、盲目になった今でも、よく美術館に行く。見えていた時に、大原美術館によく行っていたし、美術画廊の本を、ずっと見ていたから、たいがいの作品は聞いたら目に浮かぶからだ。過去に見た絵は鮮明に思い出すことができて、見えないまでも楽しむことができる。もしかしたら、見えない今の方が、見えてた時よりも絵の価値を知りえるような気がする。この世にあるものは、妄想を超えるものは何もない。だから、説明してくれれば、本物よりも素晴らしい絵をイメージできているような気がする




