第33話 Be a flower
さっきのすさまじい魔法を放ったのは、なんとイゼルハルト殿下だった。
イゼルハルト殿下は、ささっとディルニタイ男爵を「拘束しろ」と命じると、言った。
「あとはこの僕が引き継ぐよ。いやぁ、死人が出ずに終わってよかったよかった。ディルニタイ男爵の処分はこちらに任せてもらっていかな?」
「あ、はい。お願いします」
「ゼノ。君の推理は見事だったよ。おかげで帝国に反をなすディルニタイ男爵という悪族を捕まえることに成功した。感謝する」
「はい、ありがとうございます」
「それにしても、君はどうしてあそこまで植物に詳しいんだ? なにか理由があるのかい?」
イゼルハルト殿下は、真意の読めない含みのある表情で、俺にそう尋ねてきた。
まさか、俺の毒耐性を鍛える計画が、バレているのか……?
いや、そんなはずはないよな……。
けど、なにか俺に探りを入れたいという意図が見える。
うまく誤魔化せればいいけど……。
「えーっと、うちの魔法の師匠が毒に詳しい人なんです。毒の魔女、モルヴェナと言って……」
「ああ、彼女か。なるほど、それなら納得だ。いい師匠を持ったね」
「はい。まあ、肝心なときに酔いつぶれてましたけど……」
これでなんとか誤魔化せただろうか。
イゼルハルト殿下は、納得したという表情を見せた。
しかしこの人、いちいちしぐさが大げさでわざとらしいな……。
「はは。彼女らしいね。じゃあ、僕はディルニタイ男爵の処分があるから、これで失礼するよ。今日はいいパーティーだった。またね」
「はい」
イゼルハルト殿下はそう言って、ディルニタイ男爵を捕縛した部下たちとともに、去って行った。
やけに仕事がはやいが……妙だな……?
と思うのは、俺の考えすぎか……?
俺がそう思っていると、ギルマスがやってきてこう言った。
「なんか怪しくねえか? あの第三親王殿下。なんつーか、退散までの手際がよすぎるっていうか。あの魔法だってそうだ。俺にはディルニタイ男爵を一撃で倒すほどの魔力には見えなかった。見掛け倒しだぜアレは」
「また……ギルマスったら……。そんなこと、俺以外に聞かれたら不敬罪になるぞ?」
俺があえて口にしなかった疑問を、ギルマスは全部言いやがった。
もし本人にきかれてたら、打ち首どころかすまないだろうな……。
皇族を疑うなんていうのは、それくらい恐れ多いことだ。
たしかに妙な点はいくつかあったが、けど、わざわざ第三親王ともあろう人物が、男爵をつかって暗殺なんか企てるか?
そんなことをする理由がないだろう。
第三親王なら、気に入らない貴族がいれば自らの権限で爵位を取り上げるなど、いくらでも方法はあるはずだ。誰もそれに文句など言わない。
やはり、第三親王がこの件に関わっているというのは俺の気のせいだろう。
でも、なにか気になるのは気になるんだよなぁ……。
「まあ、俺は最初からあのディルニタイ男爵が怪しいとは思ってたぜ」
とギルマスはそんなことを言う。
いったいどういうことだ?
「というと?」
「あのオッサン、臭かったんだよ」
「はぁ?」
なにを言い出すかと思えば……。
人の体臭をどうこう言うのは、あまりよくない。
俺が注意しようとすると、ギルマスはそれを遮った。
「いや違う、瘴気の匂いだ」
「瘴気……!?」
「わずかだが、あのディルニタイ男爵からは瘴気が漏れ出ていた。なにかあるか、もしくは俺のような瘴気系魔法使いなのかと思ったが……。まさかあんな触手と一体化した魔族だとはな」
「なるほど……俺はそれには気づかなかったな……」
「まあ、お前さんレベルの経験じゃまだ気づかなくても無理はないな」
なんかムカつく言い方だ。
俺もこれでも瘴気耐性はかなりのものだから、結構わかるつもりなんだけどなぁ……。
さすがに、年季の入った瘴気魔法使いにはかなわないか……。
それにしても、ディルニタイ男爵のあの触手はなんだったんだろうか。
彼は魔族だったのか、それとも悪魔と契約でもして、あんな能力を手に入れたのか……?
見た感じの魔力量でも、そうとう強そうだった。
それを一瞬で倒した第三親王殿下のあの魔法も気になる……。
けど、なんにせよすぐに倒せてよかった。
あのままディルニタイ男爵にあの場で暴れられていたら、かなりの被害になっていたかもしれない。
そこは、さすがは第三親王殿下といえる。
「しかし、皮肉なものだな」
「え? なにが?」
ギルマスが言うので、俺は尋ねる。
「モルティリカの花言葉は、『逃れられぬ罰』だ。それを毒として使ったディルニタイ男爵は、その通りになったってことさ」
「なるほどな……。それはたしかに、皮肉な花言葉だ」
◇
騒がしかったパーティーから一夜明け――。
「昨夜は見事な推理だったな、ゼノ」
「ありがとうございます。お父様」
俺はまた父ヴァルターから呼び出しを受けていた。
「まあ、せっかくの誕生日パーティーだったのに、あんなことがあって、びっくりしただろう。どうだ、仕切り直すか?」
「いえ、大丈夫です……それはさすがに、来てくれた人たちにも申し訳ないですし」
「そうか。それで、花嫁候補は見つかったか?」
「あ…………」
そういえば、そうだった。
ヴァルターからは、このパーティーで婚約者候補を探せと言われていたのだった。
けど、昨日はたくさんの人と会いすぎて、正直誰が誰かわからない。
そりゃあ美人はいっぱいいたけど、あの中から結婚したい相手を選べと言われても、さすがに無理がある。
「いえ……その……」
「なんだ、気に入った娘はいなかったのか」
「ええ、まあ……」
「まあ、それならそれで、ちょうどいい」
ちょうどいいって、なにがだ……?
俺はまたしても、嫌な予感がしていた。
「昨日お前が毒殺の危機から救った貴族――オスカー殿のことは覚えているな?」
「ええ、もちろんです」
オスカーはあのあと、俺にしきりにお礼を言っていたな。
「そのオスカー殿がぜひお前にお礼をしたいと言っているのだ。そして、できればうちともっとお近づきになりたいと言ってくれている。今度うちに謝礼を持ってくるそうだ。構わんか?」
「ええ、もちろんです」
そのくらいなら、俺も別に構わない。
「そこでだ、オスカー殿にはちょうど、お前と同じくらいの妹さんがいてな。しかもちょうど、婚約者を探していたところなんだそうだ」
「そうなんですか……」
なんだか話が妙な方にいきだしたぞ……。
「オスカー殿はお前のことをいたく気に入っていてな。ぜひ妹と会わせたいと言っているのだ。お前のようなたくましい男なら、妹を安心して任せられるとな。それで、今度うちに来るときに連れてくるそうだ」
マジか…………。
マジか…………。
なんか、そのままとんとん拍子に婚約が決まりそうな気がしてる……。
「まあまあ、そんな顔をせんでも……。会うだけだ。とりあえず会ってみて、嫌なら断ればよい。だろう?」
「ええ、まあ……そうですね。とりあえず、会ってみます」
「うむ、それがいい」
まあたしかにヴァルターの言うとおり、会うだけならなにも問題はないだろう。
それに、もしかしたら気が合って、本当に結婚するかもしれないしな。
オスカーの妹ってことは、きっとめちゃくちゃ美人だろうし……。
あれ……?
そういえば、オスカーの名前って、オスカー・フロストハートだったよな?
なんか、どこかできいたことがある名前なんだよなぁ……。
「あの、お父様……オスカー殿の妹君の名前とかって……」
「うむ、エリゼ・フロストハートとか言ったな」
「な………………!?」
俺は絶句した。
だってその名前は……その人物は……。
「知っているのか?」
「い、いえ……知りません。もちろん、知っているわけないじゃないですか……あはは……」
俺はそのまま、顔面蒼白でヴァルターの書斎を出た。
やばいやばいやばいやばい。
俺はその名前を知っている。
だが、こちらの世界での記憶ではない。
前世の記憶だ。
エリゼ・フロストハート――氷の令嬢として知られるその人物は、ゲームでは主人公側のヒロインの一人。
つまり、本来であれば、俺の敵となる人物なわけだ。
そんな人物とお近づきになるなんて、とんでもない。嫌すぎる。
そこから巡り廻って、俺がエリゼに毒殺される可能性だってあるんだぞ!?
だって、エリゼは原作では主人公を溺愛していた。だからその敵である俺を毒殺した候補の一人として、よく名前があがっていた人物だ。
エリゼと知り合ったことで、主人公にもつながってしまうかもしれない。
主人公なんかと絶対近づきたくない。
そんなことになったら、本来敵キャラである俺の死ぬ可能性が高まるだけじゃないか……!
絶対になんとかして婚約話を破談にしなければ……!
原作では、俺ことゼノヴィウスと、エリゼが子供時代に接触していたなんていう話はなかったはずだ。
つまり、すでに原作のストーリーからは大きく変わってきてしまっている。
それは俺にとって、いいことなのか、悪い事なのか……?
わからない……。
どうやったら、俺は主人公たちに殺されずに済むんだ……?
せっかく毒耐性を鍛えて、これでかなり破滅回避に近づいたと思っていたのに……。
なんだかまた振り出しに戻ったような気分だ。
主人公サイドという、破滅へのカウントダウンが、だんだんと俺に近づいてきている気がする。
エリゼ・フロストハート――俺は絶対にお前を回避する……っ!
◆
本来出会うはずのない、二人の人物が、こうして引き合わされることとなった――。
これは運命のいたずらか、神からの祝福か。
――物語の歯車は既に、どうしようもないほどに、狂いだしていた。
これにて第一章は終了です
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